2008.07.03
自動操縦もできるオープンソースの小型無人ヘリコプター「Vicacopter」
Vicacopter
http://vicacopter.com/
Vicacopterは、ラジコン操作に加えて自動操縦(autopilot)もできる小型の無人ヘリコプターで、プログラムのソースコードがすべて公開されているらしい。
私はこの手のメカっぽい趣味はあまりない人間なのだが、このサイトにある数々の写真を見て、魅了されてしまった(上の写真もそのひとつ)。
http://vicacopter.com/
Vicacopterは、ラジコン操作に加えて自動操縦(autopilot)もできる小型の無人ヘリコプターで、プログラムのソースコードがすべて公開されているらしい。
私はこの手のメカっぽい趣味はあまりない人間なのだが、このサイトにある数々の写真を見て、魅了されてしまった(上の写真もそのひとつ)。
2008.07.02
『広告批評』 No.327 特集 「中国のクリエイティブ 代表当代中国的创意者」
来年4月で休刊する雑誌『広告批評』の最新号は、特集「中国のクリエイティブ 代表当代中国的创意者」。
これが実にすばらしいのだ。
まず、この表紙がすばらしい。アートディレクターでもある森本千絵によるもの。
そしてメインの「中国のクリエイティブ」特集は、50ページ以上にわたる充実した内容。以下、目をひいたものをピックアップしてみる。
・中国レポート「LIVE/中国/広告批評」
<私にとっての中国は、CMで言うと、「サントリー ウーロン茶」というより「LIVE/中国/ANA」だ>に始まる、編集部・河尻享一氏による楽しい中国レポート。北京の伝統的家屋がカフェやショップに改装されている地区や、中国の80年代生まれ「八〇后(バーリンホウ)」世代との座談会・インタビュー、北京・上海の街歩きで見かけた広告スナップなど、にぎやかな「いまの中国」を伝える。
・电影(FILM)
映画監督、賈樟柯(ジャ・ジャンクー)へのインタビュー。<この三十年は経済を重視してきたわけですが、これから中国が世界で影響を持つ国になっていくためには、文化や心の豊かさを大切にすべきだと思うんです>。
・设计(DESIGN)
若手デザイナー3人のチーム「米未(MEWE)」インタビュー。アディダスのカタログなどを手がけるが、広告はやったことがない、とのこと。<僕らみたいにデザインに作家性みたいなものを出そうとすると、いまの中国では広告の仕事がこないんです>。
これが実にすばらしいのだ。
まず、この表紙がすばらしい。アートディレクターでもある森本千絵によるもの。
そしてメインの「中国のクリエイティブ」特集は、50ページ以上にわたる充実した内容。以下、目をひいたものをピックアップしてみる。
・中国レポート「LIVE/中国/広告批評」
<私にとっての中国は、CMで言うと、「サントリー ウーロン茶」というより「LIVE/中国/ANA」だ>に始まる、編集部・河尻享一氏による楽しい中国レポート。北京の伝統的家屋がカフェやショップに改装されている地区や、中国の80年代生まれ「八〇后(バーリンホウ)」世代との座談会・インタビュー、北京・上海の街歩きで見かけた広告スナップなど、にぎやかな「いまの中国」を伝える。
・电影(FILM)
映画監督、賈樟柯(ジャ・ジャンクー)へのインタビュー。<この三十年は経済を重視してきたわけですが、これから中国が世界で影響を持つ国になっていくためには、文化や心の豊かさを大切にすべきだと思うんです>。
・设计(DESIGN)
若手デザイナー3人のチーム「米未(MEWE)」インタビュー。アディダスのカタログなどを手がけるが、広告はやったことがない、とのこと。<僕らみたいにデザインに作家性みたいなものを出そうとすると、いまの中国では広告の仕事がこないんです>。
2008.07.01
手のとどく電子政府
asahi.com - 宅地3年連続上昇・地方横ばい「現在は下降」 路線価
http://www.asahi.com/national/update/0701/TKY200807010091.html
<路線価の公表は、昨年までは8月1日だったが、今年から1カ月早まった。これまでは路線価図などの冊子約2万6千冊を作製し、国税局や税務署に置いていたが、今年からインターネットでの閲覧のみとなり、製本や校閲などの作業量が減少。公表が前倒しされた>。
これはいい話。
今日発表された路線価は、今年から紙をやめてインターネットでの閲覧のみにした結果、1か月前倒しになったとのこと。制作や運送、保管などのコストもかなり削減されたに違いない。
こういう「公」の作業で、紙をやめてネットだけにすればコスト・労力が大きく削減できる、というものは山ほどあるはずだ。
申請とか手続きをネットでできるようにする、というのはなかなかヘヴィだけれども、こういう「情報公開」系のもの、調べて読むだけのものは、ネットで十分だろう。
これに似た話を以前、野口悠紀雄氏が書いていた。
ダイヤモンド・オンライン : 野口悠紀雄が探る デジタル「超」けもの道 - せめて「ローテク電子政府」を作ってほしい
http://diamond.jp/series/noguchi/10009/
<こうしたハイテクサービスを日本でも提供してくれれば、もちろん理想的だ。しかし、それを望んでも、おいそれとは実現できない。第7回で述べたように、日本の「電子政府推進計画」では、「世界一便利で効率的な電子行政を実現する」としている。しかし、日本の電子政府の実態は、第7回、第8回で述べたように惨憺たるありさまだ。できもしない大目標を掲げて大見得を切り、実際には何も提供されていないのでは、「偽装」そのものである>。
<何もないよりは、ローテクサービスであっても提供して、現状をいくらかでも改善してくれるほうがずっとよい。確定申告書作成用ページは、それほど大掛かりな準備をしなくとも、提供できることだ。これは、「ローテクサービス」の典型例である。しかし、それが納税者を助けてくれるのは事実だ。「先ず隗より始めよ」は、まったく正しい。このようなサービスを徐々に広げてゆくことが重要である>。
これはまったく同感だ。
今回の路線価の場合、何かシステムを作ったわけではなく、「紙をやめる」という決断だけで、時間と費用を大幅に節約できた。利用者の利便性を高めたわけではないが、提供者側の「決断」だけで大きなコスト削減につながり、そのぶん別の行政サービスに人手・予算を回したりできる(そのぶん予算縮小・減税できればベター)。よって結局は、行政サービスの利用者にして納税者であるわたしたちのトクになっている。
「先ず隗より始めよ」と似た言い回しで、「手のとどく果実(low-hanging fruits)」というのがある。こういう、わりとカンタンにできる「公」の電子化、「手のとどく電子政府」だけでも、かなりの効率化・コスト削減効果があると思う。
路線価の例は、ネットでも見れる仕組みがすでにあり、「紙をやめる」という決断だけでよかった。これは「電子化」というよりも、「仕事を減らす決断」という側面が大きかったかもしれない。いまの仕事や職を維持しようとする「雇用維持バイアス」を克服し、それをなくすという「決断」ができたわけだ。
http://www.asahi.com/national/update/0701/TKY200807010091.html
<路線価の公表は、昨年までは8月1日だったが、今年から1カ月早まった。これまでは路線価図などの冊子約2万6千冊を作製し、国税局や税務署に置いていたが、今年からインターネットでの閲覧のみとなり、製本や校閲などの作業量が減少。公表が前倒しされた>。
これはいい話。
今日発表された路線価は、今年から紙をやめてインターネットでの閲覧のみにした結果、1か月前倒しになったとのこと。制作や運送、保管などのコストもかなり削減されたに違いない。
こういう「公」の作業で、紙をやめてネットだけにすればコスト・労力が大きく削減できる、というものは山ほどあるはずだ。
申請とか手続きをネットでできるようにする、というのはなかなかヘヴィだけれども、こういう「情報公開」系のもの、調べて読むだけのものは、ネットで十分だろう。
これに似た話を以前、野口悠紀雄氏が書いていた。
ダイヤモンド・オンライン : 野口悠紀雄が探る デジタル「超」けもの道 - せめて「ローテク電子政府」を作ってほしい
http://diamond.jp/series/noguchi/10009/
<こうしたハイテクサービスを日本でも提供してくれれば、もちろん理想的だ。しかし、それを望んでも、おいそれとは実現できない。第7回で述べたように、日本の「電子政府推進計画」では、「世界一便利で効率的な電子行政を実現する」としている。しかし、日本の電子政府の実態は、第7回、第8回で述べたように惨憺たるありさまだ。できもしない大目標を掲げて大見得を切り、実際には何も提供されていないのでは、「偽装」そのものである>。
<何もないよりは、ローテクサービスであっても提供して、現状をいくらかでも改善してくれるほうがずっとよい。確定申告書作成用ページは、それほど大掛かりな準備をしなくとも、提供できることだ。これは、「ローテクサービス」の典型例である。しかし、それが納税者を助けてくれるのは事実だ。「先ず隗より始めよ」は、まったく正しい。このようなサービスを徐々に広げてゆくことが重要である>。
