2011.03.10
デイヴィッド・ガランター(David Gelernter)『ミラーワールド』(1996年)
私が初めてコンピュータを買ったのは、いまから15年前の1996年だった。機種はMacの「Performa」で、PC初心者向けのモデルだった(ちなみにこの頃のAppleは、まだジョブズが復帰する前のギルバート・アメリオ時代で、ドン底だった。Microsoftへの身売り話すら出た)。

コンピュータを買ってまもなく、ダイアルアップでインターネットに接続した。1996年はインターネットブームが本格的に盛り上がってきた頃で、『INTERNET Magazine』などが出たのも、たしか前年の1995年だったと思う。

はじめてコンピュータを買い、はじめてインターネットに接続して、私はまさに「世界が変わった」ような気がした。私にとって1996年は、コンピュータとネットに出会って世界観が変わった年であり、忘れがたい年だ。

その1996年に、デイヴィッド・ガランター(David Gelernter)の『ミラーワールド』(ジャストシステム)という本に出会った。ジャストシステムのサイトに、いまでもその新刊案内がのっている。

~JUSTSYSTEM 書籍案内~4月発売の新刊のご紹介
『ミラーワールド』コンピュータ社会の情報景観
http://www.justsystems.com/jp/news/96f/news/j9604161.html

<株式会社ジャストシステム(本社;徳島市、代表取締役社長;浮川和宣)は、本年4月18日に、『ミラーワールドーーコンピュータ社会の情報景観』(2,600円・税込)を発売いたします。
 きたるべき高度コンピュータ社会とは、どのような社会なのか、文化、生活、組織はどのように変革していくのか。本書では、「現実」がコンピュータ画面という鏡の中に閉じこめられ、モデルが実在となる奇妙な世界「ミラーワールド」を描き出し、私たちが近い将来遭遇するであろう、まだ見ぬ世界を大胆に予測します>。

(information)
■ デイヴィッド・ガランター 著
■ 有澤 誠 訳
■ 四六判上製、310頁、2,600円(税込)
■1996年4月18日(木)発売

[主な内容]
  第1章  ミラーワールドとは何か
  第2章  ミラーワールドの世界 
  第3章  実体のない機械
  第4章  多次元の時空間
  第5章  情報の大洪水
  第6章  単純な知能機械 
  第7章  ミラーワールドの構築

[著者略歴]
デイヴィッド・ガランター
  ・・・イェール大学コンピュータ科学科準教授。
  専門はプログラミング言語、プログラミング技法、および人工知能。
  本書Mirror Worldsの他に、The Muse in the Machine(Free Press刊)、
  Programming Linguistics(共著MIT Press刊)、
  How to Write Parallel Programs(共著MIT Press刊)がある。

この略歴にもあるように、著者のデイヴィッド・ガランター(David Gelernter)はコンピュータ科学者で、並列プログラミング言語「Linda」などの業績で知られている。

1996年当時の私は、プログラミングどころか、PCを操作したり、ネットにつなぐのがやっとの状態だった。しかしそのド素人の私にも、この『ミラーワールド』という本はじつに面白く読めた。デイヴィッド・ガランターはあまり学者っぽい人ではなく、SF作家みたいなところがあり、例えばルディ・ラッカーあたりのポジションに近いかもしれない。かんたんにいえば「SF好きのハッカー」みたいなタイプだ。

1998年に、「ホットワイアード」の「CAVE」というコーナーで、この『ミラーワールド』の紹介文を書いた。『ミラーワールド』はもう絶版だと思うが、このまま忘れ去られるには惜しい本なので、この紹介文を以下に再掲載しておきたい。もし古本屋などで見かけることがあったら、ぜひゲットしてほしい。

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来たるネットワーク社会の精緻な予想図
(初出 ホットワイアード「CAVE」

ミラーワールド
デイヴィッド・ガランター

翻訳=有澤誠
発行=ジャストシステム

 21世紀も目前になり、そろそろ考えておくべき問題のひとつに、「インターネットはどこへ行くのか?」というのがある。そしてその問いは、「わたしたちはどこへ行くのか?」という問いにもつながっている。

