2008.05.25
MIUゲームで「公理系」を理解する: 小島寛之『数学でつまずくのはなぜか』
最近読みはじめたブログ「ECONO斬り!!」の「ミクロ前半終了」というエントリで、「MIUゲーム」というものが紹介されていた。

【MIUゲームのルール(公理)】
1.「MI」はミュー語である。
2.ミュー語の最後がIとなっていたら、その後にUを付け加えたものもミュー語となる。
3.Mから始まるミュー語があったら、M以外の部分と同じものを後ろにつなげてもミュー語となる。
4.ミュー語にIIIが含まれていたら、そのIIIをUに置き換えたものもミュー語になる。
5.ミュー語にUUが含まれていたら、それを削除してもミュー語になる。

これは、小島寛之数学でつまずくのはなぜか』(講談社現代新書)という本のなかで紹介されているという。これは面白そうだと思い、この本をさっそく入手した。

MIUゲームは、『数学でつまずくのはなぜか』の第2章「幾何でのつまずき ~論証とRPG~」に詳しく出ていた。これのもともとの出典は、ダグラス・ホフスタッターゲーデル、エッシャー、バッハ』だという。

この第2章では、「論証とRPG」という副題の通り、一定のルール(公理)から出発して定理を導き出していくという数学の論証を、RPG(ロールプレイングゲーム)になぞらえて説明している。理屈抜きに与えられる「公理」は、最初に与えられる「武器」であり、それを使って「定理」を導き出すことは、「敵を倒す」ことだとしている(最初に与えられる公理は、将棋の「桂馬」や「飛車」などの「ゲームの駒」だという説明もある)。

上記のMIUゲームの公理が挙げられたあと、次のような説明がある。

<公理1は、ミュー語が最初に一つだけ与えられていることを意味するものだ。公理2から公理5の四個の公理は、ミュー語を作り出すために許される手続きがこの四個のみであることを意味している(つまりこれら以外の勝手な方法で言葉を作ってはいけない、ということ)。この四個の手続きがわかりやすくなるように記号で書いておこう。

公理2: M~I → M~IU
公理3: M~ → M~~
公理4: M*III~ → M*U~
公理5: M*UU~ → M*~

このMIUゲームは現実の何とも対応していない。つまり無意味である。しかし、だからこそ、このゲームの世界に入りやすい、ともいえるだろう。なぜなら、他の現実的な経験や直感に全くじゃまされないからだ>。

このような説明のあと、次の3つの定理の証明手順が解説されている。

(定理1) MIUはミュー語
(定理2) MUIUはミュー語
(定理3) MUIIUはミュー語

定理1はかんたんで(弱い「敵」)、定理2・定理3はそれよりはやや長くなる(手ごわい「敵」)。

また定理3の証明において、定理2を使って証明を節約する方法も紹介されており、定理2は「敵」だったものが、倒すことで「武器」に変わる、と説明されている。

そして、ゲーデルの不完全性定理と似た特徴を持つものとして、

(定理4)MIUゲームの公理系では「MUはミュー語」を証明できない

という定理も紹介されている(この内容は省略)。

上記定理の論証手順や、詳しい内容については、『数学でつまずくのはなぜか』を読んでみてほしい。

この本は「数学でつまずくのはなぜか」というタイトルだが、「数学とはなんなのか」というタイトルでもいい気がした。あるいは、「数学はいかにヘンな学問か」でもいいかもしれない。

(まだ読んでいる途中ではあるが)この本の中心にあるのは、普通の人が「数学でつまずく」原因は、数学という学問の特殊性にあるのだ、というメッセージだと思われる。上の「MIUゲーム」も、その特殊性をわかりやすく理解してもらうための題材だ。

数学は「理系」の学問だが、他の「理系」の学問である「自然科学」とはまったく異なる面がある。数学の定理は、その妥当性が論理的導出のみに依存しており、「現実」に無関係なので、必然的に成り立つ。これに対して科学の法則は、「現実」を記述するので、必然的に成り立つことはありえず、つねに反証される可能性がある。

数学と科学のこの決定的な違いを理解するには、「数学とはなんなのか」をある程度理解する必要がある。そのためには、無前提に与えられる「公理」、そこから論理的に導出された「定理」、それらで構築される「公理系」という、数学を構成する基礎概念を理解する必要がある。

『数学でつまずくのはなぜか』という本には、上の「MIUゲーム」をはじめとして、「数学とはなんなのか」を理解するための題材、きっかけがたくさん詰まっている。

なお、タイトルからは「数学に挫折した人向けの再入門」といった印象も受けるこの本だが、内容はていねいではあるが、わりと本格的な感じがする(論理学や基礎論の話題などもある)。その本格的な内容を、数学以外のメタファー・題材を幅広く使って説明するところが、おそらくあまり類書のない、この本の大きな特徴だろう。

関連:
hiroyukikojimaの日記 - 2008-01-18 『数学でつまずくのはなぜか』
http://d.hatena.ne.jp/hiroyukikojima/20080118

関連エントリ:
数学と科学の違い
http://mojix.org/2008/05/07/math_and_science