城繁幸氏の論考 「貧困ビジネスで稼ぐ連中」
貧困ビジネスで稼ぐ連中!:城繁幸
http://news.goo.ne.jp/article/php/politics/php-20080917-01.html
『若者はなぜ3年で辞めるのか?』などの著書で知られる城繁幸氏による論考。雇用格差の問題について幅広い論点から書かれた見事な内容で、この問題に興味ある人は必読だと思う。
個人的には、この問題に関しては以前から城氏の見方に共感していたが、この論考であらためてそれを再確認した。
以下、私の興味をひいた主な部分を抜粋して紹介してみたい。
■ 日本は「職能給」で賃下げが不可能、世界は「職務給」で賃下げも普通
<日本の人事賃金制度は、職能給と呼ばれ世界的に見ても非常に特殊なものだ。個人の能力に値札を付ける方式で、経験を積めば値段は上がるはずだから、勤続年数に比例して積み上がっていく。いわゆる年齢給だ。年齢に応じて積み上がっていくものだから、当然、下がることは想定されていない。判例でも労働条件の不利益変更には厳しい制限が付き、賃下げや降格といった処遇見直しは事実上不可能なシステムだ>。
<一方、世界標準としては職務給と呼ばれるものが一般的で、こちらは担当する仕事に値札が付く。ちょうどプロ野球選手をイメージしてもらえればいい。年齢、年功に関係なく、本人の果たせる役割に応じて柔軟に上下するシステムだ。よくヨーロッパは終身雇用だという意見もあるが、それはブルーカラーの話だ。ホワイトカラーは職務年俸制が基本だから、賃下げや降格は普通に行なわれ、人材の流動化は日本よりはるかに進んでいる>。
■ 雇用に関するリスクはすべて非正規側にしわ寄せ
<結果、現在の日本には、正社員と非正規雇用労働者のダブルスタンダードが存在する。前者には高度成長期につくられた手厚い保護がなされ、後者はそれを支えるためだけに使い捨てにされる状況なのだ。たとえば、米国経済急失速をもって、トヨタは国内2300名を超える派遣請負労働者を切り捨てている最中であるが、正社員は誰1人クビを切られず、賃下げもなされない。雇用に関するリスクはすべて非正規側にしわ寄せされるためだ>。
<それでいて過去数年間の好況時には、共に働いて得た利益のなかから労組だけにベアが回され、非正規側に回ることはなかった。しかも連合が労働分配率の話をするときには、法人企業統計ベースの話ではなく国民所得ベースで議論し、これだけ下がっているのだからもっとよこせと要求する(非正規雇用労働者もカウントできるため)。これを搾取といわずに何というのか>。
■ 対策は雇用規制見直し、労働ビッグバン以外にありえない
<対策の方向性は明らかだ。ダブルスタンダードを解消し、痛みを正社員と非正規雇用労働者のあいだで適正に分配するしかない。それには、賃下げや降格、解雇も含めた正社員の雇用規制を大幅に見直し、人材流動化を推し進める労働ビッグバン以外にはありえない>。
<「そんなに簡単に職務に値段が付けられるのか」という論者もたまにいるが、そういう人は一度、非正規雇用の現場を見てみるといい。コンビニのバイトにせよ派遣社員にせよ、こちらの世界ではとっくの昔から仕事に値札が付いている。余計な規制さえなければ、それが自然な姿なのだ。現状の問題点は、一方的な正社員保護のおかげで、非正規雇用の現場に下りていく人件費が不適切に少ないという点に尽きる>。
<また、「ただでさえ低い中小企業の処遇をさらに引き下げるのはナンセンス」という声もあるが、逆だ。日本は世界でも稀なほど企業規模によって処遇に差があるが、これは要するに大手や労組の強い企業が中小下請けに人件費コストを押し付けている結果だ。各企業内で柔軟な見直しが可能となり、職務給が一般化すれば、長期的には企業規模の格差は必ず縮小する>。
■ セーフティネットは対症療法にすぎず、格差問題の本丸とはそれを生み出す構造そのものである
