2009.01.20
解雇規制という「間違った正義」
池田信夫blog - 正社員はなぜ保護されるのか
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/6f25d91562dde99852b461cf6e7f7179

<雇用問題は身近で切実なので、アクセスもコメントも多い。経済誌の記者はみんな「池田さんの話は経営者の意見と同じだが、彼らは絶対に公の場で『解雇規制を撤廃しろ』とはいわない」という。そういうことを公言したのは城繁幸氏辻広雅文氏と私ぐらいだろうが、辻広氏のコラムにも猛烈な抗議があったという>。

<解雇規制が労働市場を硬直化させて格差を生んでいることは、OECDもいうように経済学の常識だが、それを変えることが政治的に困難なのも常識だ。これは日本だけではなく、フランスのようにわずかな規制緩和でも暴動が起きてしまう。人々は「雇用コストが下がれば雇用が増える」という論理ではなく「労働者をクビにするのはかわいそうだ」という感情で動くからだ>。

特に経済学に詳しくなくても、経営者であれば、解雇規制があるために正社員の雇用が抑えられている、ということはわかっている。正社員の賃下げ・解雇が困難なために、正社員を採りたくても採れないという「経営の現実」があるからだ。

しかし経営者の立場で「解雇規制をなくせ」と公言してしまうと、「解雇規制のおかげでクビを切れないが、本当はクビを切りたいのです」と言うようなものだから、公言できないのだ。

現状では、<解雇規制が労働市場を硬直化させて格差を生んでいる>という認識が広まっておらず、経営者が「解雇規制をなくせ」と言うと、「経営者がもっと儲けて、労働者をもっと搾取したいからだろう」と思われてしまいやすい。

この問題については、経営者は経済学者と同様、「問題がよく見える」立場にいるので、問題意識を持ちやすい。その問題は「日本の問題」であって、決して自分だけが儲けようというのではなく、これを解決すれば、日本全体がトクをする。それなのに、「経営者だけがトクをして、労働者はソンをするのだろう」と思われてしまっている。問題が解決できないだけでなく、問題の構造・原因についての一般認識が間違っていて、正しい解決策が反発を食らってしまう状況だ。

私は経営者にもかかわらず、この解雇規制の問題について何度も書いているが、これはそれなりに勇気がいるのだ(笑)

私は経営者としても、人間としても、できるだけ率直でありたいと思っている。そして、私が従業員の立場で、どこかの会社に勤めるのだとしても、その会社の経営者にはできるだけ率直であってほしいと思う。

もし私が従業員の立場だったとして、「あなたを絶対にクビにはしません。一生雇用します。給料も下げません」という会社があったとしたら、はっきりいって不気味だと思う。

その会社では、ろくに働かない上司や同僚がいたとしても、クビにされないわけだから、その分みんなの給料も抑えられているだろうし、職場の士気も下がる。そんな会社で働きたいだろうか?

反対に、自分のほうが能力がなくて、会社に貢献している以上に給料をもらえるのだとして、それがうれしいだろうか? 私だったら、そんなみじめな状態には耐えられない。安い給料でも、ちゃんと貢献度に見合った額をもらえれば十分だ。そもそも、自分が余計にもらうのだとすれば、それは他の人の犠牲のもとに成り立っているわけだから、それは「恵んでもらっている」のと同じだ。

私なら、「あなたをクビにはしません、一生雇用します」などという会社は不気味であり、公正さや士気を欠いた不条理な職場であることは間違いないと感じる。むしろ「あなたの貢献に見合った給料を払います。あなたとうまくやっていけなくなったり、会社が傾いて給料を払えなくなったら、辞めてもらいます」と言う会社のほうがマトモであり、むしろ信用できると感じる。

しかしいまの日本では、解雇規制によって、すべての会社が「あなたをクビにはしません、一生雇用します」というのを強制させられているようなものだ。だから、雇用も出てこないし、公正さも失われ、士気も失われ、非正規雇用が増え、会社の成長も失われ、日本経済も沈む。誰もハッピーにならないのだ。

ここでは、保護されている正社員すら、ハッピーではない。雇用流動性が低くて他に職がないので、どんなに今の仕事がイヤでも、給料が安くても、辞められないのだ。「ワーキングプア」がまさにこれだろう。

解雇規制のために、市場の機能が失われ、すべてが悪循環に陥っている。これをなくせば、市場が機能しはじめ、すべてが逆に回り始めて、正規雇用が増え、非正規雇用は減り、公正さが増し、労働意欲も増し、会社も成長し、日本経済も復活できる。直接雇用が増せば、外注する意味も減るので、多重下請け構造なども解消に向かうだろう。

解雇規制をなくせと書くと、「そんなことをしたら、会社は正社員をみんなクビにして、派遣やバイトだけにしてしまう」といった反応がよくある。これはおそらく、社会経験が少ないか、正社員の業務をあまり知らない人の意見だと思うが、こんなことはまずありえない。社長以外全員、派遣やバイトだけで会社が回るような業種であればそれもありうるかもしれないが、大部分の会社では、そんなことは不可能だろう。仮にそれが可能で、待遇が悪すぎる会社があったとしても、雇用流動性が高まれば、社員がみな流出するまでだ。雇用流動性は、ダメな会社からの「脱出」を可能にしてくれる。

経営者であればわかっていることだが、企業というのは、とにかく賃金を安くしたいのではなくて、高い賃金を払っても、それ以上に価値を生んでくれれば何の問題もない。たくさん価値を生み出せる人が安い賃金で働くはずがないので、賃金をケチれば、能力の高い人は当然来てくれない。能力の高い人には、企業はよろこんで高い賃金を出すのだ。

つまり、「正社員をみんなクビにして、派遣やバイトだけにしてしまう」ようなリストラをすれば、能力の高い人も捨ててしまうことになる。企業はそんなふうには考えない。

会社から見れば、払っている給料以上に貢献してくれている人については、解雇規制がなくなっても、賃下げ・解雇をする理由がまったくないのだ。むしろ、雇用流動性が上がり、その人たちが流出する可能性が上がるので、さらに待遇を良くする必要がある。

だから、解雇規制がなくなったときに賃下げ・解雇されるのは、現状で給料に見合った貢献をしていないと見なされる人だけだ。その人たちにしても、多かれ少なかれ職場への不満はあるだろうし、給料が安くなってもいいからもっとやりがいのある仕事をしたいと思っているかもしれない。つまり、絶対的な能力不足ではなく、単に会社とミスマッチである場合もかなりあるはずだ。それでも、現状では雇用流動性が低いために転職が難しく、いまの会社にしがみついてしまうわけだ。

けっきょく、解雇規制のおかげで雇用流動性が抑えられているために、労働市場がまともに機能していない。市場という自由な流れの中に、解雇規制という制約条件を課すだけで、流れは大きく停滞し、世代間格差、正規・非正規の雇用格差、ロスジェネといった「よどみ」、不公平があちこちに生まれてしまったのだ。この市場停滞によって労働者・企業の生産性も下がるので、日本経済全体も沈んでいく。

解雇規制が「間違った正義」であり、いわば「日本経済のガン」であることに、日本人は早く気づくべきだ。この鎧(よろい)から解放されれば、雇用も出てきて、格差も減り、労働者の意欲はむしろ増して、日本経済は活力を取りもどせる。

公平さや生産性といった観点だけでなく、現状では市場的なマッチングの不足によって、たくさんの「才能」が発揮される機会を見つけられないまま、どんどん失われてしまっているのも悲しい。


関連エントリ:
タッド・バッジ 「終身雇用は、企業を、従業員をダメにしていく」
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