正規・非正規の雇用格差を強める動機を持っているのは、株主主権よりもむしろ正社員主権ではないか?
大竹文雄のブログ - 矛盾なのだろうか?
http://ohtake.cocolog-nifty.com/ohtake/2008/12/post-a191.html
<株主からの不満が出るような行動を日本企業がとっている理由には、正社員による従業員主権のモデルで解釈するのが一つの方法だろう。従業員主権の企業は、株価最大化をするのではなく、正社員一人あたり所得の最大化を目的とする>。
<株主にとってみれば、企業価値が最大になってほしいのだが、正社員従業員にとってみれば、従業員数が少ないほど得になるからだ。でも、正社員従業員にとっても、企業がある程度成長することは当然所得の増加につながる。そこで、正社員にとっての選択は、非正規従業員の増加によって企業を成長させ、非正規労働者の賃金を抑えておくことで、正社員一人あたり所得を増加させる、というものになる。おまけに、景気変動による所得変動リスクや解雇リスクも小さくすることができる。それこそ、日本の大企業と組合が選んできたことではないのだろうか>。
<好況期において非正社員比率が高すぎるという日本企業の体質が、直接的に企業の生産性低め、貧困層を増やしていくことによって間接的に日本全体の生産性を低めるということであれば、株主主権の立場であっても、正社員・非正社員の格差問題を批判することとは矛盾しないのではないだろうか>。
経済学者としての慎重さと、人格者としての礼儀正しさをもって、とてもていねいに書かれているが、ここで大竹氏が述べていることのエッセンスは、「正社員・非正社員の雇用格差を強める動機を持っているのは、株主主権の立場というよりも、むしろ正社員主権の立場ではないか?」ということだろう。株主は企業価値の最大化を望むが、正社員は自分の給料の最大化と雇用の安定を望むからだ。これは見事な指摘だと思う。
まともな株主であれば、ビジネスを長期的に継続し、利益を出しつづけてほしいと考えているはずだ。従業員を不当に搾取したり解雇したりして、一時的に数字を上げたとしても、従業員のモチベーションを下げたり、有能な人材を失ったりすれば、長期的には損失になることは明らかだ。
これは経営者についてもいえる。中小企業の場合、多くは経営者自身が株主だから、まともな経営者であれば、やはり長期的なビジネスを望んでいるはずだ。従業員を不当に苦しめてまで利益を上げようとするのは自殺行為であり、これは顧客をだましてまで儲けようとするのが自殺行為であるのと同じだ。まともな経営者であれば、従業員も顧客も満足させながらビジネスを長期的に継続していきたい、と考えているはずだ。
今回の大竹氏のエントリでは、ではなぜ日本企業では正社員主権になっているのか、についてはあまり書かれていないが、これは正社員自身が労働組合などを通じて経営に対する影響力を持っているという以上に、日本では雇用規制によって正社員が過剰に守られているという要因が大きいように思う(注)。「正社員を守る」ことが経営の制約条件になってしまっているので、経営の意思決定者(株主・経営者)も、その制約を守らざるをえない。いわば、雇用規制によって「国が正社員主権を強制している」わけだ。
会社の業績が悪くなったとき、非正規社員を先に切らなければいけないのは、株主・経営者がそうしたいからというよりも、雇用規制によってそうせざるをえないからなのだ。株主・経営者ばかりを悪者にするというありがちな見方では、何が問題を生じさせているのかを見誤り、問題を解決できないどころか、問題をいっそう強化してしまうことにもなりかねない。
注:
このテーマに詳しい人には言うまでもないが、正社員の過剰保護を問題と見なす立場では、大竹氏は第一人者とも言える経済学者である。
関連エントリ:
「雇用を守れ」という声が、日本の「労働者カースト構造」を強化している
http://mojix.org/2008/12/21/japan_workers_caste
http://ohtake.cocolog-nifty.com/ohtake/2008/12/post-a191.html
<株主からの不満が出るような行動を日本企業がとっている理由には、正社員による従業員主権のモデルで解釈するのが一つの方法だろう。従業員主権の企業は、株価最大化をするのではなく、正社員一人あたり所得の最大化を目的とする>。
<株主にとってみれば、企業価値が最大になってほしいのだが、正社員従業員にとってみれば、従業員数が少ないほど得になるからだ。でも、正社員従業員にとっても、企業がある程度成長することは当然所得の増加につながる。そこで、正社員にとっての選択は、非正規従業員の増加によって企業を成長させ、非正規労働者の賃金を抑えておくことで、正社員一人あたり所得を増加させる、というものになる。おまけに、景気変動による所得変動リスクや解雇リスクも小さくすることができる。それこそ、日本の大企業と組合が選んできたことではないのだろうか>。
<好況期において非正社員比率が高すぎるという日本企業の体質が、直接的に企業の生産性低め、貧困層を増やしていくことによって間接的に日本全体の生産性を低めるということであれば、株主主権の立場であっても、正社員・非正社員の格差問題を批判することとは矛盾しないのではないだろうか>。
経済学者としての慎重さと、人格者としての礼儀正しさをもって、とてもていねいに書かれているが、ここで大竹氏が述べていることのエッセンスは、「正社員・非正社員の雇用格差を強める動機を持っているのは、株主主権の立場というよりも、むしろ正社員主権の立場ではないか?」ということだろう。株主は企業価値の最大化を望むが、正社員は自分の給料の最大化と雇用の安定を望むからだ。これは見事な指摘だと思う。
まともな株主であれば、ビジネスを長期的に継続し、利益を出しつづけてほしいと考えているはずだ。従業員を不当に搾取したり解雇したりして、一時的に数字を上げたとしても、従業員のモチベーションを下げたり、有能な人材を失ったりすれば、長期的には損失になることは明らかだ。
これは経営者についてもいえる。中小企業の場合、多くは経営者自身が株主だから、まともな経営者であれば、やはり長期的なビジネスを望んでいるはずだ。従業員を不当に苦しめてまで利益を上げようとするのは自殺行為であり、これは顧客をだましてまで儲けようとするのが自殺行為であるのと同じだ。まともな経営者であれば、従業員も顧客も満足させながらビジネスを長期的に継続していきたい、と考えているはずだ。
今回の大竹氏のエントリでは、ではなぜ日本企業では正社員主権になっているのか、についてはあまり書かれていないが、これは正社員自身が労働組合などを通じて経営に対する影響力を持っているという以上に、日本では雇用規制によって正社員が過剰に守られているという要因が大きいように思う(注)。「正社員を守る」ことが経営の制約条件になってしまっているので、経営の意思決定者(株主・経営者)も、その制約を守らざるをえない。いわば、雇用規制によって「国が正社員主権を強制している」わけだ。
会社の業績が悪くなったとき、非正規社員を先に切らなければいけないのは、株主・経営者がそうしたいからというよりも、雇用規制によってそうせざるをえないからなのだ。株主・経営者ばかりを悪者にするというありがちな見方では、何が問題を生じさせているのかを見誤り、問題を解決できないどころか、問題をいっそう強化してしまうことにもなりかねない。
注:
このテーマに詳しい人には言うまでもないが、正社員の過剰保護を問題と見なす立場では、大竹氏は第一人者とも言える経済学者である。
関連エントリ:
「雇用を守れ」という声が、日本の「労働者カースト構造」を強化している
http://mojix.org/2008/12/21/japan_workers_caste