2009.05.03
常木淳 「不完備契約理論と解雇規制法理」
日本労働研究機構(JIL)論文DB - 不完備契約理論と解雇規制法理
http://www.jil.go.jp/jil/zassi/tuneki.html

経済学者・常木淳(つねき あつし)氏による素晴らしい論文。「不完備契約理論(incomplete contract theory)」の観点から、解雇規制法理が正当化できるかどうか考察している。

法律家と経済学者の考え方・価値観の対立、「規範的対立」を超えるという姿勢が全編に感じられ、実にていねいに書かれている。解雇規制というトピックを扱いながら、法と経済学(law and economics)新制度派経済学という学問の面白さもわかる内容になっている。

冒頭部分で、この論文の趣旨が次のように説明されている。

<不完備契約理論の構想は,「法と経済学」の始祖ロナルド・コースに,その最も強力な源流を持つ。彼の主要な貢献のひとつである「社会的費用の問題」(Coase(1960))は,法制度の意義を契約の不完備性との関連で把握することで,今日の「法と経済学」の出発点となったのである。したがって,不完備契約論のコース以後の今日的展開は,「法と経済学」の方向性をも規定する,との予測は,それ自体,極めて自然なものである。日本の学界でも,不完備契約理論は,高い注目を集めている。それも,経済学者と同等に,場合によってはむしろそれ以上に,法学者,法律家の関心を引いていると言えよう。それは,不完備契約理論の台頭以前には,法がもたらす経済効率性阻害要因の典型のごとくに言われてきた,私法における取引規制,わけても,長期継続契約保護の法理を,法に内在する論理ではなく経済合理性の観点から,正当化する可能性が開けてきたことによる。この全体の流れを受けて,長期継続契約保護の典型である解雇規制法理についても,不完備契約論の応用によって,これを正当化可能ではないか,という期待が,一部の経済学に関心を持つ法律家の間で高まってきたゆえんである。本稿の課題は,このような解雇規制法理をめぐる新たな「法と経済学」の動向に対して,筆者なりの展望を与えることにある>。

以下のような9つの節から成っており、中身が濃いうえに、行が詰まっていてやや読みにくいが、読みとおす価値がある内容だと思う。個人的には、この論文だけで、常木氏のファンになってしまった。

1 はじめに
2 法学と経済学の規範的対立
3 不完備契約論による解雇規制の正当化
4 日本的雇用システムと日本の労働法制との相互関係
5 日本の労働法制,特に解雇規制の将来像
6 内田貴教授による長期継続契約保護法理の擁護について
7 個人合理性の限界と長期継続契約保護の正当化
8 継続性原理の思想的正当化について
9 結語


関連:
大阪大学 社会経済研究所 研究者紹介 - 常木 淳(つねき あつし)
http://www.iser.osaka-u.ac.jp/faculty/tsuneki.html
ウィキペディア - 法と経済学(law and economics)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95..
ウィキペディア - 新制度派経済学
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0..
ウィキペディア - ロナルド・コース
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD..
ウィキペディア - 契約理論
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%91..