これはまったく同感だ。
今回の路線価の場合、何かシステムを作ったわけではなく、「紙をやめる」という決断だけで、時間と費用を大幅に節約できた。利用者の利便性を高めたわけではないが、提供者側の「決断」だけで大きなコスト削減につながり、そのぶん別の行政サービスに人手・予算を回したりできる(そのぶん予算縮小・減税できればベター)。よって結局は、行政サービスの利用者にして納税者であるわたしたちのトクになっている。
「先ず隗より始めよ」と似た言い回しで、「手のとどく果実(low-hanging fruits)」というのがある。こういう、わりとカンタンにできる「公」の電子化、「手のとどく電子政府」だけでも、かなりの効率化・コスト削減効果があると思う。
路線価の例は、ネットでも見れる仕組みがすでにあり、「紙をやめる」という決断だけでよかった。これは「電子化」というよりも、「仕事を減らす決断」という側面が大きかったかもしれない。いまの仕事や職を維持しようとする「雇用維持バイアス」を克服し、それをなくすという「決断」ができたわけだ。
2008.06.30
「政」が前向きで「軍」が後ろ向きの理由
衆議院議員 山内康一 の「公募新人奮闘記」 - 政治と軍事の意外な関係
http://yamauchi-koichi.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_6952.html
<6月上旬に政府はアフガニスタンに調査団を派遣し、
アフガニスタンへの自衛隊派遣の可能性を探っています。
私は昨年秋以来アフガニスタンへの自衛隊派遣に反対してきました>。
<政府内でも意見が真っ二つに割れているようです。
首相官邸と外務省は自衛隊派遣に前のめりで、
防衛省・自衛隊は派遣に後ろ向きです>。
<首相官邸や外務省という「政」の側が紛争地への派遣に前向きで、
防衛省や自衛隊という「軍」の側が後ろ向きなのは、
多くの日本人にとって意外な印象を与えるかもしれません。
しかし、意外でも何でもなく、近代の戦争の歴史の一般法則に近いのです>。
<10年以上前に「戦争回避のテクノロジー」という本を読みました。
うろ覚えですが、過去数百年の戦争を分析したその本には、
「無謀な戦争に熱心なのはたいていの場合、政治家の方で、
職業軍人は技術的理由で開戦に反対するパターンが多い」
といった趣旨の記述が出てきました>。
これは実におもしろい話。
戦争については政治家より軍人のほうが技術・現実を理解しているので、
「政」が前向きになり、「軍」が後ろ向きになる、というのだ。
<一応、物資輸送などの「後方支援」を検討しているようですが、
アフガニスタンに「後方」があるのか大いに疑問です。
アフガニスタン国内ならどこにいてもテロ攻撃のターゲットです。
昔の戦争のように「前線」と「後方」の区別がないのか、
アフガニスタンのような紛争地の特色だと思います>。
<テロやゲリラは後方の兵站(輸送や備蓄)を好んで攻撃します。
精強な第一線の戦闘部隊を相手にするよりも、
輸送部隊を狙った方がやりやすいに決まっています。
輸送部隊こそ「ソフトターゲット」です。
紛争地で生き抜く鉄則は「ソフトターゲット」にならないことです>。
私は戦争やその技術については無知だが、これはその通りだと感じる。
「政」が前向きで「軍」が後ろ向き、というこの図式は、「軍」のところをいろいろ別のものに置き換えても通じる気がする。
「軍」を「経済学者」に置き換えれば、日本の経済失策も説明できそうだ。
政治家が人気取りや理念先行で「こうあるべき」というふうに思い込み、技術や現実を知らずに進めてしまうと、破滅的な結果を招くことがある。
http://yamauchi-koichi.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_6952.html
<6月上旬に政府はアフガニスタンに調査団を派遣し、
アフガニスタンへの自衛隊派遣の可能性を探っています。
私は昨年秋以来アフガニスタンへの自衛隊派遣に反対してきました>。
<政府内でも意見が真っ二つに割れているようです。
首相官邸と外務省は自衛隊派遣に前のめりで、
防衛省・自衛隊は派遣に後ろ向きです>。
<首相官邸や外務省という「政」の側が紛争地への派遣に前向きで、
防衛省や自衛隊という「軍」の側が後ろ向きなのは、
多くの日本人にとって意外な印象を与えるかもしれません。
しかし、意外でも何でもなく、近代の戦争の歴史の一般法則に近いのです>。
<10年以上前に「戦争回避のテクノロジー」という本を読みました。
うろ覚えですが、過去数百年の戦争を分析したその本には、
「無謀な戦争に熱心なのはたいていの場合、政治家の方で、
職業軍人は技術的理由で開戦に反対するパターンが多い」
といった趣旨の記述が出てきました>。
これは実におもしろい話。
戦争については政治家より軍人のほうが技術・現実を理解しているので、
「政」が前向きになり、「軍」が後ろ向きになる、というのだ。
<一応、物資輸送などの「後方支援」を検討しているようですが、
アフガニスタンに「後方」があるのか大いに疑問です。
アフガニスタン国内ならどこにいてもテロ攻撃のターゲットです。
昔の戦争のように「前線」と「後方」の区別がないのか、
アフガニスタンのような紛争地の特色だと思います>。
<テロやゲリラは後方の兵站(輸送や備蓄)を好んで攻撃します。
精強な第一線の戦闘部隊を相手にするよりも、
輸送部隊を狙った方がやりやすいに決まっています。
輸送部隊こそ「ソフトターゲット」です。
紛争地で生き抜く鉄則は「ソフトターゲット」にならないことです>。
私は戦争やその技術については無知だが、これはその通りだと感じる。
「政」が前向きで「軍」が後ろ向き、というこの図式は、「軍」のところをいろいろ別のものに置き換えても通じる気がする。
「軍」を「経済学者」に置き換えれば、日本の経済失策も説明できそうだ。
政治家が人気取りや理念先行で「こうあるべき」というふうに思い込み、技術や現実を知らずに進めてしまうと、破滅的な結果を招くことがある。
2008.06.29
渋谷と新宿
先日、渋谷駅と新宿駅の構造が複雑だというのがネットで少し話題になっていた。
東京メトロ - 渋谷駅
http://www.tokyometro.jp/rosen/eki/shibuya/map_rittai_1.html
少年少女科学倶楽部 - 渋谷は見てくれだけ 本当にヤバイのは新宿駅です
http://scientificclub-run.net/index.php?UID=1213862243
渋谷駅も新宿駅もじゅうぶん複雑だが、たしかに新宿駅の複雑さはすごいものがあり、それに比べれば渋谷駅はそれほどでもないと思えてくる。
しかし地上に出てからは、渋谷のほうがわかりにくくて、新宿のほうがまだわかりやすい感じがする。
渋谷駅は、渋谷におけるまさに「谷」の位置にあり、放射状に坂や道路、線路が出ている感じだ。
渋谷(画像はMapionより)
道が放射状なので、「平行」という感じがない。歩いているうちに曲がってきて、位置関係がわからなくなる。
その渋谷に比べると、新宿はまあまあ「タテヨコ感」があるというか、東西南北の方位感がわかりやすい気がする。
新宿(画像はMapionより)
かくいう私は、道路が「碁盤の目」の北海道で育った上に、筋金入りの方向オンチ人間だ。東京にもう20年くらい住んでいるが、渋谷も新宿も、あまり迷わなくなったのはごく最近だ。
私にとって東京というのは、どこに行っても方向がわからない街がたくさん集まった、まさにメガシティだ。そのいつまで経っても把握できないところが、東京の面白さでもある。
東京メトロ - 渋谷駅
http://www.tokyometro.jp/rosen/eki/shibuya/map_rittai_1.html
少年少女科学倶楽部 - 渋谷は見てくれだけ 本当にヤバイのは新宿駅です
http://scientificclub-run.net/index.php?UID=1213862243
渋谷駅も新宿駅もじゅうぶん複雑だが、たしかに新宿駅の複雑さはすごいものがあり、それに比べれば渋谷駅はそれほどでもないと思えてくる。
しかし地上に出てからは、渋谷のほうがわかりにくくて、新宿のほうがまだわかりやすい感じがする。
渋谷駅は、渋谷におけるまさに「谷」の位置にあり、放射状に坂や道路、線路が出ている感じだ。
渋谷(画像はMapionより)
道が放射状なので、「平行」という感じがない。歩いているうちに曲がってきて、位置関係がわからなくなる。
その渋谷に比べると、新宿はまあまあ「タテヨコ感」があるというか、東西南北の方位感がわかりやすい気がする。
新宿(画像はMapionより)
かくいう私は、道路が「碁盤の目」の北海道で育った上に、筋金入りの方向オンチ人間だ。東京にもう20年くらい住んでいるが、渋谷も新宿も、あまり迷わなくなったのはごく最近だ。
