2009.11.26
Cabaret Voltaire 『The Covenant, The Sword And The Arm Of The Lord』(1985)
Discogs - Cabaret Voltaire - The Covenant, The Sword And The Arm Of The Lord
http://www.discogs.com/Cabaret-Voltaire-The-CovenantSword-And-The-Arm-Of-The-Lord/master/2894



ずっと探していた、キャバレー・ヴォルテール(Cabaret Voltaire)(以下「キャブス」と表記)の『The Covenant, The Sword And The Arm Of The Lord』(1985)のCDをレコファンで発見。Discogsのページによると、1985年当時にVirginから出たのが唯一のCDで、その後再発もされていないようだ。私がいま手にしているのが、まさに1985年にVirginから出たCDのようなので、ちょっと奇跡的な出会いである。これは私が高校の頃、夢中で聴きまくっていたアルバムなのだ(私が持っていたのはアナログの輸入盤LP)。

キャバレー・ヴォルテールは、ダダが生まれたチューリヒのキャバレーから名前を取っているバンドで、主に80年代前半のニューウェイヴ期の活動で知られている。ラフトレードから出た『Voice of America』(1980)など初期の頃は、よく「インダストリアル」などと呼ばれる初期ニューウェイヴっぽい実験的なスタイルだったが、その後は打ち込みのダンス・ミュージックに向かっていき、この『The Covenant..』はその独自のインダストリアル・ファンクを極めた完成度の高い1枚。このジャケットのデザインはネヴィル・ブロディ(Neville Brody)によるもの。

当時のニューウェイヴでは、打ち込みのダンス・ミュージックというスタイルは、やや「格下」だと見なされていたところがあった(ニュー・オーダーやスクリッティ・ポリッティなどは数少ない例外)。特にこのキャブスは、もともとはオルタナ・インダストリアル系だったのに、安直なダンス・ミュージックに走った、というふうに見なされがちで、オルタナ・インダストリアル系のファンからもそっぽを向かれ、その微妙なポジションのためか、あまり人気がなかった。当時の私にとって音楽的バイブルだった雑誌『フールズメイト』(当時はニューウェイヴ系の洋楽中心)でも、このキャブスの『The Covenant..』はボロクソに書かれていたと記憶している。

その後80年代末、英国のニューウェイヴ系・インディーズ系のロックシーンを中心として、レイヴ・カルチャーの広がりを背景に、マンチェスター・ブームや「ロックとダンスの融合」が起きた。この動きのきっかけになったのが、系譜的にはディスコの流れを汲むハウス・ミュージックの流行で、「アシッド・ハウス」「アンビエント・ハウス」など細かい変種が出てきたが、そのひとつに「ブリープ(信号音)・ハウス」というのがあった。これがデトロイト由来の「テクノ」と融合し、ネットワークやワープといった新しいレーベルが触媒になって、動きが拡大していった。この頃を知っている人は、そのワープ最初期に出てきたアーティストの中に「Sweet Exorcist」という名前があったのを覚えているかもしれない(「Testone」がヒットした)。このSweet Exorcistの2人のメンバーのうち1人が、キャブスのリチャード・カークだった。

Discogs - Sweet Exorcist (Richard H. Kirk & Richard Barratt)
http://www.discogs.com/artist/Sweet+Exorcist

YouTube - Sweet Exorcist: Testone
http://www.youtube.com/watch?v=eOzWrJ6nPIo



当時の私は、Sweet Exorcistがリチャード・カークであることを知って、驚きと納得とうれしさが入り混じったような気持ちがした。自分が大好きだったあのキャブスが、いつのまにか進化していて、これほど新しい動きの先端にまた出てきたわけだ。10年選手のベテランが、新鋭の若者に混じって最先端の音を出していることも感動的だし、キャブスが不人気だったのは「早すぎた」からで、ようやく時代が追いついたことが証明されたような気がして、納得感とうれしさがあった。ずっと応援していたスポーツのチームがついに優勝したような感じかもしれない。

