2009.06.09
初期コクトー・ツインズをマイ・ブラディ・バレンタインの新作として聴いてみよう
1980年代のニューウェイヴは私の「音楽的故郷」のひとつで、いろいろなニューウェイヴをときどき聴き返しているが、最近はコクトー・ツインズをわりとよく聴いている。

コクトー・ツインズといえば、数あるニューウェイヴのバンドの中でも、実力・個性・人気を兼ね備えた、かなり目立つ存在だった。所属していた4ADというレーベル自体、その一貫したアートワークと音楽性が強い存在感を放つ、ニューウェイヴを象徴するレーベルのひとつだった。コクトー・ツインズは、80年代前半のニューウェイヴ期の4ADを代表するまさに看板バンドだった。

私が知っているコクトー・ツインズは、1985年くらいまでの初期で、アルバムでいえば『ガーランズ』(1982)、『ヘッド・オーバー・ヒールズ』(1983)、『トレジャー』(1984)の初期3枚と、その頃のミニアルバムなどだ。この時期について、ウィキペディアの「コクトー・ツインズ」にはこういう解説文がある。

<1982年に4ADからリリースされた彼らのデビュー・アルバム "Garlands" は、続くシングル "Lullabies" とともに直ちに成功を収めた。フレイザーの先例のない独特な、時に何を歌っているか判読しがたいボーカル・スタイルは特に注目を集めた>。

<1983年のセカンド・シングル "Peppermint Pig" 発表後のツアーが終わって、ウィル・ヘッジーがグループを去った。バンドの最初の3作は、ヘッジーのリズミカルなベース・ライン、ガスリーのミニマリスティックなギター、フレイザーのボーカルの3つで成り立っていたが、2枚目のアルバム "Head over Heels" では、後の2つだけに頼らざるを得なくなった。これはコクトー・ツインズの特徴的なサウンドを成長させることになった。このころから三拍子の曲が多くなる。 フレイザーの声は幽玄と粗野が入り交じり、ガスリーの強いエフェクトがかかったギターと結びついた。前作とはまったく異なったものになったが、"Head over Heels" はマスコミにも一般にも好評で迎えられた>。

<1983年に、コクトー・ツインズは4ADのディス・モータル・コイルのプロジェクトに参加し、そこでのガスリーとフレイザーによるティム・バックリィの "Song to the Siren" のカバーは大ヒットした。また、この作業中に彼らはサイモン・レイモンド(Simon Raymonde)に出会い、彼はこの年のうちにベースとしてグループに加わった。サイモンが加わったコクトー・ツインズは、サードアルバム "Treasure"(1984年)、シングル "Aikea-Guinea"(1985年)等の評価の高い名作を続々とリリースした>。

この頃のコクトー・ツインズの作品はどれも良く、特に『ガーランズ』、『ヘッド・オーバー・ヒールズ』、『トレジャー』の3作はいずれも名盤だが、音楽的なスタイルはわりと変化している。

Garlands
http://en.wikipedia.org/wiki/Garlands



最初の『ガーランズ』(1982)はいかにもニューウェイヴ的な暗さがあり、リズムボックスを使ったシンプルなリズムに、コクトー・ツインズの代名詞である歪んだギターと、エリザベス・フレイザーの超個性的な女性ヴォーカルが乗る、というもの。

Head over Heels (Cocteau Twins album)
http://en.wikipedia.org/wiki/Head_..



次の『ヘッド・オーバー・ヒールズ』(1983)では、1作目の基調だったストレートなポスト・パンク的な作りが後退し、3拍子の曲が増え、リズムの打ち方も高度化、エコー処理も強まって、幻想的な音作りに磨きがかかってきた。音響処理だけでなく、曲そのものもさらに良くなって、この2作目をコクトー・ツインズの最高傑作に推す人は少なくない。コクトー・ツインズを初めて聴くならこれがいいかも。

Treasure (album)
http://en.wikipedia.org/wiki/Treasure_(album)



3作目の『トレジャー』(1984)は、いわゆるロック的なノリがほぼ消滅、幻想的・耽美的な音響処理と美しい楽曲を追求した、さらに完成度の高い1作。すべての曲が「Lorelei」「Beatrix」「Pandora」「Amelia」といった、神話などから取ったワンワード(1語)の名前になっているなど、楽曲だけでなくコンセプト的な統一感という面でも、初期の3作中で最も「完成」を感じさせる1作だ(コクトー・ツインズは、曲名やアルバム名がどれもカッコよくてイマジネイティヴなのも特徴)。

