2010.09.21
百貨店「友の会」の積み立ては「高利回り」なのか?
産経ニュース - “どん底”百貨店の「友の会」が大人気 年8%超の高利回りに注目(2010.9.19 19:37)
http://sankei.jp.msn.com/economy/business/100919/biz1009191938005-n1.htm

<消費不況の苦境にあえぐ百貨店で、お得意さまを囲い込むための「友の会」の会員が、これまで縁遠かった男性や若い世代を中心に急増している。月1万円を積み立てると、1年で13万円分の商品券が受け取れるという特典が、生活防衛意識を強める消費者に見直されている。すずめの涙の超低金利が続く中、「高利回り」に注目が集まっていることも背景にあるようだ。
 高島屋の友の会「ローズサークル」では、今期前半(3~8月)の新規会員数が前年同期比38%増の約8500人と、過去10年で最高の伸びを記録。うちほぼ半分を男性が占めた。
 「創設から45年で延べ48万人が会員になったが、大半が40代以上の主婦で男性はわずか6%。こんなに男性が増えたのは初めて」と、飯島真理担当部長は驚きを隠さない。
 新規の男性会員を対象に入会理由を調べたところ、「他の金融商品と比較して決めた」と回答した人が多かったという>。

年に12万円のキャッシュが、特定の百貨店への支出に固定化されてしまって、流動性を失うわけだから、「年8%超の高利回り」とは言えない。額面だけ見れば年8%分増えているとしても、それは「特定の百貨店での買物権」だから、キャッシュより価値が低い。

商品券に替えて、金券ショップに売ればいいのでは、というのは誰でも思いつくが、商品券には替えられないそうだ。金券ショップに売ることもできないのであれば、商品券よりも流動性がなく、さらに価値が低い。

その百貨店で年に12万円以上買い物することが確定している人ならいいかもしれないが、そうでなければ、この仕組みは必ずしもトクにはならない。

記事中にもあるように、これはポイントなどと同様の「囲い込み」戦略だが、ポイントは「買ったあとにもらえる」のに対して、これは「事前に積み立てさせる」ところが異なる。積み立てなので、まるで金融商品であるかのような連想がはたらき、「年8%超」のように思えてしまうのだろう。

しかし、いったん積み立てたら、もうお金として引き出せないのであれば、これはその百貨店のポイントを買っているのと同じだろう。年に12万円のポイントを買えば、おまけで1万円分のポイントをつけますよ、というのと同じだ。いまどき、家電量販店でも10%くらいポイントがつくのは珍しくないので、年8%という「ポイント利回り」は、特に高いとも思えない。

この記事の中に、阪急百貨店では「傘下のスーパーで日常の買い物に使える」という記述があるが、この「どこで使えるか」というのが、この話の核心だろう。この囲い込みの仕組みはポイントと同じであり、ポイントは一種の「企業通貨」だと見なせば、年8%といった利回り=プレミアムを決めるのは、その「企業通貨」の強さなのだ。

「企業通貨」の強さを決めるのは、

1)どのくらい広い範囲で使えるか
2)倒産などによって、無価値になる可能性はどのくらいか

の主に2点だろう。1)はいわば「流動性」の度合いで、2)は国債や社債などと同じく、運営母体の破綻(はたん)リスクに対する評価だ。

広い範囲で使えて、倒産リスクが低いのであれば、その「企業通貨」は強いことになるので、利回り=プレミアムは低い。逆に、使える範囲が狭くて、倒産リスクが高いのであれば、利回り=プレミアムは高くなるだろう。

特定の百貨店の「友の会」に入るような人は、その百貨店や系列店でよく買い物する人、いわば「ファン」だろう。その百貨店や系列店でよく買い物している人であれば、この仕組みはトクになる可能性も十分ある。その店にしょっちゅう行っている人であれば、その店の「実力」もわかっているだろう。

ポイントによる客の囲い込みはもう当たり前になったので、この「友の会」方式も、これからもっとひろがっていくかもしれない。わざわざポイントを「先買い」するということは、通常のポイントよりもいっそう、その店に「忠誠」でなければできないだろう。店の側から見れば、自分の店に「忠誠」を誓ってくれるお客さんは、絶対に逃したくない上客であり、いちはやく囲い込んでおきたいところだろう。

今後、この「友の会」方式がひろがってくれば、その「企業通貨」の強さに応じて、いろいろな利回り=プレミアムが出てくるかもしれない。そうなれば、ポイントとの垣根もだんだんなくなってきて、ポイントがますます「企業通貨」として存在感を高めていくだろうし、国の通貨と同様に、ポイントの「強さ」「格付け」もますます注目されるようになりそうだ。

ポイントでも、倒産した場合の扱いがすでに問題になっているが、この「友の会」方式では、キャッシュによってポイントを「先買い」するので、倒産はいっそう大きな問題になるだろう。例えば、資金繰りが苦しい店にとっては、この「友の会」方式というのは、何もしなくてもキャッシュをただちに調達できる方法であり、魅力的に映るはずだ。

このように考えると、この「友の会」方式ではなぜ高い利回り=プレミアムが可能なのか、その仕組みの核心部分が理解できる。それは債券と同じように、買う側が「リスクを取っている」のだ。日本銀行が発行する日本円を、その百貨店のポイントに替えるということは、その「通貨」を発行する母体の信用力が大きく下がるわけで、それなりの「リスクを取っている」ことになる。そのリスクに対して、高い利回り=プレミアムが付与されるのだ。

こうなると、先の日本振興銀行の話と同じように、破綻時に政府が保証するかどうか、というのも問題になりそうだ。リスクが高いからこそ、そのリスクを引き受ける人が高い利回り=プレミアムを得られる、というのが本来の姿であり、「市場の掟」である。しかし、ここに政府保証がからむと、リスクを取らずに、高い利回り=プレミアムを得られることになってしまう。企業の側も、「政府保証がついているから大丈夫」という売り文句で、カネを集められることになる。つまり、この種のものに政府保証がからむと、最終的に税金で補填されるわけで、「他人のカネ(税金)でギャンブル」ができることになる。高い利回り=プレミアムという「アップサイド」だけを自分が得て、損失リスクという「ダウンサイド」を国民全員にツケ回しできることになるのだ。

銀行と百貨店では、市場や社会で果たす役割が大きく異なるので、たかだかポイントをいちいち政府が保証できるはずもない。しかし今後、「友の会」方式をやっている店が破綻する例が出てくれば、政府が保証しろという声が必ず出てくるだろう。高い利回り=プレミアムという「アップサイド」を得ていたにもかかわらず、実際に損失が確定すれば、その損失を自分で引き受けたくないので、「ダウンサイド」を国民全員にツケ回ししよう、と考える人は必ず出てくるものだ。

「政府が保証しろ」という声が国民側から上がれば、政府は仕事が増えるので、よろこんで引き受ける。するとまた規制が増え、税金が上がるのだ。この流れを作らないためには、「政府が保証しろ」という声が上がってきた時点で、「それはナンセンスだ。そのリスクのプレミアムをあなたはすでに得ているのだから、あなたの責任だ」というふうに、世論レベルで説得できなければならない。この説得ができないと、規制が増え、税金が上がり、誰かが儲けた分を、わたしたち全員が払わされることになる。


関連エントリ:
企業が通貨を発行する時代 通貨という「プラットフォーム」
http://mojix.org/2010/01/04/company_money
なぜ日本ではブラック会社が淘汰されないのか 日本は雇用の流動性が低いから、労働者の価値が低い
http://mojix.org/2009/07/09/why_black_company