2009.07.09
なぜ日本ではブラック会社が淘汰されないのか 日本は雇用の流動性が低いから、労働者の価値が低い
ニートの海外就職日記 - ブラック会社が淘汰されない仕組み。
http://kusoshigoto.blog121.fc2.com/blog-entry-270.html

「ブラック会社がダメだ」という問題意識自体が正しいことは、疑問の余地がないだろう。しかし、それを生み出す原因(構造)が何なのか、それをどう解決すべきなのか、という点に関しては、よくある間違った見方がコメント欄にたくさん出ていて、危ういものを感じた。日本の雇用問題を理解するのにいい題材だと思うので、このブログでは何度も書いている話だが、あらためてコメントしてみたい。

<ただ、ブラック会社が今日もノウノウと図太く生き延びてる原因は日本人の仕事観、性格と言った部分に因るところも大きいと思う。以前も書いたけど、もし海外で連日終電帰宅、休日出勤当たり前、有給何それ?みたいなクソ会社があるとすれば、間違いなく淘汰される。ってのは、何も知らない人が間違って入社したとしても、すぐにヤメて誰も残らないから。理不尽だらけのクソ労働環境で我慢して働き続ける人などいないし、社会的にも法律的にもそんなクソ会社の存在が許される訳がない>。

もし海外にブラック会社があったとすれば、「何も知らない人が間違って入社したとしても、すぐにヤメて誰も残らない」と書かれている。これが正しいとして話を進めよう。ではなぜ、日本人はブラック会社を辞めないのか?

1) 日本人はガマン強いので、辞めない。
2) ほんとうは辞めたいが、転職が難しい。

主にこの2つだろう。

1)は、日本人の性格や傾向に原因を帰するものだ。もちろんこの側面はあると思うが、仮にこれが真の原因だった場合、こういう国民性みたいなものは、そう簡単に治すことはできないだろう。私はこの側面ももちろん小さくないと思うが、この方向で議論を進めても「精神論」にしかならないので、あまり具体的な解決に向かわないと思う。

2)は、「なかなかふんぎりがつかない」という個人の気持ちに属する部分、精神論的な側面もゼロではないが、ほぼ社会や制度の問題として論じることができる。要するに、労働が固定化してしまっており、雇用が流動化していないのだ。これは、なぜ雇用が流動化していないのかを究明し、その原因を取り除けばいいので、きわめて具体的な解決が可能だ。

雇用の流動性とは、かんたんにいえば「転職のしやすさ」だ。雇用が流動的な状態とは、転職しやすいことであり、雇用が流動的でない状態とは、転職しにくい状態だ。

日本はなぜ雇用が流動的でなく、「転職しにくい」状態なのか。これは職を生み出す側、求人する側である企業の立場で考えると、すぐにわかる。その理由は、

1)人は欲しいが、お金がない。
2)人が欲しくて、お金もあるが、採用失敗時のリスクが高すぎるので、採用しない。

の主に2つだ。

1)の理由はいろいろありうるが、「給料に見合った働きをしていない社員がいて、そのコストがかさんでいる」というのも、その理由のひとつになりうる。これが解決できない理由は、日本では解雇規制によって、会社側からの解雇が厳しく制限されているからだ。

2)の理由は、これはほぼ完全に解雇規制である。採用に失敗すれば、「給料に見合った働きをしていない社員がいて、そのコストがかさんでいる」という状態になるのが見えているので、採用しないわけだ。

けっきょく、1)の理由のひとつ、そして2)の理由がほぼ全て、解雇規制なのだ。つまり、企業が求人を渋る理由の大部分が、解雇規制なのである。これは経営者であればたいてい、その実感を持っているものと思う(普通は私のように公言したりせず、本音を胸にしまっている)。

こうして見ると、雇用が流動的でなく、「転職しにくい」という日本の状況を作り出している原因は、そのかなりの部分が解雇規制であることがわかる。よって解雇規制をなくせば、企業は大きく求人を増やすのだ。

解雇規制をなくせば、企業はジャンジャン首切りをはじめるのでは?と怖れる人がいるが、それこそ経営の立場をわかっていない人の発想だ。解雇規制がなくなれば、採用にともなうリスクが大きく軽減されるので、企業は首切りをやる以上に、より多く採用するのだ。それも、これまでは採用をためらったような「属性弱者」(女性、高齢者、低学歴者、未経験者など)も、見込みがありそうだと思ったら気軽に採用できるようになるので、「機会の公平さ」も増すのだ。

こうして、解雇規制をなくして雇用流動性を上げれば、出回る求人の量も大きく増えるので、「転職しやすく」なる。

こうなれば、もはやブラック会社も生き残れなくなる。<何も知らない人が間違って入社したとしても、すぐにヤメて誰も残らない>からだ。

解雇規制は、ブラック会社だけでなく、正規・非正規の雇用格差、ロスジェネ、ポスドクや高学歴ワーキングプア問題、多重下請け構造など、日本の雇用と産業に多数の問題を生み出している。これによって労働者のモチベーション、インセンティブが損なわれ、個人と企業の生産性も低下し、日本経済が沈滞させられている。

ブラック会社をなくすために、行政的な監視を強化しようという方向は現実的ではなく、コストも増えてしまう(税金が上がる)。ましてや法規制を強化してしまう方向は、逆効果になりかねない(規制が強くなれば、ますます雇用は減り、流動性も下がる)。そのような「規制的解決」ではなく、むしろ解雇規制をなくして雇用流動性を上げ、ダメな会社はすぐに「脱出」できるようにする、という「市場的解決」が望ましい。市場をきちんと機能させれば、ブラック会社は労働力を調達できなくなり、自然に消滅する。

会計に詳しい人や、投資をやっている人は、「流動性」が資産価値に直結していることをよく理解している。資産の「流動性」とは、その資産がどれくらいスムーズに市場で換金できるかという度合だ。いつでも手放せるからこそ、その資産を買おうという気になり、安心して持っていられるわけだ。

労働者を資産だと見なせば、日本は雇用の「流動性」が低いから、労働者の価値が低い、ということがよく理解できる。日本の会社は、いったん労働者を雇うとなかなか手放せない、という流動性リスクを負っている。だから逆にいえば、流動性の低さを利用して、労働者を安く調達し、安い給料や悪い待遇で働かせつづけることができるし、またそうしないと割に合わない面がある。このために、労使の対立構造もできやすくなり、「経営者が悪い」という経営者ワルモノ論が幅を利かせやすくなるわけだ。しかし真の原因は流動性の低さにあり、それを生んでいるのは解雇規制という国の制度なのである。

解雇規制がなくなり、雇用の流動性が上がれば、労働者という「資産」の価値が上がる。つまり会社は、いつでも解雇できるようになるかわりに、より高い給料、より良い待遇でなければ、社員を採用し、働かせ続けることができなくなる。労働者から見て、職を選ぶ余地が大きく増すのだから、これは当然のことだ。

結局のところ、ブラック会社や「社畜」、過酷な労働環境といったものが日本で生まれやすいのは、解雇規制という「保護」と引き換えの「コスト」なのだ。つまり解雇規制とは「保護」であると同時に、「牢獄」でもある。


関連エントリ:
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