私にとって東京というのは、どこに行っても方向がわからない街がたくさん集まった、まさにメガシティだ。そのいつまで経っても把握できないところが、東京の面白さでもある。
2008.06.28
「アメ彦」こと浜田彦蔵(ジョセフ・ヒコ)の激動すぎる人生
ウィキペディアで日本の昔の新聞のことを調べていて、幕末~明治に生きた浜田彦蔵という人のことを知った。
ウィキペディア - 浜田彦蔵
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%9C%E7%94%B0%E5%BD%A6%E8%94%B5
<浜田 彦蔵(はまだ ひこぞう、天保8年8月21日(1837年9月20日) - 明治30年(1897年)12月12日)は、幕末に活躍した通訳、貿易商。「新聞の父」と言われる。洗礼名はジョセフ・ヒコ(Joseph Heco)。幼名は彦太郎。帰国後の通称はアメ彦>。
浜田彦蔵は、日本で初めて日本語の新聞を発行した。それだけでも歴史に残る偉業だが、その人生の激動ぶりがすごい。なぜ「アメ彦」なのかも、読み進めていくとわかる。
<播磨国加古郡阿閇村古宮(現兵庫県加古郡播磨町)で生まれる。幼い頃に父を、嘉永4年(1851年)、13歳の時に母を亡くす。その直後に義父の船に乗って海に出て、途中で知人の船・栄力丸に乗り換えて江戸に向かう航海中、その船が10月29日(11月22日)に紀伊半島の大王岬沖で難破。2ヶ月太平洋を漂流した後、12月21日(1852年1月12日)に南鳥島付近でアメリカの商船オークランド号に発見され、救助される>。
子供の頃に両親をなくし、乗った船が難破して2か月太平洋を漂流(!)し、アメリカの商船に助けられる。これだけでもう、何人分もの激動人生だと思うが、これがまだほんの序章なのだ。
<その後、救助してくれた船員たちと共にサンフランシスコに滞在。アメリカ政府より日本へ帰還させるよう命令が出て、嘉永5年3月13日(1852年5月1日)にサンフランシスコを出発し、5月20日(7月7日)に香港に到着する。そこから、東インド艦隊長官ペリーの船に同乗し、日本へ帰還するはずだった>。
救助してくれた船でアメリカに渡りサンフランシスコに滞在、その後香港に送られ、あのペリー(!)といっしょに日本に行くはずだった。1852年って、ペリーが浦賀に来る前年だから、ペリーの船に乗せられていっしょに来ていた可能性があったわけだ。
<しかし、ペリーがなかなか来ず、その間に香港で出会った日本人・力松(モリソン号事件での漂流民の一人)の体験談を聞き、自分達がアメリカの外交カードにされるとの懸念から、10月にアメリカに戻る>。
これはすごいエピソードだ。香港で出会った「力松」という日本人がモリソン号事件の漂流民というのもすごいが、その体験談から、自分が<アメリカの外交カードにされる>ことを悟って、日本の不利にならないようにアメリカに戻ったわけだ。このとき、浜田彦蔵は歴史を少し動かしたのかもしれない。
ウィキペディア - 浜田彦蔵
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%9C%E7%94%B0%E5%BD%A6%E8%94%B5
<浜田 彦蔵(はまだ ひこぞう、天保8年8月21日(1837年9月20日) - 明治30年(1897年)12月12日)は、幕末に活躍した通訳、貿易商。「新聞の父」と言われる。洗礼名はジョセフ・ヒコ(Joseph Heco)。幼名は彦太郎。帰国後の通称はアメ彦>。
浜田彦蔵は、日本で初めて日本語の新聞を発行した。それだけでも歴史に残る偉業だが、その人生の激動ぶりがすごい。なぜ「アメ彦」なのかも、読み進めていくとわかる。
<播磨国加古郡阿閇村古宮(現兵庫県加古郡播磨町)で生まれる。幼い頃に父を、嘉永4年(1851年)、13歳の時に母を亡くす。その直後に義父の船に乗って海に出て、途中で知人の船・栄力丸に乗り換えて江戸に向かう航海中、その船が10月29日(11月22日)に紀伊半島の大王岬沖で難破。2ヶ月太平洋を漂流した後、12月21日(1852年1月12日)に南鳥島付近でアメリカの商船オークランド号に発見され、救助される>。
子供の頃に両親をなくし、乗った船が難破して2か月太平洋を漂流(!)し、アメリカの商船に助けられる。これだけでもう、何人分もの激動人生だと思うが、これがまだほんの序章なのだ。
<その後、救助してくれた船員たちと共にサンフランシスコに滞在。アメリカ政府より日本へ帰還させるよう命令が出て、嘉永5年3月13日(1852年5月1日)にサンフランシスコを出発し、5月20日(7月7日)に香港に到着する。そこから、東インド艦隊長官ペリーの船に同乗し、日本へ帰還するはずだった>。
救助してくれた船でアメリカに渡りサンフランシスコに滞在、その後香港に送られ、あのペリー(!)といっしょに日本に行くはずだった。1852年って、ペリーが浦賀に来る前年だから、ペリーの船に乗せられていっしょに来ていた可能性があったわけだ。
<しかし、ペリーがなかなか来ず、その間に香港で出会った日本人・力松(モリソン号事件での漂流民の一人)の体験談を聞き、自分達がアメリカの外交カードにされるとの懸念から、10月にアメリカに戻る>。
これはすごいエピソードだ。香港で出会った「力松」という日本人がモリソン号事件の漂流民というのもすごいが、その体験談から、自分が<アメリカの外交カードにされる>ことを悟って、日本の不利にならないようにアメリカに戻ったわけだ。このとき、浜田彦蔵は歴史を少し動かしたのかもしれない。
2008.06.27
人生のサウンドトラック
東京永久観光 - いつかすべての再生のために
http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20080626#p1
<この曲を聴くとあの頃が懐かしい、というのは誰にでもある。
すっかり忘れていた自分の気持ちがふいによみがえる。そのとき見ていた風景や、一緒にいた人の顔や声、食べていた物の味や匂いまで思い出す。
自分がつけた日記を読み返すことでも、そういうことは起こりうるのかというと、起こりうるように思う。
ただし、日記というのは、文章をあらかじめ書いておかないといけないし、その文章をいちいち読まないといけない。それに比べ、懐かしの流行歌は、べつに記録したわけではなく、意図して記憶すらしたわけではない。それなのに、そのときの心や体の状態をあたかもそのまま保つかのような働きを自動的にしてしまう>。
音楽や日記、写真などが、そのときの思い出を「再生」してくれる、という話。
これを読んで、私にとってこの種の「思い出の記録媒体」になっているのは、圧倒的に音楽であることを再認識させられた。ここでJunkyさんも書いている通り、写真や日記は意図的に記録しておく必要があるが、音楽はただ聴いているだけでいい。
ただ好きな音楽を聴いているだけで、その音楽に「思い出が記録」されていくということ、これは音楽の持つすばらしい特性だと思う。
音楽を聴きながら生活すると、その生活体験、感覚の流れのなかに、音楽が入ってくる。その音楽が、いわば「人生のサウンドトラック」になる。
自分が見た映画のサウンドトラックを聴くとその映画を思い出すように、自分がよく聴いていた音楽、「人生のサウンドトラック」を聴くと、そのときの自分の感覚を思い出すのだ。
http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20080626#p1
<この曲を聴くとあの頃が懐かしい、というのは誰にでもある。
すっかり忘れていた自分の気持ちがふいによみがえる。そのとき見ていた風景や、一緒にいた人の顔や声、食べていた物の味や匂いまで思い出す。
自分がつけた日記を読み返すことでも、そういうことは起こりうるのかというと、起こりうるように思う。
ただし、日記というのは、文章をあらかじめ書いておかないといけないし、その文章をいちいち読まないといけない。それに比べ、懐かしの流行歌は、べつに記録したわけではなく、意図して記憶すらしたわけではない。それなのに、そのときの心や体の状態をあたかもそのまま保つかのような働きを自動的にしてしまう>。
音楽や日記、写真などが、そのときの思い出を「再生」してくれる、という話。
これを読んで、私にとってこの種の「思い出の記録媒体」になっているのは、圧倒的に音楽であることを再認識させられた。ここでJunkyさんも書いている通り、写真や日記は意図的に記録しておく必要があるが、音楽はただ聴いているだけでいい。
ただ好きな音楽を聴いているだけで、その音楽に「思い出が記録」されていくということ、これは音楽の持つすばらしい特性だと思う。
音楽を聴きながら生活すると、その生活体験、感覚の流れのなかに、音楽が入ってくる。その音楽が、いわば「人生のサウンドトラック」になる。
自分が見た映画のサウンドトラックを聴くとその映画を思い出すように、自分がよく聴いていた音楽、「人生のサウンドトラック」を聴くと、そのときの自分の感覚を思い出すのだ。
2008.06.26
吉田照美のてるてるワイド
ウィキペディア - 吉田照美のてるてるワイド
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89...
