2003.12.09
ウォルフガング・ワインガルト - 32個のオプションが見せるひろがり
なんでも3つに分けて考えるのは、マッキンゼーだったろうか?

Webサイトの作り方などでも、メニューなどを並列にならべる(いわゆる「オプション数」)のは、7プラスマイナス2、つまり5~9個がいい、などとよく書いてある。

3つとか5つくらい並んだものは、たしかに把握しやすい。人間がパッと見てわかる範囲がそのくらいだ。その3つや5つですべてをカバーできなくても、だいたい把握できれば、大抵はそれで済んでしまう。

本棚にあった『タイポグラフィ トゥデイ』をひさびさに手にとってめくると、巻頭のウォルフガング・ワインガルトのページが目に飛び込んできた。

それは「My morphologic Type-case(私の形態学的タイプケース)」と題された文章で、編者のヘルムート・シュミットから依頼された「私にとってタイポグラフィとは何か」というテーマに沿って、エッセイふうに、しかし真面目に書かれている。

その問いに対して、まず<ひとことで言えば、「すべて」である>と答え、<私がデザインしたものの中で、君にはほんとうにわずかなタイポグラフィックな要素しか見い出すことができないものがもしあったとしても、それも私にとってはタイポグラフィなのだ>と書いたうえで、ワインガルトは自分のタイポグラフィの作品を以下の32通りに分類している。

1. 実験的タイポグラフィ
2. 反吐タイポグラフィ
3. サンシャインタイポグラフィ
4. 宗教的タイポグラフィ
5. 筆跡学者風タイポグラフィ
6. 反復タイポグラフィ
7. 宇宙的タイポグラフィ
8. タイポショップ-パイロット的タイポグラフィ
9. 文字-シンボルタイポグラフィ
10. おかしなタイポグラフィ
11. M タイポグラフィ
12. 蟻タイポグラフィ
13. 文字組-図版タイポグラフィ
14. クリップアート風タイポグラフィ
15. 5分間タイポグラフィ
16. タイプライタータイポグラフィ
17. スイス的タイポグラフィ
18. 幻想的タイポグラフィ
19. 学問タイポグラフィ
20. なぐり書きタイポグラフィ
21. リスト式タイポグラフィ
22. 壁紙タイポグラフィ
23. 階段式タイポグラフィ
24. 象徴的タイポグラフィ
25. お役所的タイポグラフィ
26. 写真を重ねてごまかしたタイポグラフィ
27. お絵描きタイポグラフィ
28. ピクチャータイポグラフィ
29. 理知的タイポグラフィ
30. 人民のためのタイポグラフィ
31. 中軸タイポグラフィ
32. インフォメーションタイポグラフィ

これだけ挙げておいて、ワインガルトは<わかってもらえたと思うが、私はとにかくなんでもやりたいわけだ>と書いている。

ウォルフガング・ワインガルトは、編者のヘルムート・シュミットらとともに、バーゼルのエミール・ルーダーの教え子のなかで最も著名なタイポグラファーである。しかしここでは、「君」(ヘルムート・シュミット)が比較的ルーダーに近いスイス派のモダン・タイポグラファー、いわば「硬派」であるのに対し、自分はゲテモノ食いだとでも言わんばかりに、本気とも冗談ともつかない32個の分類を示している。

こういった私の開放的な姿勢が、チッヒョルト、ルーダー、ゲルストナー(君の好きな名前を書き加えて下さい)のような独断的なデザイナーたちと違うところなのだ。彼らは皆すばらしいタイポグラファではあるけれど、ひどい独断主義者たちだ>。

私もどちらかといえば、エミール・ルーダーやヘルムート・シュミット、ミュラー=ブロックマンのような硬派なタイポグラファー、つまり「独断主義者」が好みだ。だからこそ、これまでウォルフガング・ワインガルトにそれほど注意を払わなかったのかもしれない。

しかし、このテキストの次のページから始まる10数ページのタイポグラフィー作品を見ていると、その驚くほど幅広いスタイルにもかかわらず、どれにも見どころがあり、一定の質をキープしている。

これを見ていて気がついたのだが、ウォルフガング・ワインガルトは、ルーダーやミュラー=ブロックマンなどに連なるタイポグラファーというよりも、ロイ・リキテンシュタインやローレンス・ウィナー、エド・ルーシェなどの現代美術作家に近いようなところがある。

ウォルフガング・ワインガルトは、私が3つや5つのオプションで見ようとしていたタイポグラフィーの世界、その狭い視界の外側にいたのだ。彼の作品を見ていると、上の32個のオプションは、すべて本気とは思えないけれども、かなり本気であることがわかる。もしかして、ひとつ残らず本気かもしれない。

把握しやすい3つや5つのオプションは、理解するための時間や労力を節約してくれるが、一定の「視界」から出られないということにもなりやすい。

あえて32個のオプションを並べて、それをひとつひとつ真面目に検討してみれば、自分の視界を超えた「ひろがり」に、少しでも近づけるような気がする。

そうそうたるメンツが参加する『タイポグラフィ トゥデイ』のなかで、編者ヘルムート・シュミットは、ワインガルトのこのテキストを冒頭に置き、彼の幅広い作品を10ページ以上にわたって載せている(この本のなかで最高の扱いだ -- ルーダー以上の)。そのことすら、私はこれまで気づかなかったのだ。