2008.04.12
浅田彰「セゾン文化を継ぐ者は誰か」
浅田彰「セゾン文化を継ぐ者は誰か」
http://www.kojinkaratani.com/criticalspace/old/special/asada/voice9903.html

<去る2月、セゾン美術館が閉館した。セゾン美術館の前身である西武美術館が開館した1975年は、堤清二のもとで西武グループの文化戦略が本格化した年でもある。それから四半世紀にわたって時代をリードしてきた西武/セゾン文化が、ついに中核のひとつを失う。感慨深い出来事である>。

<それまで、デパートの文化事業といえば、売り場の片隅で「泰西名画展」のたぐいを開くのが精々だった。ところが、西武/セゾン美術館は、内外の現代美術を積極的に紹介していったのである。世界の流れから取り残された公共の美術館を尻目に、それは一時期には同時代の世界に開かれた日本最大の窓として機能したのだった。同じことは、劇場・映画館・ホール・出版社・書店・レコード/CD店などを通じて多角的に展開された西武/セゾン文化全体に当てはまるだろう。そこでは、世界中で話題になっている舞台や映画や音楽に触れ、世界のどこよりも簡単に前衛的な美術書やレコード/CDを手に入れることができた。私はちょうど1975年に大学に入ったのだが、私や私以後の世代が西武/セゾン文化にきわめて多くを負っていることは、率直に認めておかなければならない>。

1999年、セゾン美術館の閉館直後に書かれた浅田彰のテキスト。こんなテキストがまだWebに残っており、いまでも読めることに感謝したい。

<そのような意味で、安易な批判が集中するいま、私はあえて西武/セゾン文化が果たしてきた役割を積極的に評価しておきたい。そして、西武/セゾン文化を継ぐ者は誰かと問いたいのである>。

2008年のいまでも、このテキストはじゅうぶん有効だろう。<セゾン文化を継ぐ者>は、その後もあらわれていないどころか、バブル崩壊後の「失われた10年」によって、文化というものは「焼け野原」になってしまった感すらある。

日本はようやく「失われた10年」を超え、経済的には立ち直ってきたところだが(最近またフラフラしている感じもあるが)、いったん焼け野原になった文化は、そうかんたんに修復できるものではない。

もちろん、セゾン文化に影響を受けて育ち、個々に活躍している人はいまもたくさんいるし、若い人でも個別の才能や小さい動きで見れば、活気づいてきているようにも思うが、セゾングループのように文化が経営レベルで実践されている企業・事業体というものは、まだ出てきていない。