2013.03.05
デザイナーはやっぱりたいへんだ
読売新聞 - 区が無報酬デザイナー募集…抗議殺到、計画中止(2013年3月2日12時13分)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130302-OYT1T00306.htm

<大阪市天王寺区は1日、区のポスターなどを民間デザイナーに手掛けてもらおうと、「任期1年、無報酬」の条件で募集したところ、プロのデザイナーらから「業界をバカにしている」などと批判が相次ぎ計画を取りやめた、と発表した>。

<従来、区制作のポスターやチラシは職員がデザイン。昨年8月に就任した元NHK記者の水谷翔太区長が、「民間の力を生かしてよりよいものを」と発案した>。

<ところが、2月4日に募集を始めたところ、電話やメールで抗議が殺到。6日にはアマチュア限定に変更したが、「業界への配慮を欠くことに変わりない」「正当な対価を払うべきだ」などの意見が続いた>。

<結局、28日の締め切りまでに4人が応募したが、区は「これだけ批判を浴びると理解が得られにくい」と計画を断念。4人には事情を説明するメールを送った>。

<水谷区長は読売新聞の取材に、「業界に対する認識が足りなかった」と話している>。

一部で話題の、この「無報酬デザイナー」問題。これに対して、ウェブデザイナーであるsagannosagaさんがおもしろいエントリを書いている。

だましたつもりでだまされた - 無報酬デザイナーでも当然という世の中らしいですね
http://d.hatena.ne.jp/sagannosaga/20130303/1362293518

<なぜ許せないのかということを考えると、それはやはり私自身がデザイン業界に身を置き、納得のいかない業務内容や低報酬に苦しんでいるという現状が関係しているかと思います。
 詳しくは書きませんが、一応私の本職はWebデザイナーであり、かつてDTPや広告関連の業界に身をおいたこともあるということはまず前提としておいてください>。

sagannosagaさんは、いまの本職はウェブデザイナーで、かつてはDTPや広告関連業界の経験もあるとのこと。そのsagannosagaさんが、自分の経験をもとに、こう書いている。

<デザイン業界というと聞こえがいいですが、現在ほとんどの現場であたりまえのように横行しているのが「デザインを全くわからない人からの理不尽な要求の具現化」です。
 これも実際に体験をしたことがない人には想像ができにくいかと思うのですが、たとえば「こういうデザイン作って」という依頼が来たとして、それにできうる限り対応させて作った作品がそのままOKとなることはまずありません。
 フォント、文字の大きさ、バランス、色の配置、全体の印象といったデザインに関わるあらゆることを意識しつつ、デザイナーとして勤務する人の多くは経験則やクライアントからの要望に対して最大限の配慮をしつつ作成していきます。少なくともプロという意識を持つ良心的なデザイナーの場合は。
 ところが、クライアントというのはわがままなもので、ぱっと見の直感で「この文字をもっと大きく目立たせたい」「ここの色だけを変えてほしい」といったような非常に部分的な修正をかなりの割合でしてくるものです。
 もちろんそれらはデザイナーの力量が足りなかったと言われればそれまでのことですが、部分的な修正を強いられることで全体のバランスをすべて修正しなくてはならなくなるようなこともかなりのケースでざらとなっています。
 そういう細かい部分の修正を言ってくるのが長年デザインの仕事をしてきたような人ならまだいいのですが、ほとんどの場合がデザイン経験はゼロに等しく、感覚=デザインという迷惑な勘違いをしているような人が多いわけです>。

本職のデザイナーが、これほど率直な意見を書いているのは貴重だろう。こういうことは、おそらく多くのデザイナーが心の中では思っているだろうが、なかなか書けるものではない。万一それが自分のお客さんに読まれたら、たいへんである。

ここで書かれている内容は、私が先日「デザイナーはたいへんだ」というエントリで書いたことと、ちょうど重なっている。「デザイナーはたいへんだ」で、私はこのように書いた。

<デザイナーという仕事はきっと、このお客さんとの意思疎通に、かなりの神経と労力を使うものと思う。超一流の売れっ子デザイナーならば、絶対に自分の意見を曲げないということも可能かもしれないが、並のデザイナーならば、そうもいかないだろう>。

<IT業界がキツイのは、そもそも工期が短すぎるとか、あとから仕様変更が来る、みたいな話がほとんどだろう。それももちろんたいへんだが、お客さんがシステムの設計とか、コードの書き方にまで口を出してくる、ということはほとんどない>。

<しかしデザイナーの場合、お客さんが仕事そのものに口を出してくる。デザイナーが作った作品は、デザインの専門家が、自分なりに試行錯誤して作ったものだ。その自分の仕事に対して、お客さんではあるがデザインの素人である人間にケチをつけられたら、屈辱的だろう。「おまえは素人なんだから、黙って言うことを聞け!」と言いたくなることもきっとあると思うが、そんなことは絶対に言えない>。

<プログラマもデザイナーも、納期が短いとか、仕様変更が入るとか、作業そのものがキツイといったことは、おおむね同じだろう。もっとも違うのは、自分の専門家としての判断を、お客さんという素人に否定されるかどうか、というところではないだろうか。デザイナーはこれがあるので、プログラマよりきっとたいへんだと思う>。

デザイナーは、お客さんという素人に、あれこれ口を出され、指示されてしまう。ここが、プログラマよりたいへんなところだと思うのだ。

「無報酬デザイナー」も、無報酬であること自体が問題だ、という論点ももちろんある。しかし、無報酬であるうえに、デザイナーはあれこれ指示されて、直しを命じられるというのが、二重に屈辱的なわけだ。もし無報酬であっても、いっさい指示されることなく、デザイナーが100%の決定権を持っているのなら、そんなに悪い話ではないかもしれない。

デザインに限らないが、自分が100%の決定権をもっている場合は、無報酬であっても、わりとやりがいがあるものだ。私がこうしてブログを書いているのも、自分が100%の決定権をもっていて、自由に書けるからだ。これがもし、誰かに指示されて、内容を制限されたり、あれこれ書き直しを命じられたりするのなら、とても無報酬で書く気は起きない。

オープンソース・ソフトウェアなども、自分がつくりたいものを自発的につくっているから、無報酬であっても、やりがいがあるわけだ。これがもし、お客さんに「こういうものをつくれ」と指示されたり、あれこれ口を出されるのであれば、とても無報酬でやる気は起きない。

デザイナーという仕事は、一般的には「クリエイター」という華やかなイメージがあるが、実際の仕事の内容は、もっと泥臭いと思う。お客さんの要望にあれこれ付き合うという、いわば「サービス業」的な面が、じつはけっこう大きい気がする。よって、デザイナーが受け取る代金には、その「サービス料」も含まれているはずなのだ。

「無報酬デザイナー」も、問題の核心はおそらく、無報酬であることそのものではないと思う。「無報酬デザイナー」は、この「サービス料」までタダにしてしまうために、すごく屈辱的な話に感じられるのだ。じっさいにデザイナーとして日々働いている人のほうが、デザイナーの仕事のうち、「サービス業」の割合がどれくらい大きいかを実感しているので、いっそう屈辱的に感じられるのだろう。

デザイナーは、やっぱりたいへんだ。


関連エントリ:
デザイナーはたいへんだ
http://mojix.org/2013/02/04/designer-taihen