<吉田照美のてるてるワイド(よしだてるみ-)は、東京のラジオ局・文化放送で、1980年10月6日から1987年4月3日まで放送された、夜の若者向けワイド番組。当初のタイトルは「吉田照美の夜はこれから てるてるワイド」。1985年4月からは、番組のタイトルが「新てるてるワイド 吉田照美のふッかいあな」に変わった>。
中学生の頃、毎日のように聴いていたラジオ番組「てるてるワイド」。私が聴いていたのは1982~1983年頃だと思う。
その「てるてるワイド」の音源がYouTubeにあって、感激してしまった。
てるてるワイド(ダイジェスト)21:00台
http://jp.youtube.com/watch?v=7x1DPVbdU0k
てるてるワイド(ダイジェスト)22:00台 1
http://jp.youtube.com/watch?v=1VEC6zd2w9E
てるてるワイド(ダイジェスト)22:00台 2
http://jp.youtube.com/watch?v=Byk-09wzW6Q
てるてるワイド(ダイジェスト)23:00台 1
http://jp.youtube.com/watch?v=jCnjuTlTqxY
てるてるワイド(ダイジェスト)23:00台 2
http://jp.youtube.com/watch?v=gEC7Xf__vvg
吉田照美のしゃべり、番組のジングル、各番組のオープニング曲など、すべてが懐かしい。赤いAMラジオで文化放送の1134kHzにチューニングをあわせ、毎日夢中で聴いていた。
当時は「オールナイトニッポン」をはじめ、ラジオの深夜放送カルチャーが時代の花形だった。この「てるてるワイド」は、文化放送で平日夜の21~24時まで放送されていた3時間の番組で、当時人気の芸能人などによる5分くらいの細かい番組や、吉田照美司会のちょっとしたコーナーなどをたくさんつないだ構成だった。
上のウィキペディアのページには、番組のタイムテーブル(1982年10月)も載っている。
21:00 オープニング
21:03 ルミちゃんのノッケからマルモウケ(シャープ)
21:13 マッチとデート(日産自動車)
21:25 シュガーのバイキン少女とSISTER BOY(KKベストセラーズ)
21:35 てるてる情報局 チャレンジ探偵団(富士フイルム)
21:48 スポーツニュース(日刊スポーツ)
21:50 ユーミンランド(PT)
22:00 松本伊代のチャレンジ名作ライブラリー(福武書店(当時) 現・ベネッセコーポレーション)
22:10 ヨッちゃんの青春ド真ん中(森永製菓 東京ニューモード)
22:20 アイ・ラブ・シティ(小学館)
22:30 今晩は! 神津カンナです(神田外語学院)
22:45 めざせ! アメリカンヒーロー(東京商科学院)
23:00 青春キャンパス(花王)
23:30 松田聖子のピンクのスニーカー(学研 月星化成(当時) 現・株式会社ムーンスター)
23:40 バナナくらぶとアップルちゃん(角川書店)
23:50 吉田照美のなにげない感動(読売広告社 東京ソワール)
(カッコ内はスポンサー)
これを見ながら上のYouTubeの音源を聴くと、もう25年くらい前だというのに、ほとんどすべて覚えていた。子供の頃に「通いなれた道」をまた訪れたような感覚だ。
こうしてあらためて聴くと、コンテンツとしての完成度が高いことに感心してしまう。しゃべりにも勢いがあり、番組のジングルや各番組のオープニング曲などの「音楽」もよく、3時間ずっと聴かせてしまう力がある。当時のCMも、時代が刻印されていて面白い。
「アメリカ横断ウルトラクイズ」と同様、こうして昔のものにあらためて接すると、私が子供の頃に夢中になっていたものがいかに完成度が高かったかに気づかされる。当時の才能ある大人たちが、子供・若者のために「文化」を作り、発信していたのだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89...
<吉田照美のてるてるワイド(よしだてるみ-)は、東京のラジオ局・文化放送で、1980年10月6日から1987年4月3日まで放送された、夜の若者向けワイド番組。当初のタイトルは「吉田照美の夜はこれから てるてるワイド」。1985年4月からは、番組のタイトルが「新てるてるワイド 吉田照美のふッかいあな」に変わった>。
中学生の頃、毎日のように聴いていたラジオ番組「てるてるワイド」。私が聴いていたのは1982~1983年頃だと思う。
その「てるてるワイド」の音源がYouTubeにあって、感激してしまった。
てるてるワイド(ダイジェスト)21:00台
http://jp.youtube.com/watch?v=7x1DPVbdU0k
てるてるワイド(ダイジェスト)22:00台 1
http://jp.youtube.com/watch?v=1VEC6zd2w9E
てるてるワイド(ダイジェスト)22:00台 2
http://jp.youtube.com/watch?v=Byk-09wzW6Q
てるてるワイド(ダイジェスト)23:00台 1
http://jp.youtube.com/watch?v=jCnjuTlTqxY
てるてるワイド(ダイジェスト)23:00台 2
http://jp.youtube.com/watch?v=gEC7Xf__vvg
吉田照美のしゃべり、番組のジングル、各番組のオープニング曲など、すべてが懐かしい。赤いAMラジオで文化放送の1134kHzにチューニングをあわせ、毎日夢中で聴いていた。
当時は「オールナイトニッポン」をはじめ、ラジオの深夜放送カルチャーが時代の花形だった。この「てるてるワイド」は、文化放送で平日夜の21~24時まで放送されていた3時間の番組で、当時人気の芸能人などによる5分くらいの細かい番組や、吉田照美司会のちょっとしたコーナーなどをたくさんつないだ構成だった。
上のウィキペディアのページには、番組のタイムテーブル(1982年10月)も載っている。
21:00 オープニング
21:03 ルミちゃんのノッケからマルモウケ(シャープ)
21:13 マッチとデート(日産自動車)
21:25 シュガーのバイキン少女とSISTER BOY(KKベストセラーズ)
21:35 てるてる情報局 チャレンジ探偵団(富士フイルム)
21:48 スポーツニュース(日刊スポーツ)
21:50 ユーミンランド(PT)
22:00 松本伊代のチャレンジ名作ライブラリー(福武書店(当時) 現・ベネッセコーポレーション)
22:10 ヨッちゃんの青春ド真ん中(森永製菓 東京ニューモード)
22:20 アイ・ラブ・シティ(小学館)
22:30 今晩は! 神津カンナです(神田外語学院)
22:45 めざせ! アメリカンヒーロー(東京商科学院)
23:00 青春キャンパス(花王)
23:30 松田聖子のピンクのスニーカー(学研 月星化成(当時) 現・株式会社ムーンスター)
23:40 バナナくらぶとアップルちゃん(角川書店)
23:50 吉田照美のなにげない感動(読売広告社 東京ソワール)
(カッコ内はスポンサー)
これを見ながら上のYouTubeの音源を聴くと、もう25年くらい前だというのに、ほとんどすべて覚えていた。子供の頃に「通いなれた道」をまた訪れたような感覚だ。
こうしてあらためて聴くと、コンテンツとしての完成度が高いことに感心してしまう。しゃべりにも勢いがあり、番組のジングルや各番組のオープニング曲などの「音楽」もよく、3時間ずっと聴かせてしまう力がある。当時のCMも、時代が刻印されていて面白い。
「アメリカ横断ウルトラクイズ」と同様、こうして昔のものにあらためて接すると、私が子供の頃に夢中になっていたものがいかに完成度が高かったかに気づかされる。当時の才能ある大人たちが、子供・若者のために「文化」を作り、発信していたのだ。
2008.06.25
「フロントエンド・エンジニア」という呼び名のパワー
私の仕事は、Zope/PloneをベースとしたカスタムCMS(その顧客専用のコンテンツ管理システム)を開発するというもので、これは「Web開発」とか「サーバサイド開発」とか呼ばれるカテゴリに入る。
これに対して、HTMLやCSS、JavaScriptなどクライアントサイドの開発・コーディングを担当する人を、最近のWeb業界では「フロントエンド・エンジニア」と呼ぶ場合があるようだ。これはなかなかいい呼び名だと思う。