 インターネット普及以前の1991年に書かれた本書『ミラーワールド』は、来たるべき社会のヴィジョンを大胆かつ具体的に示すことで、わたしたちが進むべき方向を明確に打ち出した、先駆的な著作である(日本語訳は1996年)。

 「ミラーワールド」とは、サイバースペースのなかに作られた、現実世界(リアルワールド)の模型である。それはヴァーチャル・シティ、ヴァーチャル・ショップといったものを世界規模に拡大した、いわばヴァーチャル・ワールドである。ただしそれは「架空世界」「別世界」ではなく、あくまでも現実世界の対応物としての、「ミラー」ワールドなのである。

 インターネットにつながったコンピュータの前に座り、ミラーワールドに「入り込む」と、世界を任意の高度・角度から眺め、任意の場所を訪れることができる。学校や病院の建物に入ったり、国会を見物することもできる。またミラーワールドは、単なる視覚的模型ではなく、数値化・言語化されたデータベースも備えており、知りたい情報を検索できる。

 ミラーワールドは、あちこちのヴィデオカメラや測定機器などから入ってくるデータ、あるいは入力される情報などによって、つねに刻々と書き換えられていく。ミラーワールドは、まさにその時々の世界の状態を映し出す「鏡」なのだ。

 ただしミラーワールドは、路上と同じく公共の場所であり、もちろん誰でも利用可能だが、そこで入手できる情報は「公開情報」に制限される。プライバシーが守られるのは、実世界と同じである。しかし「公開情報」の範囲は、実は驚くほど広い。実世界では、公開されているのにあまり流通しない情報や、公開されていること自体よくわからないような情報がきわめて多いが、ミラーワールドでは、あらゆる「公開情報」がそれを欲する人の元にスムーズに届くようになる。わたしたちはこのことを、サーチエンジンを通じてすでに実感しているだろう。

 こうしたミラーワールドが人類にもたらすメリットを、著者は「制御システム」「新しい街角の広場」「全体を見渡すこと」の3つにまとめている。

 きわめて複雑化した近代社会をいかにコントロールするかという「政治」は、高度な飛行機の操縦にも似て、人間の記憶や判断力だけではもはや追いつかない。それをサポートするのが、ミラーワールドの「制御システム」としての側面である。

 「新しい街角の広場」とは、ミラーワールドがもたらす新しいコミュニケーションを指す。ミラーワールドでは、他の利用者と出会える仕組みになっているので、実世界のコミュニケーションにともなう物理的あるいは心理的な障壁をとり除いた、よりスムーズなコミュニケーションが実現する。わたしたちはこれも、 bbsなどを通じて部分的に実感しているだろう。著者は「新しい街角の広場」の応用として、「選挙用の討論会場」を挙げている。候補者がここに公約を貼り出して質問を受けるようにすれば、ポスターや選挙カーよりもはるかに安くて中身のある選挙ができる。

 「全体を見渡すこと」は、著者が最も重視する側面である。実世界では狭い自己利益の範囲で考えがちなのに対し、ミラーワールドによって全体を見渡す視野(著者はこれを「トップサイト」と呼ぶ)を得れば、広い展望と大きな見通しのもとに判断を下すことができる。<全体を眺めることは正気の公的生活のための必須条件>であり、ミラーワールドは一部の専門家のための道具ではなく、<市民のための道具>である、と著者は述べている。

 世界じゅうのコンピュータがつながったインターネットは、それ自体が地球規模の巨大コンピュータとも言える。これを今後いかに活用していくかが、人類の運命を左右するだろう。この地球がフラーの言う「宇宙船地球号」だとすれば、インターネットはその操縦桿(かん)である。「ミラーワールド」は、フラーの「ワールド・ゲーム」構想を具体化したものとも言え、それは21世紀を支える最も重要なイメージのひとつになるだろう。

桜井通開
1998.08.25


関連エントリ:
A9.com Maps - ミラーワールド時代の到来
http://mojix.org/2005/08/17/110815
分類から検索へ - David Gelernterの「Lifestreams」
http://mojix.org/2004/07/04/224955