<筆者はけっしてセーフティネットの強化自体を否定するわけではない。企業がそれを保証できなくなった以上、行政による整備は必須だろう。だがそれは格差問題の本質ではなく、結果であり、セーフティネットとはあくまで対症療法にすぎない。格差問題の本丸とはそれを生み出す構造そのものであり、そこにメスを入れないかぎり、けっして希望は生まれないだろう。フランス革命もロシア革命も、きっかけは日々のパンだったかもしれない。だが、理念はもっと高みに据えられていたはずだ。雇用に関する規制の存在しない米国なら、格差問題はセーフティネットを論じれば足りるだろう。だが日本の場合、その前段階であり、並行して構造改革も語らねばならないのだ>。
■ 日本は利害調整社会、いつまでたっても改革は進まない 非正規雇用労働者を代表する人間がいない
<結局のところ、唯一神との契約も市民革命も経ていない日本は、利益団体同士の利害調整社会なのだろう。だからつねに総論賛成だが各論反対、いつまでたっても改革は進まないというわけだ。現在の非正規雇用労働者の悲惨さは、与党=経団連、民主党=連合という代表者がテーブルに着くなかで、誰も彼らを代表する人間がいないという点に尽きるように思う>。
■ 正社員と非正規雇用側の連携は可能 どちらも人材流動化によってメリットを得られる
<同じ氷河期世代であっても、正社員と非正規雇用側の連携は可能だと感じている。どちらも割を食っている事実は変わらず、既得権を打ち崩す人材流動化によってメリットを得られるからだ>。
■ R・ライシュ「超資本主義による社会的な負の影響について、企業や経営者を非難する政治家や活動家に用心せよ」
<本論中、いくつかの文章に批判的なかたちで言及したが、1つだけ注目すべき論についても取り上げておきたい。『暴走する資本主義』(R・ライシュ著、東洋経済新報社)だ。著者はクリントン政権の労働長官を務めた人物で、オバマ陣営のスタッフも務める。おそらくオバマが大統領になった暁には、何らかのかたちで政権入りするであろうと予想される民主党陣営の一員だ。その彼が、グローバリゼーションによって拡大する格差問題について、非常に優れた論考を展開するのが本書である。とくに注目したい点は、ライシュ自身が民主党政治家について、時に辛辣な評価を下している点だ>。
<超資本主義への処方箋として、まず人々に注意を促すべきは、超資本主義による社会的な負の影響について、企業や経営者を非難する政治家や活動家に用心せよということである(293ページ)>。
<現在の諸問題は、資本主義がグローバリゼーションとIT化により“超資本主義”として暴走した結果であるとする。そして、それは従来の枠組みには当てはまらない新たな問題であり、一部の企業エゴや資本家のせいにして済む問題ではないと断言する。新興国から輸出された安い製品を買うのも、企業にさらなる効率化を迫るのも、われわれ自身の社会なのだ。まずはこの事実に向き合うことから、対策への第一歩はスタートするはずだ>。
■ 民主党は前原視点を生かせ
<最後に、筆者が個人的に期待している存在について述べよう。まずは民主党・前原誠司前代表だ。前原氏は代表となるや、まず連合と一定の距離をとる方針を打ち出した。労組依存体質のままでは一定の票は確保できても、真の改革は遂行できないと判断したためだ。この判断はきわめて正しい。2005年衆院選で民主が大敗したのは小泉劇場のせいでもなんでもなく、単純に民主側の自滅である。自治労をはじめとする既得権層に足を引っ張られた結果、郵政民営化、公務員改革などでろくな政策提案ができなかったため、改革を願う若年層にそっぽを向かれただけの話だ。民主がまともな政権政党に生まれ変われるかどうかは、前原視点を生かせるかどうかに懸かっている>。
以上、私の興味をひいた部分をいくつか抜粋してみたが、興味を感じたらぜひ元の論考を読んでみてほしい。
関連:
Joe's Labo(城繁幸氏のブログ)
http://www.doblog.com/weblog/myblog/17090/
関連エントリ:
雇用規制撤廃と減税で日本経済は再生する
http://mojix.org/2008/05/28/revive_japan_economy
解雇規制がなくなり、雇用流動性が増すとどうなるのか
http://mojix.org/2008/06/03/what_if_fluid_employment
セーフティネットは会社の外に置き、「身分制度」をなくせ
http://mojix.org/2008/06/14/break_employment_hierarchy