一般的に「Webデザイナー」と呼ばれる人の仕事は、じつに幅広い。ビジュアル的に「デザイン」すること(どんなサイトにするかの「絵」を作ること)や、サイトの構造・ラベリング・ナビゲーションといった「情報アーキテクチャ」を決めること、そしてHTMLやCSS、JavaScriptといった技術によってそれらを実装することは、それぞれ異質な作業であり、別種のスキルが求められる。
最近はこうした作業・スキルが分解されて、情報アーキテクチャを決めるのは「情報アーキテクト」、HTMLやCSS、JavaScriptなどによる実装は「フロントエンド・エンジニア」とか「マークアップ・エンジニア」といったように、それぞれ名前が与えられるようになってきた。実際上は、これらすべてを「Webデザイナー」が担当することも多いようだが、基本的に別の作業・別のスキルであることも確かなので、同一人物が担当するのだとしても、それぞれに名称をつけるようになってきたのはいい傾向だと思う。
このうちの「フロントエンド・エンジニア」、つまりHTMLやCSS、JavaScriptによるコーディングをおこなう人については、昔から「コーダー」という呼び名もあった(いまでも使われている)。しかし「フロントエンド・エンジニア」は、昔ながらの「コーダー」よりも格が高い感じがする。
私のイメージでは、「コーダー」と「フロントエンド・エンジニア」の違いは、次のような感じだ。
・コーダー : Photoshopなどで作られた「絵」から、ただHTMLを起こす。ブラウザで表示できればOK。
・フロントエンド・エンジニア : 技術を熟知した上で、Web標準を守り、できるだけ保守性の高いコードによって実装する。
一般人レベルだと、この2つの違いはおそらくわかりにくいだろう。ブラウザで見ているだけであれば、どちらであっても違いはない。しかし、Webサイトを作ったり運用する現場の視点から見ると、これが大違いなのだ。
これに対して、HTMLやCSS、JavaScriptなどクライアントサイドの開発・コーディングを担当する人を、最近のWeb業界では「フロントエンド・エンジニア」と呼ぶ場合があるようだ。これはなかなかいい呼び名だと思う。
一般的に「Webデザイナー」と呼ばれる人の仕事は、じつに幅広い。ビジュアル的に「デザイン」すること(どんなサイトにするかの「絵」を作ること)や、サイトの構造・ラベリング・ナビゲーションといった「情報アーキテクチャ」を決めること、そしてHTMLやCSS、JavaScriptといった技術によってそれらを実装することは、それぞれ異質な作業であり、別種のスキルが求められる。
最近はこうした作業・スキルが分解されて、情報アーキテクチャを決めるのは「情報アーキテクト」、HTMLやCSS、JavaScriptなどによる実装は「フロントエンド・エンジニア」とか「マークアップ・エンジニア」といったように、それぞれ名前が与えられるようになってきた。実際上は、これらすべてを「Webデザイナー」が担当することも多いようだが、基本的に別の作業・別のスキルであることも確かなので、同一人物が担当するのだとしても、それぞれに名称をつけるようになってきたのはいい傾向だと思う。
このうちの「フロントエンド・エンジニア」、つまりHTMLやCSS、JavaScriptによるコーディングをおこなう人については、昔から「コーダー」という呼び名もあった(いまでも使われている)。しかし「フロントエンド・エンジニア」は、昔ながらの「コーダー」よりも格が高い感じがする。
私のイメージでは、「コーダー」と「フロントエンド・エンジニア」の違いは、次のような感じだ。
・コーダー : Photoshopなどで作られた「絵」から、ただHTMLを起こす。ブラウザで表示できればOK。
・フロントエンド・エンジニア : 技術を熟知した上で、Web標準を守り、できるだけ保守性の高いコードによって実装する。
一般人レベルだと、この2つの違いはおそらくわかりにくいだろう。ブラウザで見ているだけであれば、どちらであっても違いはない。しかし、Webサイトを作ったり運用する現場の視点から見ると、これが大違いなのだ。
2008.06.24
起業はアップサイドが大きく、ダウンサイドが小さい
起業は一般的に考えられている以上に、アップサイド(トクする余地)が大きく、ダウンサイド(ソンする余地)が小さいと思う。
まず起業でいちばんいいのは、とにかく自分の好きなようにできることだ。起業には採用試験もないし、上司もいない。すべての意志決定を自分でできて、ものすごい精神的な自由がある。
そして、それと同じくらいにいいことは、商品・サービスの開発、営業、会計・税務など、会社というもののあらゆる機能・側面と向き合わざるをえないので、経営・ビジネスについての理解が深まることだ。
起業すると、うまくいけば収入が増えるかもしれないが、逆に減るかもしれない。特に最初のうちは苦しいケースが多いと思う。しかし、起業することのほんとうのアップサイド、メリットは、この経営・ビジネスの理解が深まること、「力がつく」ということだ。
お金・収入ももちろん大切だが、この「力がつく」ということの価値は計り知れない。起業によって得られる知見・経験は、多少の収入を失っても得る価値があると思う。
起業すると、失敗を他人のせいにできなくなる。すべてが自分のせいだ。仕事をとって、仕事をこなし、お客さんからお金をもらうということがどのくらいたいへんか、理解できるようになる。
私は会社に勤めていた頃、自分の給料は安いとずっと思っていた。しかし起業してからは、社員に継続的に給料を払うということがどのくらいたいへんなことかを理解し、かつての自分の給料はじゅうぶん適正だったし、あるいは恵まれていたとすら思うようになった。
起業すると、このように社員の立場ではわかりにくい、いろいろなことが理解できる。こうした知見・経験・悟りは、お金では買えない、まさに「プライスレス」なものだ。
そしてもし、起業してもうまくいかなくて、勤め人に戻ることになったとしても、起業によって得た知見や経験は残るのだ。これが大きい。
私が採用担当者であれば、起業経験があるという人は、起業に失敗したとしても、大きなプラス評価になる。まず起業することはガッツがあり、チャレンジャーであることの証明だし、また起業を通じて、会社や経営というものの全体像を理解しているはずだからだ。ガッツのあるチャレンジャーで、会社や経営の全体像も理解している人間なんて、なかなかいるものではない。会社の業種が何であっても、そして採用ポジションがどんなものであっても、それはプラス評価になると思う。
起業というのは成功すれば青天井で、限りないアップサイドがある。そして失敗しても、貴重な知見・経験が得られ、プラス評価の要因になるのだから、ダウンサイド(ソンする余地)はほとんどないように思える。
そう考えると、起業しないのは本当にもったいないと思うのだ。
まず起業でいちばんいいのは、とにかく自分の好きなようにできることだ。起業には採用試験もないし、上司もいない。すべての意志決定を自分でできて、ものすごい精神的な自由がある。
そして、それと同じくらいにいいことは、商品・サービスの開発、営業、会計・税務など、会社というもののあらゆる機能・側面と向き合わざるをえないので、経営・ビジネスについての理解が深まることだ。
起業すると、うまくいけば収入が増えるかもしれないが、逆に減るかもしれない。特に最初のうちは苦しいケースが多いと思う。しかし、起業することのほんとうのアップサイド、メリットは、この経営・ビジネスの理解が深まること、「力がつく」ということだ。
お金・収入ももちろん大切だが、この「力がつく」ということの価値は計り知れない。起業によって得られる知見・経験は、多少の収入を失っても得る価値があると思う。
起業すると、失敗を他人のせいにできなくなる。すべてが自分のせいだ。仕事をとって、仕事をこなし、お客さんからお金をもらうということがどのくらいたいへんか、理解できるようになる。
私は会社に勤めていた頃、自分の給料は安いとずっと思っていた。しかし起業してからは、社員に継続的に給料を払うということがどのくらいたいへんなことかを理解し、かつての自分の給料はじゅうぶん適正だったし、あるいは恵まれていたとすら思うようになった。
起業すると、このように社員の立場ではわかりにくい、いろいろなことが理解できる。こうした知見・経験・悟りは、お金では買えない、まさに「プライスレス」なものだ。
そしてもし、起業してもうまくいかなくて、勤め人に戻ることになったとしても、起業によって得た知見や経験は残るのだ。これが大きい。
