なぜ円安にならないか
ロイター - コラム:日本人の円売りは出てくるか=唐鎌大輔氏(2012年08月14日 16:28 JST)
http://jp.reuters.com/article/jp_forum/idJPTYE87D03O20120814
<唐鎌大輔 みずほコーポレート銀行 マーケット・エコノミスト [東京 14日 ロイター] 円高による輸出セクターへの影響やデフレ圧力の増幅などを背景に円安待望論が根強い日本だが、そもそもどうなれば円安になるのだろうか>。
<結論から言えば、筆者は「日本人による円売り」がどうしても必要だと考える。誰が「売る円」を持っているのかと考えた時に、海外勢はその候補として想定し難い。経常収支はいまだ黒字であるし、日本国債の90%超が国内で消化されている。また、人口減少経済の株式をオーバーウェイトする海外投資家は決して多くないだろう>。
<仮に海外勢が円を売るにせよ、それは円を持っていなくても売れる投機筋ぐらいではないかと思う。だが、投機主導の円安は、今年2―4月に見たように長続きはしない>。
<円相場の底堅さの一因としては、経常黒字の存在、言い換えれば国内の過剰貯蓄の存在が頻繁に指摘される(円相場を国債に置き換えても同じである)。こうした事実は早晩変わるものではなく、この観点に立つならば、円相場がすぐに急落するとは考え難い>。
<日本には2012年3月末時点で1513兆円の家計金融資産が存在するが、これを円貨性資産と外貨性資産に大別すると、約97%に相当する1471兆円が円貨性で、残り約3%に相当する43兆円が外貨性となる(筆者推計)>。
<この「97%」の部分が積極的に外貨性資産へ向かえば、円安転換の一助となり得るが、そうした動きはほとんど見られず、むしろ不透明な経済・金融情勢を背景に外貨よりも円貨、円貨の中でも現預金のように流動性と安全性の高い資産にマネーが引きこもっているのが現状である。米国を含む世界経済の見通しが当面芳しくないことを思えば、この「97%」の小さくない部分が外貨性資産に向かい始めるまでにはまだ時間がかかるだろう>。
みずほコーポレート銀行のマーケット・エコノミスト、唐鎌大輔氏によるコラム。円安になるには「日本人による円売り」が必要であり、これが起きない限り円安にならない、という論旨。じつに説得力のある内容だ。
<一方で、停滞する国内政治や経済、金融の現状を指して「日本はもう駄目だ」といったトーンの論調を耳にすることは今や珍しくないが、そうした主張の人々が自身の保有資産に関し、円を見限って外貨へ多くをシフトさせているだろうか>。
<少なくとも筆者の周りでは、そうしたケースをほとんど見たことがない。多くの人々は、日本の将来に漠然とした不安を抱きながら、大半は円預金で保有しているのが現実だろう。日本の家計部門の現預金志向は主要先進国の中でも特に強く、総資産対比で50%以上の保有比率を誇る。米国は20%弱、英国は30%弱、そして比較的日本人に近い性分と思われるドイツでも40%強である>。
<「日本が駄目だから円を売る」という資本逃避(キャピタルフライト)に類似する動きは、地震・津波・原発事故という大災害が重なった2011年3月11日の後ですら見られなかった(むしろ震災後は円高が進んだ)。現在のギリシャのように経済・金融面で破滅的状況に追い込まれない限り、日本においてキャピタルフライト的な動きが発生することはないだろう。「97%」の円貨性資産比率は、いまだそうした状況になることを本気で心配している人が少数派であることの証左に他ならない>。
まったくその通りだと思う。「日本はダメだ」とさんざん言われてはいるが、かといって円を外貨に替えたりする人は少ない。むしろ、大災害などがあると、リスク回避のために現預金志向が強まり、円が強くなってしまうくらいなのだ。
では、いつ円が弱くなるかというと、むしろ景気が良くなったときだという。
<とはいえ、破滅的なケースに至らずとも、日本人が円売りに動くことはある>。
<それは、たとえば、景気が良い時、もう少し具体的に言えば株価が上がっていて、内外金利差が十分な時ではないかと思う。直近の円安局面である2005―2007年は株価も上昇基調で投資家のリスク許容度が改善、円だけがゼロ金利の中で市場のボラティリティも低く、円キャリー取引(円調達・外貨投資)が魅力的な時代だった>。
