2009.01.26
松原惇子 『英語できます』 (1989年)
渋谷ブックオフ1Fの入り口付近に平台の100円コーナーがあり、そこで目が留まったのがこの文庫本。

英語できます (文春文庫) (文庫)
松原 惇子 (著)


「英語できます」というタイトルから、これはきっと面白い本だろうというカンがはたらいたのだが、ズバリ的中だった。

1989年という日本がバブル真っ盛りだった頃に出た本で、1993年に文春文庫に入ったようだ。裏表紙の紹介文にはこうある。

<「英語ができたらカッコイイ」を出発点に様々なコースをたどった女性達。外資系企業の秘書。ハーバードのMBA獲得者。ニューヨークに語学留学し、帰らない人。国際結婚。自由に華やかに見える彼女たちの生活の実態と本音を、自らも留学体験のある筆者が鋭く取材し、働く女性にとって英語がどのような武器になるかを考える>。

中身を要約するとまさにそんな感じで(まだ読んでいる途中だけど)、内容も面白いのだが、私が強く印象づけられたのは、とにかくやわらかくて読みやすい、その文体だ。第1章「アークヒルズの朝」の冒頭から、私はその文体のすばらしさにノックアウトされてしまった。

<東京、六本木にあるアークヒルズは、日本のウォール街といわれている。一九八六年、日本の経済景気を象徴するかのように建設されたこのビルの中には、現在約二十社の外資系企業が軒をつらねている。そのうちの大半が金融関係の企業である。
 ガラスとスチールを組み合わせた超モダンな三十七階建のオフィスビル。となりに全日空ホテル、階下にサントリーホールを見ることができる。
 外資系企業が軒をつらねているだけあって丸の内のオフィスビルなど問題にならないほど洗練されている。
 私は今まで何度もビルの前は通ったことがあったが、中に入るのははじめてである。回転ドアを押した。
 ふきぬけのロビーに巨大な樹木が植えられている。通りからガラス越しにこの樹木を見ていると、ビルの中のオアシスのようで美しく見えるが、中から見あげてみると、なんだかプラスチックのように感じる。
 シャープでメタリックな空間は、マンハッタンのオフィスビルを彷彿とさせる。
 私はゆっくりと中に進んだ。
 エレベーターの壁にはウェストウィング、イーストウィングの英語の表示が、案内板にはABC順に横文字の企業名がズラリと並んでいる。
 バンク・オブ・アメリカ
 シティコープ
 ゴールドマン・サックス証券会社
 ホア・ゴベット証券会社
 イベリア航空
 ‥‥
 ‥‥
 そうそうたる外国企業ばかりである。この空間にいる限りは、とても日本にいるとは思えない。アークヒルズに一歩ふみこめば、そこは、外国なのである。そして、ここには文字通り英語のできる女性たちが大勢いるのだ。
 私は、ひんやりとしたロビーの低いソファに腰かけ、朝の通勤風景をながめていた>。

こんな感じのすがすがしい文体で、これは私には「息を呑むほど美しい日本語」だと思える。これに続く部分では、アークヒルズに出勤してくる人たちの観察が展開されていくのだが、まるで完璧な小説を読んでいるような感覚だ。これほどまでに見事な「エッセイ」もあるのだなあ、と衝撃を受けた。

著者の「松原惇子」という人を調べてみると、有名なエッセイストみたいだ。

ウィキペディア - 松原惇子
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E5%8E%9F%E6%83%87%E5%AD%90

<松原 惇子(まつばら じゅんこ、1947年4月22日 - )は、エッセイスト、評論家。
埼玉県生まれ。昭和女子大学卒、米国クイーンズカレッジ大学院でカウンセリングを学ぶ。
結婚に失敗して、職業を転々とし、38歳のとき、自分の体験を通して独身者の気持ちを書いた『女が家を買うとき』で執筆活動に入り『クロワッサン症候群』で、雑誌「クロワッサン」が提唱した、独身の流行に踊らされて後悔した女たちを論じてベストセラーとなった。
その後も、自身の加齢とともに、それに応じたシングル女性の生き方を問う本を、多数、刊行し続けている。
著作活動だけでなく、シングル女性の今と老後を応援する団体、NPO法人「SSSネットワーク」をたちあげ、活動に力を注いでいる。
また、2005年には、父親の葬儀を描いたコミカルなドキュメンタリー映画「わたしの葬送日記」を製作した>。

『クロワッサン症候群』という本のことは、私も聞いたことがある。最近はシングル女性を指す「おひとりさま」という言葉もよく聞くようになったが、この松原氏はまさにシングル女性というライフスタイルに早くから着目し、自らも実践・支援している人のようだ。

松原惇子のホームページ
http://www.ma-ju.com/

この本『英語できます』のつづきを読むのも楽しみだし、この人の本をこれからいろいろ読んでいくのがとても楽しみだ。