2006.02.11
梅田望夫 『ウェブ進化論』 は、「氷山の一角」のような本
梅田望夫 『ウェブ進化論』 を読んでの、私なりの感想を書いてみたい。



内容については、これまでの梅田ブログのまとめという印象が大きい。数年来の梅田ブログの読者である私にとって、まったく目新しいポイントというのはなかったように思う。

私はむしろ、この小さくて薄い新書を、その内容というよりも、梅田氏にとっての大きな「仕事」として捉えている面が大きい。その意味で、自分の本でもないのに、何か「感慨深い」ものを感じる1冊なのだ。

なぜそう感じるのかを、「まとめ」「翻訳」「成果」という3つのキーワードを軸に書いてみたい。


■ 「まとめ」

梅田ブログの読者ならば、この本を読んで、こんなことはぜんぶ知っているよ、と思うかもしれない。

この新書の価値は、ブログを読んでいない人にも手軽にわかるようまとめられている、「Less」の価値だと思う。梅田ブログの読者には、自分の知らない「More」はここにはない。「Less」に凝縮されているところが、この新書の価値だと思う。

この内容をほぼ理解している人はたくさんいるだろうが、ここまでわかりやすく、一般のビジネスピープル向けにまとめられる人はなかなかいないだろう。梅田氏は、この「まとめ」にかなりの時間と労力を注いだものと思う。自分の書いたものを短く、それも一般向けにまとめていくのは、実にむずかしい作業だ。

■ 「翻訳」

梅田氏は、「あちら側」(ネットピープル)と「こちら側」(一般ピープル)の違いをよく知っているからこそ、こういう本の重要性を自覚していると思う。いまどきのネットピープルなら知っているような「常識」を短くまとめたこういう本が、一般ピープルにはとても重要であり、切実に必要であることを。

梅田氏は、この2つの文化を橋渡しする「翻訳者」の役割を自ら買って出ているのだと思う。それは、はてなという新しいネット企業に参画したこととも、どこか似ている。はてなという最新企業のエッジに立ちながら、その価値をどのように一般社会に応用していくのかを、梅田氏は考えているはずだ。

梅田ファンの私としては、いっぽうでリクエストもある。「あちら側」を「こちら側」に伝える、梅田氏が若い人から学ぶ、という方向性だけでなく、今度は梅田氏がこれまでのビジネスに関する知見を「若い人に伝える」ような本も読んでみたい。つまり、「こちら側」を「あちら側」に翻訳するような本だ。

今回の本でも、第2章の「グーグル」、第3章の「ロングテールとWeb 2.0」をはじめ、梅田氏のビジネス的な教養の厚みはあちこちにあらわれている。しかし、今回はやはり「最新ネット動向」が主題になっているので、やや断片的な感じがする。もっとビジネスに軸足を置いたものも読んでみたい。

今回が『ウェブ進化論』ならば、私が次に読みたいのは、梅田氏による『ビジネス進化論』だ。野口悠紀雄が書いた、『ゴールドラッシュの「超」ビジネスモデル』という本がある。ゴールドラッシュからシリコンバレーまでを、スタンフォード大学を軸に説いた面白い本だ。やや毛色は違うものの、「現在の意味」をビジネスの歴史から浮かび上がらせているという点では、私が梅田氏に期待する次の本のイメージとしては、この本が近い。

『ウェブ進化論』のような最新状況を踏まえ、ビジネスに軸を置き、株式市場などのトピックも含んだ、「ネットピープルにビジネスを教える本」。それが私の『ビジネス進化論』のイメージだ。日本の一般ピープルにネットを教えることも重要だが、日本のネットピープルにビジネスを教えたほうが、日本から世界企業が出てくる確率は上がるように思う。


■ 「成果」

ずっとブログを書いてきた梅田氏にとって、この本はその大きな成果であり、投資を回収する「exit」でもあると思う。

この本が売れればもちろん印税が入るし、印税だけでなく「実績」になる。

梅田氏はブロガーのあいだでは有名だが、一般レベルではまだそれほど有名ではないと思う。一般のビジネスピープルにも梅田氏の名前と著書が広まることは、梅田氏にとって大きな「成果」だと思う。


■ 『ウェブ進化論』は、氷山の一角のような本

私にとって『ウェブ進化論』は、氷山の一角のような本だ。本そのものは薄くて小さい新書だが、それは梅田氏の数年間のブログを凝縮したものであり、またグーグルやWeb 2.0などの時代状況がそれを下支えしている。

梅田氏がこの本を「まとめ」たプロセス、この本が「翻訳」している2つの文化、そしてこの「成果」を生んだ梅田氏の仕事ぶり。これらのプロセス全体が、この数年の梅田氏のブログを読み、時代状況と問題意識を多分に共有してきた(つもりの)私にとって、とても勉強になった。

いっぽう、私のような数年来の梅田ファンではない、この本で初めて梅田氏の名を知る一般のビジネスピープルにとっては、この『ウェブ進化論』という小さくて薄い新書自体が、来たるべきネット世界を告知する、「氷山の一角」に見えることだろう。


■ 「こちら側」の重要性

梅田氏は先日のイベントでも、またこの本でも、「こちら側」の一般ビジネスピープルを切り捨てることをせず、リスペクトする姿勢を感じさせた。「あちら側」の世界を「こちら側」に啓蒙するというポジションにありながらも、「こちら側」の重要性を知っているので、過度なネット礼賛には冷や水を浴びせることもある。

そのバランス感覚こそが「翻訳」者としての倫理であり、またこのように一般人にもわかりやすい本を書ける理由でもあるのだと思う。


■ 羽生善治の「一手」

羽生善治が本書に寄せているオビの文章は、こういうものだ。

<これは物語ではなく
現在進行形の現実である。
グーグルとネット社会について、
希望と不安が見えてくる。>

なんと少ない文字数で、的確に表現しているのだろう。
あらためて、羽生善治の洞察力に恐れ入る。
特に、「希望と不安」と書いているところがすごい。
バランス感のある梅田氏ですら、本書で「不安」とは書いていなかったと思う。
不安があるとしても、オプティミズムを採るのが梅田氏の立場だろう。
おそらくそれを知りつつ、羽生善治は「希望と不安」と書いた。
この「一手」が、この本の表紙の上で、とても効いているように思う。