その頃(1989-90年頃)の私は、まずハウスにめざめて、その後テクノに本格的にのめり込んで行く直前だった。当時の私にとっては、Sweet Exorcistはまさに、カッコいい最先端の音のひとつだった。それに比べると、かつて好きだったキャブスは、あまりにも暗くて、ニューウェイヴで、インダストリアルな、古くてダサい音に感じられた。それは私だけでなく、80年代にニューウェイヴの洗礼を受け、80年代末にダンス・ミュージックへのシフトを経験した世代は、多かれ少なかれ、かつて自分が好きだったものに対してそう感じたと思う。

しかし面白いことに、2009年のいま聴くと、キャブスのほうがはるかにカッコいいと感じられるのだ。Sweet Exorcistは、いま聴くとあまり面白くなくて、ブリープ・ハウスという「歴史のひとコマ」を振り返っているような、懐古的な感じがする。Sweet Exorcistのオリジナルな音楽というよりも、ブリープ・ハウスという一時の流行が作らせたような音だ。これはSweet Exorcistがダメなんじゃなくて、当時はこういう無個性で冷たいトーンがカッコいいと感じられたのだ。

キャブスはいま聴くと、ニューウェイヴ的なダサさや時代的な古さは当然あるのだが、そのダサさをはるかに上回るくらいアイディアが詰まっていて、強い個性があり、かなりカッコいいと感じる。90年代のブレイクビーツ全盛期であれば、こういう80年代的でストレートなリズムはダサいと感じられたが、いまではエレクトロなども人気で、むしろストレートなリズムが「ダサカッコいい」時代だ。また振り子が戻ってきていて、ニューウェイヴ的な暗さや混沌、アイディアの豊かさが「カッコいい」と感じられるようになったのかもしれない(以前、初期コクトー・ツインズについて似たようなことを書いた)。

YouTubeには、この『The Covenant, The Sword And The Arm Of The Lord』に入っている「I Want You」「Big Funk」などを始め、この頃のキャブスのいい曲がたくさんある。私が見つけたものを以下に列挙しておくので、ぜひ聴いてみてほしい。キャブスはオルタナ・インダストリアル系にありがちなように、政治や宗教などのゴツいネタを普通に散りばめていて、その辺りがちょっと近寄りがたいところもあるが、ジャケットがネヴィル・ブロディだったり、映像もどれを見ても斬新で、音だけでなくトータルに面白い。

ニューウェイヴという運動は、単に音楽的な潮流というより、コンセプトやアートワークまで含めた総合性を持つ、ひとつの「文化」だった。キャブスはその意味でも、すごくニューウェイヴっぽい存在だったと思う。

YouTube - Cabaret Voltaire - Big Funk
http://www.youtube.com/watch?v=2vFoje2CWMQ




関連:
Cabaret Volatire - I Want You
http://www.youtube.com/watch?v=n2vnP-jA-Oc
Cabaret Voltaire - Sensoria
http://www.youtube.com/watch?v=RkfzXq0tA3c
Cabaret Voltaire - Crackdown
http://www.youtube.com/watch?v=8awXGkgW1vI
Cabaret Voltaire - Kino
http://www.youtube.com/watch?v=u4IAnSdtbNY
Cabaret Voltaire - Yashar
http://www.youtube.com/watch?v=T1fQZg2oVno
Cabaret Voltaire - Ghostalk
http://www.youtube.com/watch?v=prOjE8gyRL8
Cabaret Voltaire - Taking Time
http://www.youtube.com/watch?v=x8FWDnEy4Fs
Wikipedia - Cabaret Voltaire (band)
http://en.wikipedia.org/wiki/Cabaret_Voltaire_(band)

関連エントリ:
初期コクトー・ツインズをマイ・ブラディ・バレンタインの新作として聴いてみよう
http://mojix.org/2009/06/09/cocteau_twins