2010.05.31
「ネット全履歴もとに広告」総務省容認 プロバイダがネット閲覧履歴を蓄積し、広告業者に売り渡すことに「合意」する人などいない
asahi.com - 「ネット全履歴もとに広告」総務省容認 課題は流出対策(2010年5月30日4時50分)
http://www.asahi.com/business/update/0529/TKY201005290356.html

<インターネットでどんなサイトを閲覧したかがすべて記録される。初めて訪れたサイトなのに「あなたにはこんな商品がおすすめ」と宣伝される――。そんなことを可能にする技術の利用に、総務省がゴーサインを出した。ネット接続業者(プロバイダー)側で、情報を丸ごと読み取る技術を広告に使う手法だ。だが、個人の行動記録が丸裸にされて本人の思わぬ形で流出してしまう危険もある。業者は今後、流出を防ぐ指針作りに入る>。

<この技術は「ディープ・パケット・インスペクション(DPI)」。プロバイダーのコンピューター(サーバー)に専用の機械を接続し、利用者がサーバーとの間でやりとりする情報を読み取る。どんなサイトを閲覧し、何を買ったか、どんな言葉で検索をかけたかといった情報を分析し、利用者の趣味や志向に応じた広告を配信する>。

<DPIは従来技術に比べてより多くのデータを集められるため、こうした「行動ターゲティング広告」に利用すると広告効果がさらに上がると期待されている>。

<だが、情報を突き合わせれば、他人に知られたくない持病やコンプレックスなどが特定される恐れがある。技術的にはメールの盗み読みもでき、憲法が保障する「通信の秘密」の侵害にもつながりかねない。こうした点から、米国と英国では業者による利用が問題化し、いずれも実用化に至っていない>。

<新潟大の鈴木正朝教授(情報法)は「DPIは平たく言えば盗聴器。大手の業者には総務省の目が届いても、無数にある小規模業者の監視は難しい。利用者が他人に知られたくない情報が勝手に読み取られ、転売されるかもしれない。業者がうそをつくことを前提にした制度設計が必要だ」と話す>。

<作業部会に参加した一人は「総務省の事務方は積極的だったが、参加者の間では慎重論がかなり強かった。ただ、『利用者の合意があれば良いのでは』という意見に反対する法的根拠が見つからなかった」と話している>。



私は自由主義者で、基本的には規制緩和派だが、あらゆる規制に反対するわけではない。「自由を守る規制」は必要だ。「自由」は決して「無法」ではない。

個別のサイトやサービスであれば、無料で成立させるために広告を出していても当然だし、利用者もそれを承知して閲覧している。ビジネスモデルとしては、テレビやフリーペーパーと同じだ。ここでのポイントは、利用者が広告を見せられることに「合意」していることだ。

しかしこの「ネット全履歴もとに広告」の場合、通信サービスを提供するプロバイダのレベルで、利用者のネット閲覧情報をひっこ抜いて蓄積し、その履歴を広告業者に売り渡すという話である。これに利用者が「合意」することは、ほとんど考えられない。ありうるとすれば、それと引き換えにネット接続を無料にする「無料プロバイダ」といった場合くらいだろう(これは利用者が自分の個人情報を積極的に売り渡す市場取引に近い)。

スパムメールをわざわざ受け取りたいという人はいない。これは、騒音を聞かされたり、悪臭を嗅がされたりしたい、という人がいないのと同じだ。よって、スパムメールを送る「自由」とか、騒音を出す「自由」、悪臭をまき散らす「自由」といったものはないのだ。これは他人を殴ったり殺したりする「自由」がないのと同じであり、他者の自由を侵害する「自由」はない。

よって、スパムメールや騒音、悪臭といった「他者の自由を侵害する行為」を規制することは、「自由を守る」ことになる。規制緩和派の自由主義者であっても、「自由を守る」ための規制であれば賛成するだろう。

この「ネット全履歴もとに広告」というのは、スパムメールや騒音、悪臭などと同じく、それにわざわざ合意したり、それを望むという人がいない侵害行為である。これの場合、自分の閲覧履歴がつねに蓄積され、それが売買されたり、流出するリスクがあるので、スパムメールや騒音、悪臭などの迷惑行為が通常「その場かぎり」であるのに対して、むしろはるかに危険だ。

これを許せば、憲法の「通信の秘密」を侵害するといった人権・倫理面の問題だけでなく、その閲覧情報が取引・流出・悪用されることが増えて、社会秩序や市場経済の観点からもマイナスだろう。


関連エントリ:
「訪問販売お断りシール」問題 相手のいやがることをする「自由」はない
http://mojix.org/2009/12/22/houmon_okotowari