私が採用担当者であれば、起業経験があるという人は、起業に失敗したとしても、大きなプラス評価になる。まず起業することはガッツがあり、チャレンジャーであることの証明だし、また起業を通じて、会社や経営というものの全体像を理解しているはずだからだ。ガッツのあるチャレンジャーで、会社や経営の全体像も理解している人間なんて、なかなかいるものではない。会社の業種が何であっても、そして採用ポジションがどんなものであっても、それはプラス評価になると思う。
起業というのは成功すれば青天井で、限りないアップサイドがある。そして失敗しても、貴重な知見・経験が得られ、プラス評価の要因になるのだから、ダウンサイド(ソンする余地)はほとんどないように思える。
そう考えると、起業しないのは本当にもったいないと思うのだ。
2008.06.23
大前研一による「道州制のビジネスモデル」
SAFETY JAPAN 「産業突然死時代の人生論」 - 富を生み出す道州制への道 ―― 九州をモデルケースに
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/a/136/
<世界の繁栄する地域を見れば、その秘訣がROW(Rest of the World:その他世界)から呼び込むことにあることは明らかだ。日本ではいまだに国民の払う税金で景気刺激をするしかないと考えている人々が大半だ。富の分配はその前提として富の創出がなくてはならない。いま日本の人口はまさに少子高齢化しており、毎年40万人ずつ就業人口が減っている。GDP(国内で生み出された総付加価値)を維持するだけで毎年7%の生産性向上がなければならない。これは今の日本の能力からいってほぼ不可能な数字だ。また生産性の高い、競争力のある企業は先を競って海外に出て行っている。つまり国内での付加価値、すなわち富の創出にはこれから先あまり貢献しないだろうということだ>。
<富の創出の議論を忘れて道路建設や福祉の充実など富の配分の議論ばかりすれば、その原資は未来から、すなわち子孫から借りてくるしかない。しかし、将来の少なくなった就業人口でこの借金を返すことは至難の技だ>。
この現状を改善するには、1)歳出の削減、2)富の創出、の2つしかないとした上で、2)の「富の創出」の方法として、道州制を紹介するという記事になっている。
大前研一氏は世界が認める経営学のプロであると同時に、多くの著書や記事で政策の提言・ビジョンを多数出し続け、東京都知事への立候補(1995年)、平成維新の会・一新塾などを通じて、実際の行動でも政治や政策教育にコミットしつづけている。
この「富を生み出す道州制への道」は、その大前氏の知見・経験を存分に生かした、実に面白い「道州制」の解説・提言になっている。私がいままでに読んだ範囲だけでも、大前氏はこれまで素晴らしい著書・記事を数え切れないほど書いているが、そのなかでもこれは最も印象的な記事のひとつかもしれない。
<道州制とは富の再配分機構としての中央集権国家を解体し、世界から富を呼び込む責任を「地域国家」に持たせる、というものである。同時に一部の立法権限を道州に委譲することによって富の創出を真に志向させるものである。すなわち、富を真に作り出すか世界から呼び込む行政の単位 ―― これが道州ということになる>。
以後、この記事では九州を例にして、道州制が実現するとどうなるのかのビジョンを詳しく解説している。私にとっては、道州制はこんなに面白い話だったのか、と開眼させられるような記事だった。
<大きさは今の北海道(道)、あるいは九州(州)の単位で十分である。世界では30万人くらいの人口でも立派にOECDのメンバーになっているアイスランドのような国もあるし、繁栄する国家像をみればデンマークやシンガポールのように300万人から600万人くらいの人口のところが多い>。
たしかにその通りだ。日本をいくつかの道州に分割し、その責任と権限を強化して「国」に近づければ、それぞれの道州が自由になり、個性が出て、活気づくだろう。
道州がそれぞれ法制をいじれれば、国の経済競争のようなものが道州のあいだで起こり、その「経営」のウマい・ヘタも明らかになる。個人はより暮らしやすい環境を、企業はよりビジネスしやすい環境を求めて、日本という国にいながらにして、好きな「道州」を選べるようになる。
この大前氏の記事が面白いのは、道州制をただ制度的に説明するのではなく、九州を例にして、道州制による経済効果や人材・企業の呼び込み、立地といったテーマを軸に、「道州制のビジネスモデル」ともいうべき視点から書かれているからだろう。
いまの日本は「大きすぎる会社」のようなもので、権限が中央に集中しすぎて、機能不全に陥っている。道州制は、その大きすぎる会社をいくつかに「分社化」するようなものだろう。道州に「経営」の責任と権限を付与して、自由と機動性を与え、現場の声がより反映されるようにするのだ。
このように考えてみると、アメリカやドイツなどの連邦制も、より身近なものとして理解できるような気がする。地方分権が、こんなに面白いテーマだったとは。
関連:
ウィキペディア - 道州制
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%93%E5%B7%9E%E5%88%B6
ウィキペディア - 連邦
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%A3%E9%82%A6
ウィキペディア - 地方分権
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E6%96%B9%E5%88%86%E6%A8%A9
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/a/136/
<世界の繁栄する地域を見れば、その秘訣がROW(Rest of the World:その他世界)から呼び込むことにあることは明らかだ。日本ではいまだに国民の払う税金で景気刺激をするしかないと考えている人々が大半だ。富の分配はその前提として富の創出がなくてはならない。いま日本の人口はまさに少子高齢化しており、毎年40万人ずつ就業人口が減っている。GDP(国内で生み出された総付加価値)を維持するだけで毎年7%の生産性向上がなければならない。これは今の日本の能力からいってほぼ不可能な数字だ。また生産性の高い、競争力のある企業は先を競って海外に出て行っている。つまり国内での付加価値、すなわち富の創出にはこれから先あまり貢献しないだろうということだ>。
<富の創出の議論を忘れて道路建設や福祉の充実など富の配分の議論ばかりすれば、その原資は未来から、すなわち子孫から借りてくるしかない。しかし、将来の少なくなった就業人口でこの借金を返すことは至難の技だ>。
この現状を改善するには、1)歳出の削減、2)富の創出、の2つしかないとした上で、2)の「富の創出」の方法として、道州制を紹介するという記事になっている。
大前研一氏は世界が認める経営学のプロであると同時に、多くの著書や記事で政策の提言・ビジョンを多数出し続け、東京都知事への立候補(1995年)、平成維新の会・一新塾などを通じて、実際の行動でも政治や政策教育にコミットしつづけている。
この「富を生み出す道州制への道」は、その大前氏の知見・経験を存分に生かした、実に面白い「道州制」の解説・提言になっている。私がいままでに読んだ範囲だけでも、大前氏はこれまで素晴らしい著書・記事を数え切れないほど書いているが、そのなかでもこれは最も印象的な記事のひとつかもしれない。
<道州制とは富の再配分機構としての中央集権国家を解体し、世界から富を呼び込む責任を「地域国家」に持たせる、というものである。同時に一部の立法権限を道州に委譲することによって富の創出を真に志向させるものである。すなわち、富を真に作り出すか世界から呼び込む行政の単位 ―― これが道州ということになる>。
以後、この記事では九州を例にして、道州制が実現するとどうなるのかのビジョンを詳しく解説している。私にとっては、道州制はこんなに面白い話だったのか、と開眼させられるような記事だった。
<大きさは今の北海道(道)、あるいは九州(州)の単位で十分である。世界では30万人くらいの人口でも立派にOECDのメンバーになっているアイスランドのような国もあるし、繁栄する国家像をみればデンマークやシンガポールのように300万人から600万人くらいの人口のところが多い>。
たしかにその通りだ。日本をいくつかの道州に分割し、その責任と権限を強化して「国」に近づければ、それぞれの道州が自由になり、個性が出て、活気づくだろう。
