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Zopeジャンキー日記

なぜネットではディレクトリが敗れ、サーチとタグが勝利するのか :  コメント

話しがだんだん発展してきましたね。

ところで、「インターネットという、「対象が多すぎる」世界」についてですが、わたしはこの世界のあらゆる事象が「
ところで、「インターネットという、「対象が多すぎる」世界」ではないかと思っています。
対象の数が少ないと思われる状態は、あらかじめ誰かの手によってカテゴライズやピックアップがなされた状態だと思うのです。
だとすると、さらに話しが発展していきますよね。

上のコメント失敗してしまいました。
ごめんなさい。
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話しがだんだん発展してきましたね。

ところで、「インターネットという、「対象が多すぎる」世界」についてですが、わたしはこの世界のあらゆる事象が「「対象が多すぎる」世界」ではないかと思っています。
対象の数が少ないと思われる状態は、あらかじめ誰かの手によってカテゴライズやピックアップがなされた状態だと思うのです。
だとすると、さらに話しが発展していきますよね。

いや~、哲学的な議論になってきましたね(笑)
私もその通りだと思います。
あらゆるものが、世界そのものも、「「対象が多すぎる」世界」と言えますね。
ではそのとき、「対象」とは何なのか?
ノートみたいな物体か、それとも原子なのか?
「ファイル」は対象か?ファイルも、たくさんの対象からできているのか?
この調子で行くと、話が発展しすぎて恐ろしいので(笑)
私はとりあえず休止して、別の機会に考えてみたいです。
大森荘蔵の『言語・知覚・世界』を読み直したくなってきました。

「ディレクトリ・カテゴリ階層が「分類」の技術で、
サーチやタグが「キーワード」の技術だ。
これは単に、時代や流行の変化ではなく、
科学的な真理を含んだ帰結だと思う。」
お見事な指摘にうれしくなりました。XMLによる情報のありようを見通す視点だと思います。一人一人の知のレーダがWebスペースにどのように照射し続けるのか続編がとても楽しみです。

Juinさん、コメントありがとうございます。
サイト「H2P」を拝見させていただき、マクルーハンの記述など、あちこちに共感してうれしくなりました。
私もネット世代というよりは、本や雑誌で育った旧世代(?)なので、
ウェブやブログもマクルーハン的な「メディア」と見る視点はすごく共感できるものです。


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