http://news.goo.ne.jp/article/php/politics/php-20080917-01.html
『若者はなぜ3年で辞めるのか?』などの著書で知られる城繁幸氏による論考。雇用格差の問題について幅広い論点から書かれた見事な内容で、この問題に興味ある人は必読だと思う。
個人的には、この問題に関しては以前から城氏の見方に共感していたが、この論考であらためてそれを再確認した。
以下、私の興味をひいた主な部分を抜粋して紹介してみたい。
■ 日本は「職能給」で賃下げが不可能、世界は「職務給」で賃下げも普通
<日本の人事賃金制度は、職能給と呼ばれ世界的に見ても非常に特殊なものだ。個人の能力に値札を付ける方式で、経験を積めば値段は上がるはずだから、勤続年数に比例して積み上がっていく。いわゆる年齢給だ。年齢に応じて積み上がっていくものだから、当然、下がることは想定されていない。判例でも労働条件の不利益変更には厳しい制限が付き、賃下げや降格といった処遇見直しは事実上不可能なシステムだ>。
<一方、世界標準としては職務給と呼ばれるものが一般的で、こちらは担当する仕事に値札が付く。ちょうどプロ野球選手をイメージしてもらえればいい。年齢、年功に関係なく、本人の果たせる役割に応じて柔軟に上下するシステムだ。よくヨーロッパは終身雇用だという意見もあるが、それはブルーカラーの話だ。ホワイトカラーは職務年俸制が基本だから、賃下げや降格は普通に行なわれ、人材の流動化は日本よりはるかに進んでいる>。
■ 雇用に関するリスクはすべて非正規側にしわ寄せ
<結果、現在の日本には、正社員と非正規雇用労働者のダブルスタンダードが存在する。前者には高度成長期につくられた手厚い保護がなされ、後者はそれを支えるためだけに使い捨てにされる状況なのだ。たとえば、米国経済急失速をもって、トヨタは国内2300名を超える派遣請負労働者を切り捨てている最中であるが、正社員は誰1人クビを切られず、賃下げもなされない。雇用に関するリスクはすべて非正規側にしわ寄せされるためだ>。
<それでいて過去数年間の好況時には、共に働いて得た利益のなかから労組だけにベアが回され、非正規側に回ることはなかった。しかも連合が労働分配率の話をするときには、法人企業統計ベースの話ではなく国民所得ベースで議論し、これだけ下がっているのだからもっとよこせと要求する(非正規雇用労働者もカウントできるため)。これを搾取といわずに何というのか>。
■ 対策は雇用規制見直し、労働ビッグバン以外にありえない
<対策の方向性は明らかだ。ダブルスタンダードを解消し、痛みを正社員と非正規雇用労働者のあいだで適正に分配するしかない。それには、賃下げや降格、解雇も含めた正社員の雇用規制を大幅に見直し、人材流動化を推し進める労働ビッグバン以外にはありえない>。
<「そんなに簡単に職務に値段が付けられるのか」という論者もたまにいるが、そういう人は一度、非正規雇用の現場を見てみるといい。コンビニのバイトにせよ派遣社員にせよ、こちらの世界ではとっくの昔から仕事に値札が付いている。余計な規制さえなければ、それが自然な姿なのだ。現状の問題点は、一方的な正社員保護のおかげで、非正規雇用の現場に下りていく人件費が不適切に少ないという点に尽きる>。
<また、「ただでさえ低い中小企業の処遇をさらに引き下げるのはナンセンス」という声もあるが、逆だ。日本は世界でも稀なほど企業規模によって処遇に差があるが、これは要するに大手や労組の強い企業が中小下請けに人件費コストを押し付けている結果だ。各企業内で柔軟な見直しが可能となり、職務給が一般化すれば、長期的には企業規模の格差は必ず縮小する>。
■ セーフティネットは対症療法にすぎず、格差問題の本丸とはそれを生み出す構造そのものである
<筆者はけっしてセーフティネットの強化自体を否定するわけではない。企業がそれを保証できなくなった以上、行政による整備は必須だろう。だがそれは格差問題の本質ではなく、結果であり、セーフティネットとはあくまで対症療法にすぎない。格差問題の本丸とはそれを生み出す構造そのものであり、そこにメスを入れないかぎり、けっして希望は生まれないだろう。フランス革命もロシア革命も、きっかけは日々のパンだったかもしれない。だが、理念はもっと高みに据えられていたはずだ。雇用に関する規制の存在しない米国なら、格差問題はセーフティネットを論じれば足りるだろう。だが日本の場合、その前段階であり、並行して構造改革も語らねばならないのだ>。