<そうした状況下、日本の個人投資家の間でも外国債券を対象とする投資信託や外為証拠金取引が流行し、彼ら彼女らを指す「ミセスワタナベ」なる俗称も生まれた(命名したのは海外メディア)。実は、過去の円安局面の多くはこうした好景気ムードの中で株価が上がっていた(また対外投資にかかる規制緩和などが重なった)時にもたらされた>。
これは実感としても、まったくその通りだろうと思う。景気がよくなると、リスク許容度が上がって、株やファンド、外貨、外国債券などに資金が流れるので、国内でも円を手放す人が増えるわけだ。
<もちろん、家計金融資産が(多くは預金という形で)引きこもったとしても、それらの資金が銀行や生命保険会社などの金融仲介機関を通して外貨建て資産に投資されれば、円安の一因となる。だが、内外金利差の確保が難しく、景気先行きが不透明な状況で対外投資を積極化できないのは機関投資家も個人投資家も同じである>。
<では、その資金はどこに向かうのか。周知の通り、消去法的に日本国債へ偏り、累増する政府債務とは裏腹に磐石な国債消化構造を築くことになる。さらに、日本国債はリーマンショックや欧州債務危機など世界経済が荒れる局面で海外投資家にとって格好の逃避先となる傾向にあり、これも金融危機以降、円相場を支える一因と言われてきた>。
景気が悪いと、個人の資産が円預金に傾くだけでなく、それを運用する金融機関も、貸す先がないので、消去法的に日本国債を買うしかない。これによって、日本はこれほど財政がひどいにもかかわらず、<磐石な国債消化構造>ができてしまうわけだ。さらに、欧州の財政が日本以上に悪いので、いっそう日本円・日本国債に資金が集まってしまう。
景気が悪いうちは、日本円・日本国債はむしろ磐石なのかもしれない。景気が良くなって、気が緩んできた頃が、いちばん危ないということかもしれない。
関連エントリ:
カネ余りで融資先がない銀行と、空室に困っている大家は似ている
http://mojix.org/2010/10/03/ginkou-ooya
なぜリフレ政策より構造改革が重要なのか 日本に足りないのはカネではなく成長力や投資機会である
http://mojix.org/2010/04/08/kouzou_kaikaku
http://jp.reuters.com/article/jp_forum/idJPTYE87D03O20120814
<唐鎌大輔 みずほコーポレート銀行 マーケット・エコノミスト [東京 14日 ロイター] 円高による輸出セクターへの影響やデフレ圧力の増幅などを背景に円安待望論が根強い日本だが、そもそもどうなれば円安になるのだろうか>。
<結論から言えば、筆者は「日本人による円売り」がどうしても必要だと考える。誰が「売る円」を持っているのかと考えた時に、海外勢はその候補として想定し難い。経常収支はいまだ黒字であるし、日本国債の90%超が国内で消化されている。また、人口減少経済の株式をオーバーウェイトする海外投資家は決して多くないだろう>。
<仮に海外勢が円を売るにせよ、それは円を持っていなくても売れる投機筋ぐらいではないかと思う。だが、投機主導の円安は、今年2―4月に見たように長続きはしない>。
<円相場の底堅さの一因としては、経常黒字の存在、言い換えれば国内の過剰貯蓄の存在が頻繁に指摘される(円相場を国債に置き換えても同じである)。こうした事実は早晩変わるものではなく、この観点に立つならば、円相場がすぐに急落するとは考え難い>。
<日本には2012年3月末時点で1513兆円の家計金融資産が存在するが、これを円貨性資産と外貨性資産に大別すると、約97%に相当する1471兆円が円貨性で、残り約3%に相当する43兆円が外貨性となる(筆者推計)>。
<この「97%」の部分が積極的に外貨性資産へ向かえば、円安転換の一助となり得るが、そうした動きはほとんど見られず、むしろ不透明な経済・金融情勢を背景に外貨よりも円貨、円貨の中でも現預金のように流動性と安全性の高い資産にマネーが引きこもっているのが現状である。米国を含む世界経済の見通しが当面芳しくないことを思えば、この「97%」の小さくない部分が外貨性資産に向かい始めるまでにはまだ時間がかかるだろう>。
みずほコーポレート銀行のマーケット・エコノミスト、唐鎌大輔氏によるコラム。円安になるには「日本人による円売り」が必要であり、これが起きない限り円安にならない、という論旨。じつに説得力のある内容だ。
