2013.03.08
400字詰め原稿用紙の起源は、塙保己一の『群書類従』
ウィキペディア - 原稿用紙
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F..

<現存する最古の原稿用紙は、頼山陽が『日本外史』を記すのに用いたマス目様の用紙であるとされる。これは同書が漢文によって記された、したがって一字一字を区切って書記すのに適した文章であることと深い関係があるといえるであろう。20字×20行の400字詰様式の起源は、塙保己一が編纂した『群書類従』の版木であるとされている>。

いわゆる「原稿用紙」としてもっともポピュラーな、20字×20行の400字詰め様式の起源は、塙保己一(はなわ ほきいち)の『群書類従(ぐんしょるいじゅう)』なのだそうだ。

塙保己一(はなわ ほきいち)(1746年-1821年)は江戸時代の国学者。幼少時に失明したが、学問で身を立て、のちに『群書類従(ぐんしょるいじゅう)』を仕上げた。『群書類従(ぐんしょるいじゅう)』は国文学・国史を主とする叢書で、666冊からなる。

頼山陽(らい さんよう)(1781年-1832年)も、『日本外史』を記すのにマス目様の用紙を使ったとあるが、頼山陽は塙保己一に学んだそうなので、塙保己一のやり方をおそらく受け継いだのだろう。

ヘレン・ケラーは、幼少時より「塙保己一を手本にしろ」と両親より教育されていて、1937年に来日した際、記念館を訪れたそうだ。


関連:
埼玉県ホームページ - 塙保己一パネル
http://www.pref.saitama.lg.jp/page/hanawa-panel.html