2008.06.14
セーフティネットは会社の外に置き、「身分制度」をなくせ
昨日の「雇用規制をこれ以上強めれば、日本は本当に終わる」には大きな反響があり、はてなブックマークでも200を超えるブックマークと、たくさんのコメントをいただいた。

はてなブックマーク - 雇用規制をこれ以上強めれば、日本は本当に終わる - Zopeジャンキー日記
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://mojix.org/2008/06/13/no_more_regulation

雇用に関する私の考えは、「雇用規制撤廃と減税で日本経済は再生する」から「解雇規制は「会社のセーフティネット化」だ」に至るまでの一連のエントリに書いた(各エントリや関連記事へのリンクは「解雇規制は「会社のセーフティネット化」だ」にまとめている)。昨日のエントリも、その考えをベースにしたものだった。

しかし上記の反応を見ると、昨日のエントリでもセーフティネットについての補足が欠けていたせいで、余計に反発を買っているところもあると思えた(もちろん、それ以外の論点でも異論が多いのは理解している)。

私はセーフティネット自体が不要とは思っていないので、できれば一連のエントリと「解雇規制は「会社のセーフティネット化」だ」を読んでいただくことを希望しつつ、昨日のエントリの補足を兼ねて、私の考えの要点やスタンスをまとめてみたい。

■ 規制はいつ必要なのか

規制は基本的に、市場というメカニズム(自由取引の集合体)によって自動的に問題が解決しない場合(経済学でいう「市場の失敗」)に限るべきだ。人間の権利を侵害するほど劣悪な労働条件を禁止したり、少数企業による市場独占によって公益が損なわれるのを禁止する、といったものは、規制が正当化される。

■ 解雇規制の根拠は何か

しかし解雇規制という規制は、市場の自由を守るどころか、むしろ市場の自由を損なっている。雇用の継続は、規制によって強制するのではなく、双方の合意(自由取引)によって決まるべきものだ。

解雇規制などなくても、企業はほんとうに必要な人材は手放さない。ではなぜ、「ほんとうは必要でない人材」を会社につなぎとめる、解雇規制なるものがあるのか。

解雇規制の本質は、「会社のセーフティネット化」だと私は考えている。失業者対策という行政の役割を、規制によって会社に負わせているのだ。

■ セーフティネットは会社の外にあるべき

セーフティネットは必要だが、それを解雇規制というかたちで会社に強制しているのがまずい。

現状の解雇規制は、正社員にとってはセーフティネットだろうが、これが正社員でない人には「壁」になってしまっている。これが労働需要を抑えてしまい、正規雇用と非正規雇用の断絶を生み出している。

セーフティネットを会社の外にきちんと作り、そのうえで解雇規制をなくすのがベストなのだ。

■ 日本の競争力

いまや日本は、BRICsなど新興国と競争しなければならないという現実がある。「新興国の労働者との競争」にある通り、賃金水準からいって、日本における比較的単純な労働に賃金切り下げ圧力がかかるのは当然だ。これを企業や経営者のせいにしても始まらない。

この世界の現実を受け入れつつ、日本の雇用状況を維持・改善するには、労働が生み出す付加価値を上げたり、会社レベルや国レベルでの生産効率を向上させるという、それ以外にない。

これほど切迫した状況で、解雇規制という足かせは、会社のコスト増とリスク要因になっている。これが会社の競争力を下げ、多重下請け構造や生産性の低下、産業構造の硬直化、ひいては日本経済の停滞を招いている(「IT産業を呪縛する「変われない日本」」)。

■ 「身分制度」をなくし、公平に

労働市場の観点で見ても、現状は雇用流動性が低いために、若者や女性の非正規雇用率が高いまま固定化してしまっている。非正規雇用は正規雇用に比べて待遇が悪く、スキルアップもしにくいので、これは公平性という観点でも、日本の将来性という観点でも、大いに問題がある。

良く言われるように、正社員かどうかが「身分制度」のようになってしまっている。この「壁」を作っている大きな要因が解雇規制だ。

解雇規制をなくせば、この「身分制度」が解消に向かい、能力や努力、仕事の結果そのものが報われるフェアな社会に近づく。

■ ソフトランディング戦略

解雇規制の撤廃が望ましい方向だとしても、現実的にはいきなりそこへ行くのはむずかしい、という議論は当然あるだろう。その場合、いろいろなソフトランディング戦略はあっていいと思う。

これまでの私の議論では、進むべき大まかな方向しか示しておらず、細かい論点やソフトランディング戦略についてはほとんど触れていないので、乱暴な印象を与えたところはあると思う。

楠さんの「持続可能な日本的経営へ向けて選択労働制を」は、ありうるソフトランディング戦略のひとつかもしれない。

■ 「会社」のほとんどは「中小企業」

昨日のエントリへの反応を見ていると、「会社」という言葉で、トヨタやキヤノンといった大企業を連想している人が多いような印象を受ける。しかし日本におけるほとんどの会社は「中小企業」であり、何か規制が生じたときに、そのコストや打撃を真っ先に受けるのは中小企業なのだ。

中小企業は大企業に比べて、人件費や原料費などが上がったり、金融引き締めなどが起きたとき、それを吸収する余裕が少ないので、あっというまに倒産する。

主に大企業を念頭に置いた「労働者搾取は許せない」という声が強まり、ほんとうに世論が動き、非正規雇用に対する規制ができてしまったら、その打撃を真っ先に受けるのは中小企業なのだ。大企業は海外へ逃げる余裕があっても、中小企業は潰れるだけだ。

