2005.08.07
曲のダウンロードをいっそ無料にしてはどうか
あちこちのニュースやブログで報じられている通り、先日から日本でもiTMS(iTunes Music Store)が始まった。

これに追随して他社も値下げしたりして、競争が起きはじめている。これで日本でも音楽のダウンロード販売ビジネスが一般化してきそうな気配だ。

ここで、私から提案。曲のダウンロードはいっそのこと、無料にしてしまってはどうだろうか。これで、ビジネスとしても成功する可能性が十分あると思う。

私のアイディアはこうだ。CD(アルバム)は従来通り有料で販売する。販売チャネルは、店頭と通信販売の2つ(本でいえば、本屋とAmazonのようなもの)。ここまでは従来の方法と変わらない。

そのアルバムのうち、「シングルカット」するような目玉曲だけを無料で公開し、ダウンロード・再配布・2次使用などを完全に自由にしてしまうのだ。

無料の「シングルカット」がいい曲であれば、わざわざ宣伝しなくてもどんどん広まり(もちろん宣伝しても構わない)、すぐに評判になる。いまはブログも、Wikiも、ソーシャルネットワークも、ソーシャルブックマークもある時代だ。いいものが広まるスピードは、かつてありえなかったほど加速している。そのようにして、その曲をたくさんの人が知れば、そのうち一定の割合の人が、お金を出してアルバムを買うはずだ。

私の想像だが、1曲150円で売るのと、完全無料で流通させるのでは、出回る量が軽く100倍以上は違ってくるのではないか。仮に100倍だとすれば、100人に1人がアルバムを買ってくれれば、1曲150円で売るのと同じ程度の売上げが立つ。売上げが同じで、「知っている」人が100倍になれば、断然そのほうがいい。

より多くの人が音楽を聴き、音楽を語りはじめるので、音楽マーケットそのものが拡大するのだ。

現在の音楽ビジネスは、少なからず「金にモノを言わせている」。テレビ番組や音楽雑誌の一部を「買い取り」、街頭に広告を出し、ドラマや映画などともタイアップして、とにかく無理やりでもアーティストの名前と顔を覚えさせ、聴かせてしまう。音楽の流通量が、資金力で決まってしまうのだ。

こういう強引なやり方をやめて、いい曲をどんどん無料で配ることにすれば、音楽そのものが語り、勝手に広まってくれる。いまのような莫大な宣伝費は不要になるし、ほんとうは音楽が好きな音楽業界の人も、好きでもない音楽を強引に売って良心を痛めたりしなくて済む。むしろ、ほんとうにいい音楽を見出したり、育てるほうに労力やお金を注ぐことができる。

いまでは多くのレコード屋で、たくさんのCDを試聴させるようになったが、これだけ見ても、まず無料で音楽を聴かせるというのが、ビジネス戦略としても筋が通っていることがわかる。それは本の「立ち読み」とまったく同じだ。

これをダウンロードさせるところまで進める、というのが私の提案だが、これさえも、実は過激でもなんでもない。ネットが登場するはるか昔から、FM放送でやられてきたことだ。

私は高校の頃(1980年代の半ば)、FMの「クロスオーバー・イレブン」という番組をよく聴いていた。曜日によって選曲が多少違ったが、概してニューウェイヴ系のものをたくさん流す貴重な番組だった。『FMステーション』という音楽誌に、流す曲まで書いた詳しいFM番組表が載っていたので、私はそれを毎号買い、聴きたい曲に下線を引いて、録音しまくっていた。ちなみにアーティスト名などの知識は、主に雑誌『フールズメイト』(当時はニューウェイヴ系の洋楽が中心)で仕入れていた。

アズテック・カメラの「オブリビアス」、プリファブ・スプラウトの「ホエン・ラブ・ブレイクス・ダウン」、スクリッティ・ポリッティの「ヒプノタイズ」などの曲を、私はそのようにして知った(番組表には、このように全部カタカナで書いてあった)。カセットテープに録って、何度も何度も、たいせつに聴いた。私はその番組のおかげで、アズテック・カメラやプリファブ・スプラウト、スクリッティ・ポリッティを知り、ファンになって、似たような傾向の音楽を調べたりして、そのような音楽全体に夢中になった。その後、友だちや知り合いに私の好きな音楽をたくさん勧めたし、雑誌などに書くようになってからも、そういう音楽をたくさん紹介した。

まともな音楽ファンであれば、必ずお金を出して、CDやレコードを買うものだ。それは、まともな本好きであれば、立ち読みだけではなく、必ず本を買うのと同じだ。

そのとき、まったく買わない「冷やかし客」がいても構わないのだ。特に若い10代などはお金を持っていないので、みな「冷やかし客」みたいなものだ。しかしその中から、将来のクリエイターやオピニオン・リーダーが生まれる。若者はお金は持っていないが、そのかわり情熱を持っている。財力と情熱はまったく相関しないのだ。

好きな度合いも人それぞれだし、財力も人それぞれだ。だから、全員から均等に1曲150円徴収するというビジネスモデルは、あまりいいとはいえない。すごく好きになる前の人や、お金がない人からはまったくお金をとらずに、むしろどんどん聴いて、広めてもらって、好きな度合いが一定レベルを超え、かつお金のある人だけに買ってもらえばいいのだ。

ドラマなどでアバやクイーンなど昔のいい音楽が使われて、リバイバル的に売れたりすることがあるが、あれこそ音楽の「正しい使い方」であり、「正しい売り方」だ。アバやクイーンのファンの中には、好きでもないドラマに使われて不満な人もいるかもしれないが、それをきっかけにして、アバやクイーンの音楽をたくさんの人が知るのだから、やはり「正しい」と思う。

「クロスオーバー・イレブン」や、そのような番組が、まだFMにあるのかどうか、私は知らない。仮にあったとしても、いまは番組表片手にFMを録音するような時代ではない。だから、無料ダウンロードなのだ。

もしいまこの瞬間に、アズテック・カメラやプリファブ・スプラウト、スクリッティ・ポリッティなどの曲を、それを知らない人に、すぐに聴かせることができたら、どんなにいいだろう。私は自信がある。それをもし100人が聴いてくれたら、そのうち少なくとも1人は、すぐにでもレコード屋に駆け込むはずだ。


Aztec Camera - High Land, Hard Rain (1983)


Prefab Sprout - Steve McQueen (1985)


Scritti Politti - Cupid & Psyche 85 (1985)

いい音楽を、たくさん広めよう。それが自然なやり方だ。