<一方で、停滞する国内政治や経済、金融の現状を指して「日本はもう駄目だ」といったトーンの論調を耳にすることは今や珍しくないが、そうした主張の人々が自身の保有資産に関し、円を見限って外貨へ多くをシフトさせているだろうか>。
<少なくとも筆者の周りでは、そうしたケースをほとんど見たことがない。多くの人々は、日本の将来に漠然とした不安を抱きながら、大半は円預金で保有しているのが現実だろう。日本の家計部門の現預金志向は主要先進国の中でも特に強く、総資産対比で50%以上の保有比率を誇る。米国は20%弱、英国は30%弱、そして比較的日本人に近い性分と思われるドイツでも40%強である>。
<「日本が駄目だから円を売る」という資本逃避(キャピタルフライト)に類似する動きは、地震・津波・原発事故という大災害が重なった2011年3月11日の後ですら見られなかった(むしろ震災後は円高が進んだ)。現在のギリシャのように経済・金融面で破滅的状況に追い込まれない限り、日本においてキャピタルフライト的な動きが発生することはないだろう。「97%」の円貨性資産比率は、いまだそうした状況になることを本気で心配している人が少数派であることの証左に他ならない>。
まったくその通りだと思う。「日本はダメだ」とさんざん言われてはいるが、かといって円を外貨に替えたりする人は少ない。むしろ、大災害などがあると、リスク回避のために現預金志向が強まり、円が強くなってしまうくらいなのだ。
では、いつ円が弱くなるかというと、むしろ景気が良くなったときだという。
<とはいえ、破滅的なケースに至らずとも、日本人が円売りに動くことはある>。
<それは、たとえば、景気が良い時、もう少し具体的に言えば株価が上がっていて、内外金利差が十分な時ではないかと思う。直近の円安局面である2005―2007年は株価も上昇基調で投資家のリスク許容度が改善、円だけがゼロ金利の中で市場のボラティリティも低く、円キャリー取引(円調達・外貨投資)が魅力的な時代だった>。
<そうした状況下、日本の個人投資家の間でも外国債券を対象とする投資信託や外為証拠金取引が流行し、彼ら彼女らを指す「ミセスワタナベ」なる俗称も生まれた(命名したのは海外メディア)。実は、過去の円安局面の多くはこうした好景気ムードの中で株価が上がっていた(また対外投資にかかる規制緩和などが重なった)時にもたらされた>。
これは実感としても、まったくその通りだろうと思う。景気がよくなると、リスク許容度が上がって、株やファンド、外貨、外国債券などに資金が流れるので、国内でも円を手放す人が増えるわけだ。
<もちろん、家計金融資産が(多くは預金という形で)引きこもったとしても、それらの資金が銀行や生命保険会社などの金融仲介機関を通して外貨建て資産に投資されれば、円安の一因となる。だが、内外金利差の確保が難しく、景気先行きが不透明な状況で対外投資を積極化できないのは機関投資家も個人投資家も同じである>。
<では、その資金はどこに向かうのか。周知の通り、消去法的に日本国債へ偏り、累増する政府債務とは裏腹に磐石な国債消化構造を築くことになる。さらに、日本国債はリーマンショックや欧州債務危機など世界経済が荒れる局面で海外投資家にとって格好の逃避先となる傾向にあり、これも金融危機以降、円相場を支える一因と言われてきた>。
景気が悪いと、個人の資産が円預金に傾くだけでなく、それを運用する金融機関も、貸す先がないので、消去法的に日本国債を買うしかない。これによって、日本はこれほど財政がひどいにもかかわらず、<磐石な国債消化構造>ができてしまうわけだ。さらに、欧州の財政が日本以上に悪いので、いっそう日本円・日本国債に資金が集まってしまう。
景気が悪いうちは、日本円・日本国債はむしろ磐石なのかもしれない。景気が良くなって、気が緩んできた頃が、いちばん危ないということかもしれない。
関連エントリ:
カネ余りで融資先がない銀行と、空室に困っている大家は似ている
http://mojix.org/2010/10/03/ginkou-ooya
なぜリフレ政策より構造改革が重要なのか 日本に足りないのはカネではなく成長力や投資機会である
http://mojix.org/2010/04/08/kouzou_kaikaku