「日本が終わってもいい」という自虐的な意見もあるようだが、日本経済がさらに悪化したとき、先に痛みを負うのは弱者である。強者は日本から脱出するだけだ。

■ 中小企業の経営者の立場は、むしろ非正規雇用の人に近い

これまで私が書いた雇用関連のエントリへの反応を見ていると、どうも私の意見は「新自由主義」、「経営者の論理」、「強者の論理」といった印象を持たれているようだ。

私は政治信条的にはリバタリアニズムに共感し、政府や規制は極小にして、自由を最大化すべきと考えているので、「新自由主義」と評されるのはそれほど間違ってはいないと思う。そして「経営者の論理」というのも、私は経営者で、経営のロジックで考えているので、間違ってはいないのだろう。しかし「強者の論理」という評価は、何か違うと感じる。

いまの私は、立場としては経営者だが、超零細企業であり、身分としてはむしろフリーランスに近い。私は大学卒業後、しばらく予備校の教師とライターをやっていたが、これも契約社員・フリーランスだった。その後3年ほど正社員の経験があるが、100人以下の中小企業だった。私は大企業では働いた経験がなく、一貫してフリーランスや中小企業だった。

上にも書いたとおり、中小企業というのはほんとうに弱い存在だ。私の経験からすると、中小企業の経営者というのは、ほとんどフリーランスに近いとすら思う。誰も守ってくれず、日々苦しみながら、自力で運命を切りひらいていくしかないからだ。

私には、中小企業の経営者が「強者」であるとはとても思えない。「強者」というのは、努力しなくても最初から身分や収入が保障されている人、階級や既得権益に守られている人のことだろう。人件費や原料費にキリキリして、いつも倒産の危機と隣り合わせの中小企業の経営者は、むしろ「弱者」だと思う。

私は「強者」というよりも「弱者」の立場から、不当な「身分制度」を解消し、階級や既得権益をなくせ、と主張しているつもりだ。

■ 「ネット世論」は力を持ちつつある

秋葉原の事件程度で、ほんとうに政治が動くとは思えない、という冷静な意見もある。私も基本的にはそう思っているのだが、「「日雇い派遣」禁止して「日雇い」はどうするの?」や「日雇い派遣「原則禁止」に反対する。」にもある通り、実際に舛添厚生労働相の見解も出てきた。この流れが強まり、非正規雇用に対する規制が出てくることは十分考えられると思う。実際に耐震偽装問題では、マスコミと大衆の突き上げから規制が強まり、官製不況を引き起こした。昨日のエントリは、その危機感から書いたものだ。

いまの日本政治では、とにかく支持を得るために、大衆にウケのいい政策を出す、という傾向があると思う。それでも、自己保身や利権拡大だけ考えているよりは、大衆の意見を聞くだけマシかもしれないが、ほんとうに日本のため、将来のためになる政策を考えるという姿勢に欠けているように思う。

政治が大衆ウケを狙えば、マスコミや大衆が動く方向へ、そのまま動くことになる。この状態では、マスコミや大衆、「世論」の責任は重大だ。

私は、現在の「ネット世論」はもう、それなりの力を持ち始めていると思う。マスコミはすでに、かなりネットを意識しはじめている。そしてマスコミが、かつてほどではないにしても、それなりに大衆を動かすことも事実だ。つまり、「ネット世論」が「世論」を動かす影響度は、着実に強まっていると思う。

fromdusktildawnさんがこう書いている

<官製不況ならぬ、ネット世論不況が起る時代か。ネットの住人が派遣労働やトヨタを叩く→企業が派遣利用を自主規制+政府が派遣規制→不況→日本オワタ\(^o^)/>

まさに「ネット世論不況」が起きかねないほど、「ネット世論」は力を持ちつつあると思うのだ。

いまのところ、私の昨日のエントリあまり共感を得られていないようだし、このエントリもますます反発を招くかもしれない。それでも、「ネット世論」においてこの問題に注目が集まり、たくさんの意見、議論が出てくることを願って、私は書くことを選んでいる。ほんとうの「強者」は、こんな反発を招きかねないことをブログに書いたりせず、もっと計算高いものだ。

関連:
雑種路線でいこう - 持続可能な日本的経営へ向けて選択労働制を
http://d.hatena.ne.jp/mkusunok/20080613/nep
A puzzler on the trail - 歴史は繰り返すのだろうか
http://d.hatena.ne.jp/kilo/20080613
Rails で行こう! - 新興国の労働者との競争
http://d.hatena.ne.jp/elm200/20080613/1213348274
池田信夫blog - 「日雇い派遣」禁止して「日雇い」はどうするの?
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/45a570dd0750a52fe80c0c775ac5c0a5
FIFTH EDITION - 日雇い派遣「原則禁止」に反対する。
http://blogpal.seesaa.net/article/100458055.html

関連エントリ:
雇用規制をこれ以上強めれば、日本は本当に終わる
http://mojix.org/2008/06/13/no_more_regulation
解雇規制は「会社のセーフティネット化」だ
http://mojix.org/2008/06/05/safety_net_in_company