2011.05.19
住宅の「利用価値」と「資産価値」
住宅は買うのがいいのか、賃貸がいいのか、という議論をよく見かける。私は不動産や金融のプロではないが、私なりの意見を少し書いてみたい。

純粋に投資目的で不動産を買うのなら、収益力や資産価値が重要だが、じっさいに自分がそこに住むための住宅であれば、まず「利用価値」が重要だと思う。

買うのがいいか、賃貸がいいか、という議論になかなか明快な答えが出ない理由は、この「利用価値」の部分のブレが、その人の価値観やライフスタイルによって、また物件によって大きいからだろう。

自分が住む住宅を買うということは、「その街を買う」ことでもある。その住宅の「利用価値」は、住宅自体のスペックだけでなく、その立地や、その街のスペックにも左右される。近くに使える店があるか、交通の便がいいか、といったことはもちろん、駅までの往復がどのような道か、街にどんな人がいて、どんな雰囲気か、といったことも重要だろう。こういったことすべてが、住宅の「利用価値」を左右する。「利用価値」とは、いわば「ユーザ・エクスペリエンス」全体が生む価値である。

いっぽうで、住宅はきわめて大きな買い物なので、「資産価値」の側面も無視できない。つまり、売ることになったらいくらで売れるかを考えておく必要がある。「自分は売るつもりはなく、一生ここで暮らすよ」というのであれば、いわば「消耗品」として、「利用価値」だけを考えていればいいかもしれない。しかし、住み替えたり、何らかの事情で手放すことになった場合、その資産価値が大きく下落してしまうのでは、大きな損を抱えてしまう。

そして現実的には、この「利用価値」と「資産価値」の両面に加えて、住宅ローンの金利や支払い計画も考える必要がある。買うのがいいか、賃貸がいいかという議論は、ここでいっそうむずかしくなる。ローンでどのくらい借りて、その金利や返済期間がどうなるかによって、話がまったく違ってくるからだ。

「利用価値」「資産価値」「ローン」という3要素は、それぞれ奥深い話だが、ここであえてザックリかんたんに言ってしまうと、ベストなのは「資産価値の下がらない物件を、全額キャッシュで買う」というものだと思う。

もちろん、全額キャッシュでポンと買えるなら苦労しないわけで、現実にはなかなかむずかしいが、セオリー上ではこれがベストだと思うのだ。このことは、これを逆にして、「資産価値の下がる物件を、全額ローンで買う」としてみればわかる。これが最悪のパターンであることは疑いないだろう。

買うのがいいか、賃貸がいいかという議論をするのであれば、賃貸の場合の「利用価値」やコストも考えなければならない。しかし賃貸については、ほとんどの人が実体験として知っているだろう。よって問題の核心は、「買う」ほうの実体をどれくらい正しく把握できるか、というところにあると思う。

10円や20円の違いを気にかける人が、住宅のような大きな買い物ではむしろ失敗する、という話をしばしば聞く。これはちょうど、サラリーマンとしてまじめに定年まで勤めあげた人が、退職金でフランチャイズの店をやったり、投資をやったりして、大失敗して一文無しになる、といった話と似ている。自分の知っている範囲では注意深い人でも、よく知らない世界では逆に大胆になってしまい、あっというまに大損をこうむる、ということはありうる。

「資産価値の下がらない物件を、全額キャッシュで買う」というのを言い換えれば、「資産価値が下がるものは買うな」「ローンを借りるな」ということになる。このうち後者の「ローンを借りるな」については、投資やビジネスで収益を生み出せる場合は、必ずしもあてはまらない。逆にいうと、収益を生み出せるのでなければ、基本的にはローンを借りるべきではない。借金以上に稼ぐ能力があるのでなければ、そもそも借金というものは「サステイナブル(持続可能)」でないのだ。

以前、ポール・グレアムの「時間とお金をなくすには」というエッセイを紹介したことがある。

ポール・グレアム「財産を失う理由の大部分は浪費をしたからではなく、誤った投資をしたせいだ」
http://mojix.org/2010/07/14/paul-graham-money

このエッセイの要点は、人間は「浪費」には用心するが、「投資」となると油断しやすく、全財産を失ったりしがちだ、というものだ。

住宅はきわめて大きな買い物なので、「浪費」というよりも、ここでいう「投資」に近いところがある。スケールが大きすぎて、逆に判断力をにぶらせるのだ。

「資産価値の下がらない物件を、全額キャッシュで買う」というセオリーは、「資産価値が下がるものは買うな」「ローンを借りるな」という2つの防衛によって、資産を大きく減らすことを防ぐセオリーである。「自分はすごく満足しているから、資産価値がゼロになって、ローンに追われてもへっちゃらだよ」というくらい「利用価値」が高いのであれば別だが、そうでなければ、なるべくこのセオリーから離れないほうがいいように思う。

なお、「資産価値の下がらない物件」というと、すごくいい立地にあり、高級な物件をイメージするかもしれないが、必ずしもそうではない。株などをやっている人ならわかる通り、問題は「割高」か「割安」かなのだ。要するに、今後「値上がり」するか、「値下がり」するかが問題である。住宅の場合、「値上がり」はなかなかむずかしいので、せいぜい「値下がり」が少ないものを選んだほうがいい、という話である。

「全額キャッシュで買う」というのも、必ずしも金持ちである必要はなく、「自分の収入レベルに見合った、身の丈にあったものを買う」という意味を含んでいる。例えば独身者であれば、古めの中古マンションのワンルームなら、都心でも数百万円で買える。貯金してこういう物件を買うことは、賃貸暮らしよりもむしろ堅実かもしれない。もちろん、中古マンションもいろいろなので、買うとなればもちろん注意が必要である。

現実には、ここで書いたような話に加えて、賃貸をずっと借りられるのかという話もあるし(関連「日本の賃貸住宅ではなぜ保証人を要求されるのか 「保護」がむしろ「弱者」を生む日本の構造」)、買った場合のランニングコスト(固定資産税や、マンションなら管理費・修繕費など)もあり、買うか賃貸かの比較はけっこうむずかしい。これからの日本の高齢化や少子化、住宅市場、インフレかデフレか、といったことまで考えはじめると、もはや個人で判断できるレベルを超える。

そういったさまざまな不確定要素は、いくら考えてもしょうがないところがある。それがどうなったとしても、「資産価値の下がらない物件を、全額キャッシュで買う」という考え方は、なるべく失敗や損失を減らすための大ざっぱなセオリーとしては、通用しそうに思う。


関連エントリ:
ポール・グレアム「財産を失う理由の大部分は浪費をしたからではなく、誤った投資をしたせいだ」
http://mojix.org/2010/07/14/paul-graham-money