道州がそれぞれ法制をいじれれば、国の経済競争のようなものが道州のあいだで起こり、その「経営」のウマい・ヘタも明らかになる。個人はより暮らしやすい環境を、企業はよりビジネスしやすい環境を求めて、日本という国にいながらにして、好きな「道州」を選べるようになる。
この大前氏の記事が面白いのは、道州制をただ制度的に説明するのではなく、九州を例にして、道州制による経済効果や人材・企業の呼び込み、立地といったテーマを軸に、「道州制のビジネスモデル」ともいうべき視点から書かれているからだろう。
いまの日本は「大きすぎる会社」のようなもので、権限が中央に集中しすぎて、機能不全に陥っている。道州制は、その大きすぎる会社をいくつかに「分社化」するようなものだろう。道州に「経営」の責任と権限を付与して、自由と機動性を与え、現場の声がより反映されるようにするのだ。
このように考えてみると、アメリカやドイツなどの連邦制も、より身近なものとして理解できるような気がする。地方分権が、こんなに面白いテーマだったとは。
関連:
ウィキペディア - 道州制
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%93%E5%B7%9E%E5%88%B6
ウィキペディア - 連邦
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%A3%E9%82%A6
ウィキペディア - 地方分権
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E6%96%B9%E5%88%86%E6%A8%A9
2008.06.22
ブログ毎日更新という「セルフ・トレーニング」
3月8日に、1年以上にわたって長期休止していたこのブログを復活していらい、それ以降はずっと毎日更新を続けられている。
私は筋金入りのナマケモノなので、またそのうち長期休止に入ってもおかしくないのだが、今回こうして毎日更新を続けられるようになったのには、ちょっとした「悟り」があった。それは、
<ブログ毎日更新は「セルフ・トレーニング」だ>
というものだ。
私がブログを更新しなくなるのは、たいてい「忙しい」ときだ。しかし、現代人は誰だって多かれ少なかれ「忙しい」わけで、「忙しい」からブログを書けない、というのはあまり説明にならないと思う。忙しいけれども、時間をさいて面白いブログを書いている人はいくらでもいる。
私の場合も、「忙しい」ことが書けない原因というよりも、「忙しい」ことが引き金になって、いったん書かなくなってしまうと、「別に書かなくてもいい」という心境に陥るのだ。
そして、いったん「別に書かなくてもいい」心境に陥ると、あらためて書き始める理由・きっかけがなかなか生じない。そして、書いたとしても特にすごいことを書くわけでもないのだし、あまり書く意味がない、というような自己嫌悪に陥ったりする。
つまりこれまでの私は、「なぜブログを書くのか」という動機が定まっておらず、フラフラしていた。だから、いったん休止してしまうと、再開するきっかけを失いがちだった。
しかし、「セルフ・トレーニング」としてブログを毎日更新すればいいんだ、と気づいてからは、気持ちの整理がついた感じで、モチベーションを維持できるようになった。
この「セルフ・トレーニングとしてのブログ」とは、いわば自分自身で実施する「習い事」みたいなものだ。そこでは、ブログを書くために毎日1~2時間くらいを割いて、いろいろなテーマについてネットで調べたり、本を読んだりして、またそれについて考え、文章に書く。勉強というインプットと、ブログというアウトプットをおこなうための機会であり、「場」だ。
こういうふうに、「ブログ毎日更新」は「習い事」みたいなものだと考えられるようになってからは、それは毎日の「予定」だから、あらかじめ自分のスケジュールに組み込まれる。
私の場合、余裕があるときにやろう、などと考えていると、永遠にできない。「ブログ毎日更新」を「予定」として、自分に課してしまうことで、継続できるようになった。
この「セルフ・トレーニング」としてのブログ毎日更新、というテーマで私が連想するのは、「百式」の田口さんと、「情報考学 Passion For The Future」の橋本さんだ。
ブログを1日に1回以上更新しているブロガーは、わりとたくさんいると思う。しかし田口さんと橋本さんの場合、「テーマを決めて、1日に1つのエントリを、きちんと書く」という姿勢が共通している。そのうえ内容のクオリティも高く、単なる自分のつぶやきというよりも、「読む人の役に立つように」書かれている。
田口さんと橋本さんは、私の知る中でも最もアタマの回転が速い人のうちの2人であり、並外れて「デキる人」だ。デキる人だから、そのブログが面白くても当たり前だし、毎日苦もなく更新している、ということも考えられる。しかし「テーマを決めて、1日に1つのエントリを、きちんと書く」というその規則性は、どんなにデキる人であっても、ただ自然に生じているのではなく、彼らが自分で定めたルール、「自己規律」の結果であると思う。
デキる人だから自然に毎日更新できるのではなく、デキる人だから「自己規律」を自分で定め、それに従うことができる、ということなんだと思う。そして田口さんと橋本さんもおそらく、読む人にとって役立つものを、と考えているのはもちろん、それ以上に「セルフ・トレーニング」としてやっているのではないか、という気がする。
私は筋金入りのナマケモノなので、またそのうち長期休止に入ってもおかしくないのだが、今回こうして毎日更新を続けられるようになったのには、ちょっとした「悟り」があった。それは、
<ブログ毎日更新は「セルフ・トレーニング」だ>
というものだ。
私がブログを更新しなくなるのは、たいてい「忙しい」ときだ。しかし、現代人は誰だって多かれ少なかれ「忙しい」わけで、「忙しい」からブログを書けない、というのはあまり説明にならないと思う。忙しいけれども、時間をさいて面白いブログを書いている人はいくらでもいる。
私の場合も、「忙しい」ことが書けない原因というよりも、「忙しい」ことが引き金になって、いったん書かなくなってしまうと、「別に書かなくてもいい」という心境に陥るのだ。
そして、いったん「別に書かなくてもいい」心境に陥ると、あらためて書き始める理由・きっかけがなかなか生じない。そして、書いたとしても特にすごいことを書くわけでもないのだし、あまり書く意味がない、というような自己嫌悪に陥ったりする。
つまりこれまでの私は、「なぜブログを書くのか」という動機が定まっておらず、フラフラしていた。だから、いったん休止してしまうと、再開するきっかけを失いがちだった。
しかし、「セルフ・トレーニング」としてブログを毎日更新すればいいんだ、と気づいてからは、気持ちの整理がついた感じで、モチベーションを維持できるようになった。
この「セルフ・トレーニングとしてのブログ」とは、いわば自分自身で実施する「習い事」みたいなものだ。そこでは、ブログを書くために毎日1~2時間くらいを割いて、いろいろなテーマについてネットで調べたり、本を読んだりして、またそれについて考え、文章に書く。勉強というインプットと、ブログというアウトプットをおこなうための機会であり、「場」だ。
こういうふうに、「ブログ毎日更新」は「習い事」みたいなものだと考えられるようになってからは、それは毎日の「予定」だから、あらかじめ自分のスケジュールに組み込まれる。
私の場合、余裕があるときにやろう、などと考えていると、永遠にできない。「ブログ毎日更新」を「予定」として、自分に課してしまうことで、継続できるようになった。
この「セルフ・トレーニング」としてのブログ毎日更新、というテーマで私が連想するのは、「百式」の田口さんと、「情報考学 Passion For The Future」の橋本さんだ。
ブログを1日に1回以上更新しているブロガーは、わりとたくさんいると思う。しかし田口さんと橋本さんの場合、「テーマを決めて、1日に1つのエントリを、きちんと書く」という姿勢が共通している。そのうえ内容のクオリティも高く、単なる自分のつぶやきというよりも、「読む人の役に立つように」書かれている。
田口さんと橋本さんは、私の知る中でも最もアタマの回転が速い人のうちの2人であり、並外れて「デキる人」だ。デキる人だから、そのブログが面白くても当たり前だし、毎日苦もなく更新している、ということも考えられる。しかし「テーマを決めて、1日に1つのエントリを、きちんと書く」というその規則性は、どんなにデキる人であっても、ただ自然に生じているのではなく、彼らが自分で定めたルール、「自己規律」の結果であると思う。
