2012.10.07
消える証券マン 20年で17万→8.8万人
毎日新聞 - 消える証券マン 20年で17万→8.8万人(2012年10月02日)
http://mainichi.jp/select/news/20121002k0000e040172000c.html


兜町の証券会社の看板=1992年撮影

<かつては証券マンの熱気であふれた金融の中心地、東京・日本橋兜町(かぶとちょう)が様変わりしている。株式市況の長期低迷やネット証券の台頭、超高速取引の普及などで中小証券は経営が成り立たなくなり、業態変更や廃業が相次いでいるのだ。ピーク時の91年に17万人を超えた証券マンも、今では8万8506人(12年6月時点)とほぼ半減。街の風景も一変している。【浜中慎哉】>

証券会社が集積し、かつては株取引の代名詞でもあった兜町(かぶとちょう)を取材した記事。なかなかおもしろい。

<「ご注文は?」「アイスカフェラテを」。日差しの強い平日の正午過ぎ。兜町に近い日本橋の交差点に面したカフェ「赤木屋珈琲(コーヒー)」では、サラリーマンや女性会社員が昼休みのひとときを過ごしていた>。


コーヒー店を展開する赤木屋証券。兜町では中小証券の転業や廃業が相次いでいる=浜中慎哉撮影

<無垢(むく)材を使ったカウンターなどおしゃれな内装と自家焙煎(ばいせん)コーヒーが人気の同店を経営するのは、証券会社の赤木屋証券。1922年創業の老舗で、自己資金で株の売買などを行い収益を上げる「ディーリング」を中心に証券業を続けてきたが、近年は業績が低迷。3年前に約110人いた社員は、希望退職などで30人ほどに激減した。本社ビルにカフェをオープンさせたのは昨年10月。「本業以外の収益源確保と、お世話になった地域への恩返し」が目的だ。上田宗行常務取締役は「中小証券がもうかる時代ではなくなった。カフェ以外でも収益源となる事業を探している」と話す>。

1922年創業の赤木屋証券は、ディーリング(自己資金による株の売買)を中心に証券業をやってきたが、昨年10月、本社ビルにカフェをオープンさせたとのこと。

この本社ビルは、おそらく自社ビルなのだろう。日本橋という超一等地に土地・自社ビルを持っているがゆえに、できる芸当だ。この赤木屋証券のように、本業は縮小してしまったが、一等地に不動産を持っていて、それで食えているという古い会社はけっこうありそうだ。

<業界では中小証券の業態変更や廃業が後を絶たない。今年3月、創業79年の十字屋証券が投資顧問会社「十字屋ホールディングス」にくら替え。5〜6月には老舗の室清(むろせい)証券と金山証券が他社に事業を譲渡し、姿を消した。日本証券業協会によると、加盟証券会社は8月20日現在276社と、08年のピーク時(325社)から15%以上減少。空き店舗が目立ち、跡地にはマンションが建ち並ぶ。証券マンの間では「あそこも店をたたむらしい」とのうわさが日々語られる>。

私は10年以上前、兜町の近くで一時働いていたことがある(永代橋の近く)。兜町は、駅でいうと茅場町(かやばちょう)で、東西線で日本橋の隣の駅だ。日本橋までは歩いてもすぐなので、よく丸善に立ち読みに行っていた。最近の兜町ではマンションができているそうだが、場所的には便利なので、納得できる。

<99年の売買手数料の完全自由化以降、個人投資家は手数料が格安なネット証券に移り、対面販売が売り物の旧来型の経営手法は完全に「時代遅れ」になった。大手のように法人営業に頼れない中小証券は、自己売買によるディーリングに活路を求めたが、それも東京証券取引所が10年に新しい株売買システム「アローヘッド」を導入すると難しくなった。コンピューターが自動的に株式売買注文のタイミングや数量を決め、1ミリ秒(ミリは1000分の1)以下という高速で注文を繰り返す取引が主流になり、目利きの証券マンが「人間の目」で割安株を探して買い、割高になると売って利ざやを稼ぐ昔ながらのディーリングが通用しなくなったのだ。ある証券幹部は「中小証券が稼ぐ最後のとりでもなくなった」と漏らす>。

個人投資家の大半はネット取引に移行して、B・N・F氏のようなスゴ腕の人もいる。いまはPCも安いので、自宅に高速なマシンと複数ディスプレイを並べて、自分の「ディーリングルーム」をつくることすら容易だ。こんな時代には、個人投資家は自分でネット取引してしまうから、証券会社の顧客は、もう法人しか残っていない。しかし中小証券は、大手のような知名度・営業力がないので、法人から仕事が取りにくい、と。こういう流れのようだ。

<東証が来年1月に大阪証券取引所と経営統合し、日本取引所グループを発足させるのを機に中小証券の廃業は一段と加速しそうだ。証券会社約100社が持つ非上場の東証株が、統合により日本取引所グループの上場株に置き換わり、株売却が容易になるためで、関係者は「日本取引所株を売って社員の退職金が確保できれば、廃業したいと考えている会社は多い」と話す>。

なるほど、こういうことがあったのか。これならば、来年1月以降、たしかに廃業が進みそうだ。この20年で、証券マンは17万人から8.8万人になったそうだが、これでもまだ多いという気がする。その理由のひとつが、この非上場の東証株にあったわけだ。


関連:
ウィキペディア - 日本橋兜町
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5..