私が最初に聴いたコクトー・ツインズは、この3作目の『トレジャー』(1984)で、リリースされてからそれほど経たないうちにリアルタイムで聴いた(当時の私は高校1年で、貸しレコード屋で借りた)。これは私がもっとも夢中になったアルバムのひとつで、数え切れないくらい聴いた。そこからさかのぼって、『ヘッド・オーバー・ヒールズ』と『ガーランズ』もあとから聴いたが、2作目の『ヘッド・オーバー・ヒールズ』はかなりいいと思ったものの、1作目の『ガーランズ』の良さがわからなかった。あまりにもニューウェイヴ的な暗さが強くて、『トレジャー』が好きだった当時の私には入り込めなかったのだ。

しかしそれから20数年経って、昨年くらいにYouTubeで偶然、『ガーランズ』収録の「Wax and Wane」のライブ映像に出会った。

Cocteau Twins "Wax and Wane" live
http://www.youtube.com/watch?v=gOEFDdJXjN8



私はこれを見てようやく、『ガーランズ』のカッコ良さを理解した。その単純なリズムボックスの音、初期ニューウェイヴっぽい暗さが、いまでは逆にカッコいいのだ。

強く加工されたギターの厚い音と、単純な打ち込みというその組合せは、いま聴くと、マイ・ブラディ・バレンタインの『Loveless』(1991)に近いところがある。コクトー・ツインズはそれを1982年にやっており、約10年早かったわけだ(というよりも、マイ・ブラディ・バレンタインがコクトー・ツインズの影響を受けているわけだが)。そこにエリザベスの個性的な女性ヴォーカルが乗る。このヴォーカルのおかげで、現時点からすれば、私にはマイ・ブラディ・バレンタインよりもむしろ斬新に思えるくらいだ。

コクトー・ツインズの音楽をニューウェイヴ的な「暗黒美学」に埋没させず、いま聴いてもカッコいいと思えるような普遍性に到達させているのは、シンプルな打ち込み+強く加工処理されたギター+エリザベスの個性的な女性ヴォーカル、というそのバランスだろう。その意味では、『ヘッド・オーバー・ヒールズ』『トレジャー』と進むにつれて楽曲的な完成度は上がっていくが、いま聴いて最も新鮮なのは、むしろ最初の『ガーランズ』かもしれない。

私のようなニューウェイヴ世代にはかなり有名なコクトー・ツインズだが、最近の若い音楽ファンにとってはおそらく、「ロック名盤コレクション」みたいな再発モノを通じて知るような、「歴史のなかの存在」だろう。マイ・ブラディ・バレンタインが『Isn't Anything』(1988)で「現代ギターロックの新しい標準を作った」(ブライアン・イーノの評)のも、もう20年以上前だ。いまではカルト的な名声を確立しているマイ・ブラディ・バレンタインですら、当時はあまり注目されていなくて、音楽雑誌の「年間ベストアルバム」みたいな企画でも、誰も選んでいないくらいだった。

マイ・ブラディ・バレンタインも、最近の若い音楽ファンにはもう「歴史のなかの存在」かもしれないが、『Loveless』はレコード屋の試聴機で今でもよく見かけるので、名盤としていまでもわりと聴かれていて、同時代的なリアリティがあるんだと思う。マイ・ブラディ・バレンタインが好きで、しかしコクトー・ツインズは聴いたことがないという人には、ぜひ上記の初期コクトー・ツインズを、「マイ・ブラディ・バレンタインの新作」だと思って聴いてみてほしい。


参考:
Cocteau Twins - Blind Dumb Deaf (『ガーランズ』収録)
http://www.youtube.com/watch?v=dgCoHlIkHcU
Cocteau Twins - Garlands (『ガーランズ』収録)
http://www.youtube.com/watch?v=9OtTIhNpYbc
Cocteau Twins - Glass Candle Grenades (『ヘッド・オーバー・ヒールズ』収録)
http://www.youtube.com/watch?v=6rPkkxFOS8g
Cocteau Twins "In the Gold Dust Rush" (『ヘッド・オーバー・ヒールズ』収録)
http://www.youtube.com/watch?v=_7igZdDJyz4
Ivo - Cocteau Twins (『トレジャー』収録)
http://www.youtube.com/watch?v=V-AWEkkgoko
Aloysius - Cocteau Twins (『トレジャー』収録)
http://www.youtube.com/watch?v=XMJxF7UWV9M
(注:画像や動画はどれもユーザがつけたもの)