2008.06.05
解雇規制は 「会社のセーフティネット化」 だ
ここ何回かにわたって書いた解雇規制・雇用流動性関連のエントリについて、ブログやブックマークを通じて、たくさんの意見をいただいた(私の目についた範囲で読んだものについては、末尾にまとめた)。

この問題について何か意見を書いている人は、「変われない日本」を変えなくてはいけない、という志(こころざし)では、きっとみんな同じだと思う。

その目的をどう達成するかという戦略・戦術や、問題点の見立てなどでは、人によってさまざま意見がある。そこの議論があるのは当然だと思う。

いろいろな意見を読んだ印象として、私のエントリに対して出された主な疑問点は、大きく以下の3つくらいにまとめられると思う。

1) 雇用流動性は必要だが、ネックは解雇規制ではなく、年功序列や新卒偏重の採用だ
2) 成果主義もうまくいっていないし、会社は社員を正しく評価できないのだから、雇用を流動化させてもうまくいかない
3) 雇用が流動化したとして、セーフティネットはどうするのか

以下、それぞれについて私の考えを補足したい。

1)の年功序列や新卒偏重の採用は、ITproの高橋記者の記事にもあったとおり、いわゆる「日本的雇用慣行」と呼ばれるものの一部だ。

私はこうした慣行も含めて、日本の会社のダメな点はいろいろあり、これが解雇規制撤廃を通じた雇用流動化により改善されると考えている。ダメな会社からは人材が流出し、企業としての競争力を失うので、そのダメさが「市場によって指摘」される。このことは、「解雇規制がなくなり、雇用流動性が増すとどうなるのか」の末尾にも書いている。

「社員よりも会社を流動させるべき」といった意見がどこかにあったが、雇用流動性という「市場化」は、社員だけでなく、会社をも流動させる。

ダメな会社・経営者は「解雇」できないから、「市場によって淘汰」するしかない。これはその会社を支える顧客や取引先、投資家、社員など、その会社にカネや労働力を供給している関係者が、その会社に関与しないことで、その会社の収益性・競争力を下げるしかない。しかし顧客・取引先・投資家などは「外側」にいるので、その会社の雇用や人事、待遇、評価といった内側のダメさには気づきにくい。だから、会社の内側がダメならば、その内側をよく知っている社員がまず出て行く必要があると思う。その行動が「会社の流動化」への第一歩なのだ。

なお、私も「雇用流動性」が達成すべき目的であって、「解雇規制をなくす」のはその有力な手段と考えているだけなので、企業に年功序列や新卒偏重といった悪習をやめさせる何かいい方法があり、それで雇用流動性が得られるのなら、それでもいいと思っている。

2)の「会社は社員を正しく評価できない」というのも、私も一般的にはその通りだと思っている。

だからこそ雇用流動化が必要だ、というのが「会社が社員をきちんと評価できていないからこそ、雇用流動性が必要なのだ」の論点だった。雇用流動性があればたくさんの求人・採用ポストができるので、自分の能力をいちばん高く評価してくれる、「いちばんマシなところ」を選ぶことができる。

社員がダメな会社から出て行きたくても、他に行くところがなければ出て行けない。「他に行くところ」をできるだけたくさん作るために、雇用流動化が必要なのだ。

ITや金融などは、他の産業に比べればそれでも雇用流動性が高いほうなので、「いちばんマシなところ」を選べる余地が比較的ある。これは、ITや金融ではスキルが客観化しやすくてポータビリティが高いので、外資が多数参入していたり、成長産業ということもあってベンチャー・新規参入企業が多い、といった要因も大きいと思う。

そして、3)がおそらく最大の問題点なのだ。これまでの私のエントリではここに触れていなかったので、疑問を持った人がいても当然だと思う。以下ではこれについて書きたい。

私は、解雇規制というのは一種の「セーフティネット」として機能していると考えている。解雇規制とは、「会社はセーフティネットになりなさい」という命令を含んでいるわけだ。

しかし、この「会社のセーフティネット化」は、主に次の2点でまずいと思う。

A) 正社員でない人に適用されない。
B) 雇用流動性を下げるので、企業の競争力を落とし、産業構造を硬直化させる。

A)は「福祉の観点」だ。解雇規制は「正社員の人」しか守らないので、いま正社員でない人には適用されない。それどころか、このために労働需要が出てこなくなるから、いま正社員でない人にとってはむしろ障害になっている。

正規雇用と非正規雇用の格差というのは、いまの日本における最大の社会問題のひとつだと思うが、雇用規制はこの問題を強化している大きな要因なのだ。

いま正社員の人、相対的には恵まれている人に対してのみ、この「セーフティネット」があるというのはどう考えても不公平だ。解雇規制によって「会社をセーフティネット化」するのではなく、解雇規制はなくし、会社の外にセーフティネットを作るべきなのだ。