■ 日本は利害調整社会、いつまでたっても改革は進まない 非正規雇用労働者を代表する人間がいない
<結局のところ、唯一神との契約も市民革命も経ていない日本は、利益団体同士の利害調整社会なのだろう。だからつねに総論賛成だが各論反対、いつまでたっても改革は進まないというわけだ。現在の非正規雇用労働者の悲惨さは、与党=経団連、民主党=連合という代表者がテーブルに着くなかで、誰も彼らを代表する人間がいないという点に尽きるように思う>。
■ 正社員と非正規雇用側の連携は可能 どちらも人材流動化によってメリットを得られる
<同じ氷河期世代であっても、正社員と非正規雇用側の連携は可能だと感じている。どちらも割を食っている事実は変わらず、既得権を打ち崩す人材流動化によってメリットを得られるからだ>。
■ R・ライシュ「超資本主義による社会的な負の影響について、企業や経営者を非難する政治家や活動家に用心せよ」
<本論中、いくつかの文章に批判的なかたちで言及したが、1つだけ注目すべき論についても取り上げておきたい。『暴走する資本主義』(R・ライシュ著、東洋経済新報社)だ。著者はクリントン政権の労働長官を務めた人物で、オバマ陣営のスタッフも務める。おそらくオバマが大統領になった暁には、何らかのかたちで政権入りするであろうと予想される民主党陣営の一員だ。その彼が、グローバリゼーションによって拡大する格差問題について、非常に優れた論考を展開するのが本書である。とくに注目したい点は、ライシュ自身が民主党政治家について、時に辛辣な評価を下している点だ>。
<超資本主義への処方箋として、まず人々に注意を促すべきは、超資本主義による社会的な負の影響について、企業や経営者を非難する政治家や活動家に用心せよということである(293ページ)>。
<現在の諸問題は、資本主義がグローバリゼーションとIT化により“超資本主義”として暴走した結果であるとする。そして、それは従来の枠組みには当てはまらない新たな問題であり、一部の企業エゴや資本家のせいにして済む問題ではないと断言する。新興国から輸出された安い製品を買うのも、企業にさらなる効率化を迫るのも、われわれ自身の社会なのだ。まずはこの事実に向き合うことから、対策への第一歩はスタートするはずだ>。
■ 民主党は前原視点を生かせ
<最後に、筆者が個人的に期待している存在について述べよう。まずは民主党・前原誠司前代表だ。前原氏は代表となるや、まず連合と一定の距離をとる方針を打ち出した。労組依存体質のままでは一定の票は確保できても、真の改革は遂行できないと判断したためだ。この判断はきわめて正しい。2005年衆院選で民主が大敗したのは小泉劇場のせいでもなんでもなく、単純に民主側の自滅である。自治労をはじめとする既得権層に足を引っ張られた結果、郵政民営化、公務員改革などでろくな政策提案ができなかったため、改革を願う若年層にそっぽを向かれただけの話だ。民主がまともな政権政党に生まれ変われるかどうかは、前原視点を生かせるかどうかに懸かっている>。
以上、私の興味をひいた部分をいくつか抜粋してみたが、興味を感じたらぜひ元の論考を読んでみてほしい。
関連:
Joe's Labo(城繁幸氏のブログ)
http://www.doblog.com/weblog/myblog/17090/
関連エントリ:
雇用規制撤廃と減税で日本経済は再生する
http://mojix.org/2008/05/28/revive_japan_economy
解雇規制がなくなり、雇用流動性が増すとどうなるのか
http://mojix.org/2008/06/03/what_if_fluid_employment
セーフティネットは会社の外に置き、「身分制度」をなくせ
http://mojix.org/2008/06/14/break_employment_hierarchy