デキる人だから自然に毎日更新できるのではなく、デキる人だから「自己規律」を自分で定め、それに従うことができる、ということなんだと思う。そして田口さんと橋本さんもおそらく、読む人にとって役立つものを、と考えているのはもちろん、それ以上に「セルフ・トレーニング」としてやっているのではないか、という気がする。
2008.06.21
神戸・共進牧場の「ストレート100 厳選完熟温州みかん果汁」
ナチュラルローソンで売っている「ストレート100 厳選完熟温州みかん果汁」というみかんジュースが好きで、ときどき買っている。
500mlが200円くらい、1000mlが400円くらいとやや高いのだが、めちゃめちゃおいしくて、その値段の価値はじゅうぶんにある。
他の店では見たことがないので、製造元はどこかと思ってパッケージを見ると、神戸の「共進牧場」という会社だった。
共進牛乳
http://www.kyoshin-milk.jp/
会社は「共進牧場」だが、メインの製品が「共進牛乳」なので、そのブランドを前面に出しているようだ。
牧場の雰囲気を出した、このすっきりしたトップページもいい。
製品紹介ページのなかに、「ストレート100 厳選完熟温州みかん果汁」も載っていた。
いっしょに載っている「国産ふじりんご果汁」もナチュラルローソンで売っていて、これも同じくらいおいしい。
この共進牧場、会社案内の沿革によると、創業は明治23年とのこと。神戸で100年以上も事業をつづけ、「ストレート100 厳選完熟温州みかん果汁」のようにいい製品を地道に出しつづけているわけで、尊敬してしまう。
近くにナチュラルローソンがある人は、「ストレート100 厳選完熟温州みかん果汁」をぜひ探してみてください。
500mlが200円くらい、1000mlが400円くらいとやや高いのだが、めちゃめちゃおいしくて、その値段の価値はじゅうぶんにある。
他の店では見たことがないので、製造元はどこかと思ってパッケージを見ると、神戸の「共進牧場」という会社だった。
共進牛乳
http://www.kyoshin-milk.jp/
会社は「共進牧場」だが、メインの製品が「共進牛乳」なので、そのブランドを前面に出しているようだ。
牧場の雰囲気を出した、このすっきりしたトップページもいい。
製品紹介ページのなかに、「ストレート100 厳選完熟温州みかん果汁」も載っていた。
いっしょに載っている「国産ふじりんご果汁」もナチュラルローソンで売っていて、これも同じくらいおいしい。
この共進牧場、会社案内の沿革によると、創業は明治23年とのこと。神戸で100年以上も事業をつづけ、「ストレート100 厳選完熟温州みかん果汁」のようにいい製品を地道に出しつづけているわけで、尊敬してしまう。
近くにナチュラルローソンがある人は、「ストレート100 厳選完熟温州みかん果汁」をぜひ探してみてください。
2008.06.20
ブログ人類学
ブログには、実にいろいろなスタイルがある。
ブログ / ブロガーをいろいろな基準で分類すれば、
「ブログ人類学」みたいなものが可能な気がする。
動物や植物を分類するように、ブログの客観的な特性に着目する。
例えば、以下のような感じで。
1つのエントリが 長い・短い
更新頻度が 多い・少ない
トピックやジャンルが 多い・少ない
自分の意見が 多い・少ない
流行の話題が 多い・少ない
他人のエントリへの反応が 多い・少ない
ニュースサイト性(リンク列挙)が 多い・少ない
オススメ・紹介が 多い・少ない
批判・否定が 多い・少ない
自分語りが 多い・少ない
日記的な要素が 多い・少ない
漢字が 多い・少ない
カタカナが 多い・少ない
改行が 多い・少ない
余白が 多い・少ない
外部へのリンクが 多い・少ない
写真が 多い・少ない
ブログツールが 多い・少ない
アフィリエイトが 多い・少ない
これくらい分類しておいて、さらに内容の傾向(ジャンル)を
IT、ビジネス、経済、政治、ゲーム、音楽、ペット、食…
といったキーワードの集合で表現すれば、それなりに分類できる気がする。
また、ここでは多い・少ないという2分法にしたが、エントリの長さ、更新頻度、漢字率・カタカナ率、改行、外部へのリンク数など、具体的な数や比率などを技術的に算出できる属性もけっこうありそうだ。
もしこのような尺度で大量のブログを分類してみれば、自分の好みのブログや人気のブログなどがどういう傾向にあるか、あるていど浮かび上がるのではないか。自分が知らなかった面白いブログの発見にも役立ちそうだ。
ブログ / ブロガーをいろいろな基準で分類すれば、
「ブログ人類学」みたいなものが可能な気がする。
動物や植物を分類するように、ブログの客観的な特性に着目する。
例えば、以下のような感じで。
1つのエントリが 長い・短い
更新頻度が 多い・少ない
トピックやジャンルが 多い・少ない
自分の意見が 多い・少ない
流行の話題が 多い・少ない
他人のエントリへの反応が 多い・少ない
ニュースサイト性(リンク列挙)が 多い・少ない
オススメ・紹介が 多い・少ない
批判・否定が 多い・少ない
自分語りが 多い・少ない
日記的な要素が 多い・少ない
漢字が 多い・少ない
カタカナが 多い・少ない
改行が 多い・少ない
余白が 多い・少ない
外部へのリンクが 多い・少ない
写真が 多い・少ない
ブログツールが 多い・少ない
アフィリエイトが 多い・少ない
これくらい分類しておいて、さらに内容の傾向(ジャンル)を
IT、ビジネス、経済、政治、ゲーム、音楽、ペット、食…
といったキーワードの集合で表現すれば、それなりに分類できる気がする。
また、ここでは多い・少ないという2分法にしたが、エントリの長さ、更新頻度、漢字率・カタカナ率、改行、外部へのリンク数など、具体的な数や比率などを技術的に算出できる属性もけっこうありそうだ。
もしこのような尺度で大量のブログを分類してみれば、自分の好みのブログや人気のブログなどがどういう傾向にあるか、あるていど浮かび上がるのではないか。自分が知らなかった面白いブログの発見にも役立ちそうだ。
2008.06.19
穴を使って「属性検索」する昔のカード技術 「Edge-notched card」
Kevin Kelly(ケビン・ケリー)が、昔のカード技術について書いている。
Kevin Kelly - One Dead Media
http://www.kk.org/thetechnium/archives/2008/06/one_dead_media.php
Alex WrightがNew York Timesに書いたPaul Otlet(ポール・オトレ)についての記事に触れながら、「Edge-notched card」というものを紹介している。
Wikipedia - Edge-notched card
http://en.wikipedia.org/wiki/Edge-notched_card
「Edge-notched card」(以下「ノッチカード」と表記)とは、上の写真のようにカードの端に穴があいたものを使って、この穴の一部をV字型に切り落とすことで、カードの分類を可能にした技術のようだ。
以下の写真のように、昔の駅員がキップを切るのに使っていたパンチみたいなもので、穴の一部を切り落とす。このひとつひとつの穴が「フラグ」(オン・オフ)になるので、穴をどう切り落とすかで、たくさんの属性を表現できる、という仕組みだ。

Kevin Kelly - One Dead Media
http://www.kk.org/thetechnium/archives/2008/06/one_dead_media.php
Alex WrightがNew York Timesに書いたPaul Otlet(ポール・オトレ)についての記事に触れながら、「Edge-notched card」というものを紹介している。
Wikipedia - Edge-notched card
http://en.wikipedia.org/wiki/Edge-notched_card
「Edge-notched card」(以下「ノッチカード」と表記)とは、上の写真のようにカードの端に穴があいたものを使って、この穴の一部をV字型に切り落とすことで、カードの分類を可能にした技術のようだ。
以下の写真のように、昔の駅員がキップを切るのに使っていたパンチみたいなもので、穴の一部を切り落とす。このひとつひとつの穴が「フラグ」(オン・オフ)になるので、穴をどう切り落とすかで、たくさんの属性を表現できる、という仕組みだ。

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