セーフティネットがきちんと機能するには、失業保険や職業訓練など、それ固有の役割・専門性が求められる。このセーフティネットの機能・役割が、解雇規制によって、会社のなかに「なんとなく溶け込んでいる」のが現状だろう。これではセーフティネットとしてきちんと機能しない。

もちろんいまでも失業者対策はあるが、解雇規制をなくせば、そこをもっと充実したものにできるし、またそうする必要が生じるだろう。

B)は「産業の観点」だ。解雇規制によって会社の収益性が下がっているだけでなく、産業レべルで見ても、多重下請け構造や、古い産業から新しい産業に労働力の移動が起きにくいなどの弊害が多発している。

これによって、日本の産業全体がダメージを受けている。BRICsなどの新興国をはじめ、世界的な競争が起こっているこの時代に、この日本の停滞ぶりは致命的だ。冗談でなく、このままでは日本が沈む。

このように、「福祉の観点」「産業の観点」いずれから見ても、解雇規制は日本をダメにしていると思う。

以上、これまで数回にわたって、解雇規制や雇用流動性について書いてきたが、いったんここまでにしたいと思う。私が素人なりに考えた範囲でいろいろ書いてきたが、現時点で私が言いたかったことの要旨はほぼ大体網羅できた。

上記の3点以外にも、ヒトとモノの違い(dankogaiさん)、雇用・解雇のコストや社員が持つノウハウの問題(otsuneさん)など、さまざまな指摘があった。私の議論はかなり単純化しており、カバーできていない側面がたくさんある。こういった考えるべき論点はいろいろあるに違いない。

今後は、fromdusktildawnさんやAPIさんも言及しているデンマークの先進的な事例(雇用流動性とセーフティネットを両立している)や、労働経済学などの専門的な知見にもう少し接したあとで、考えに前進があれば、また書いてみたいと思う。

素晴らしい記事で私のエントリを採り上げてくださったITproの高橋記者や、この論点に関して私が影響を受けた池田信夫氏や楠さん、今回いろいろな意見を寄せてくださったみなさんに対して、あらためて感謝したい。

関連エントリ:
会社が社員をきちんと評価できていないからこそ、雇用流動性が必要なのだ
http://mojix.org/2008/06/04/fluidity_of_employment_for_you
解雇規制がなくなり、雇用流動性が増すとどうなるのか
http://mojix.org/2008/06/03/what_if_fluid_employment
IT産業を呪縛する 「変われない日本」
http://mojix.org/2008/06/02/kawarenai_nihon
雇用規制撤廃と減税で日本経済は再生する
http://mojix.org/2008/05/28/revive_japan_economy

関連(私のエントリへの反応を含むもので、私が読んだもの):
カレーなる辛口Javaな転職日記 - 雇用流動性と解雇規制は無関係
http://d.hatena.ne.jp/JavaBlack/20080603/p1
404 Blog Not Found - The best is not good enough for us
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51060668.html
Scott’s scribble - 価値の解らない人を集めて価値が解るようになるとは思えんのよ。
http://d.hatena.ne.jp/ymScott/20080604/1212572940
ほぼ日刊 人事マネジメント - 解雇規制を無くすと雇用流動性は増すのか
http://www.nobushiro.com/blog/2008/06/post-22bd.html

上記ページのはてなブックマーク:
はてなブックマーク - 会社が社員をきちんと評価できていないからこそ、雇用流動性が必要なのだ
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://mojix.org/2008/06/04/fluidity_of_employment_for_you
はてなブックマーク - 解雇規制がなくなり、雇用流動性が増すとどうなるのか
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://mojix.org/2008/06/03/what_if_fluid_employment
はてなブックマーク - IT産業を呪縛する 「変われない日本」
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://mojix.org/2008/06/02/kawarenai_nihon
はてなブックマーク - 雇用規制撤廃と減税で日本経済は再生する
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://mojix.org/2008/05/28/revive_japan_economy
はてなブックマーク - カレーなる辛口Javaな転職日記 - 雇用流動性と解雇規制は無関係
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/JavaBlack/20080603/p1
はてなブックマーク - 404 Blog Not Found - The best is not good enough for us
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51060668.html
はてなブックマーク - Scott’s scribble - 価値の解らない人を集めて価値が解るようになるとは思えんのよ。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/ymScott/20080604/1212572940
はてなブックマーク - ほぼ日刊 人事マネジメント - 解雇規制を無くすと雇用流動性は増すのか
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.nobushiro.com/blog/2008/06/post-22bd.html

参考:
中小企業国際化支援レポート - フランス雇用紛争の背景
http://www.smrj.go.jp/keiei/kokurepo/kaigai/backnumber/015027.html
東洋経済オンライン - 政権交代で北欧の福祉政策は変わったか
http://www.toyokeizai.net/business/international/detail/AC/7da9dbcdb60c1134bec0cf53872b0205/
野口悠紀雄の最終講義
http://www.noguchi.co.jp/else/lecture/lecture1.html
(「IT産業を呪縛する「変われない日本」」の末尾にも関連URLや書籍があります)