2009.01.30
終身雇用は採用時の属性差別を強める
企業に終身雇用を強制するいまの日本型システムは、企業の労働需要を減らして雇用流動性を下げているだけでなく、企業が社員を採用する基準においても、職歴・学歴・男女・年齢といった属性による差別を強めている。

山岸俊男安心社会から信頼社会へ』(中公新書)の第6章「開かれた社会と社会的知性」に、このことのわかりやすい説明がある。

<日本における男女の雇用差別の根強さは、たとえばアメリカ社会に比べての人材採用に伴う不確実性の大きさに、少なくとも原因の大半があると考えられます。というのは、終身雇用制のもとでは人材の採用に際してきわめて大きな不確実性が存在しているからです。終身雇用制のもとではよほどのことがないかぎり、たんに能力が低いというだけで首を切られることはありません。ということは、経営者の側から言えば、いったん無能な人間を雇ってしまえば定年になるまで無駄金を支払いつづけなくてはならないことを意味します。これに対して、無能であることがわかればただちに首を切ることができる社会では、質の低い人材を採用した結果生まれる損害を最小限にとどめることができます。
 つまり終身雇用制が与える継続的な雇用の保証は、一方では労使間の取引き費用の節約につながりますが、もう一方では経営者にとって巨大な機会費用を生み出します。そしてこの機会費用を少なくするためには、人材の採用決定の際に統計的情報を使う必要があります。つまり、終身雇用制が生み出す機会費用の増大が、雇用に際しての統計的差別の必要性を大きくしているわけです。逆に、アメリカのように比較的容易に首切りが行われる雇用形態のもとでは、さまざまな可能性のある多様な人材を採用し、そのうちで有能であることが明らかとなった人間だけを残して後は解雇するというやり方のほうが、最初からなるべく無能な人間を採用する可能性を少なくするために統計的差別を行う日本的なやり方よりも有利です>。

日本では企業が終身雇用を強制されてしまっているので、採用を失敗すれば、その社員の定年まで莫大なコストを背負うことになる。「失敗が許されない」わけだ。だから、採用において職歴・学歴・男女・年齢といった属性による差別、「統計的差別」が強まってしまう。

これにより、職歴・学歴・男女・年齢といった属性で不利な人は、どんなに有能であっても、採用されにくくなる。

昨日のエントリでも書いたように、解雇規制は一見「弱者保護」に見えるのだが、実際はそれが格差を強め、むしろ弱者に厳しい、「失敗を許さない」制度設計になってしまっているのだ。

山岸俊男安心社会から信頼社会へ』は、日本のさまざまな問題が、日本人の「心の問題」ではなく、日本の「社会のしくみ」から来ており、それに対して皆が「適応行動」することから生じている、ということを教えてくれる本だ。

雇用規制に限らず、日本では弱者保護とか、文化を守るとかの名のもとに、さまざまな規制がかけられている。それは、個人や企業の行動に直接的に制約を加えるだけでなく、上記の差別的採用の例を見てもわかるように、それに対する生き残り戦略としての「適応行動」を連鎖的に生み出す。規制からこの適応行動が出てくるのはほぼ必然だから、その適応行動までが「社会のしくみ」に近いものになっていく(例:「労働者カースト構造」)。日本人はこのなかで暮らしていくうちに、それに疑問を持たず、それを当然のものと受け入れるようになり、価値観・考え方として固定化されるに至るのだ。


関連エントリ:
解雇規制という「間違った正義」
http://mojix.org/2009/01/20/kaikokisei_wrong_justice
私は属性を信じない 私が信じるのは固有名詞だ
http://mojix.org/2005/12/30/231105