2011.01.30
「自由なネット」が中東の親米独裁政権を弱体化 いま大変なことが起こりつつある
WIRED VISION - 「自由なネット」で親米政権が弱体化:米国の矛盾(2011年1月29日)
http://wiredvision.jp/news/201101/2011012922.html



<オバマ大統領は1月27日(米国時間)、インターネットへのアクセスは「普遍的な」価値であり言論の自由に並ぶ権利だと断言し、エジプトのムバラク大統領にインターネット遮断をやめるように要求した。しかしながらオバマ政権は、ムバラク大統領への支持は撤回していない(ムバラク政権は、米国からの軍事援助として年間13億ドルを受けとっている)。そしてソーシャル・ネットワークは、中東で有数の親米政権の弱体化を後押している>。

<「インターネットの自由」というアジェンダは、米国の中東戦略の醜悪な1つの柱である「独裁政権の支援」を弱らせた。一方で米国は、独裁者に取って代わる可能性がある「不満を持つ多数の人々」を支援する用意があるのだろうか>。

<オバマ大統領はエジプト大統領に対し、国民にネットを使わせるよう、簡単に要求しているが、エジプトでデモを行なう人たちは、米国が「完全に手を引く」ことを求める可能性がある。ある抗議者がAl-Jazeera放送に語ったように、「米国はムバラクへの援助を直ちに中止し、中東のすべての基地から引き上げ、イスラエル支援を停止しろ」と言うかもしれないのだ>。

<抗議運動は、チュニジアに始まり今回はエジプトで、そしてヨルダンやイエメンにも広がっている。米国はイエメンで、同国の独裁者Ali Abdullah Saleh(アリー・アブドゥッラー・サーレハ)大統領の支援を得て、アルカイダと闘っている。「サーレハ政権が倒れたら、米国は対テロ戦争でのパートナーを失う。チュニジアのベンアリ政権やエジプトのムバラク政権も同様だ」と、ジョージ・ワシントン大学の政治学者Marc Lynch氏は指摘する>。

これは素晴らしい記事。いま中東で起きていることの「意味」を、アメリカを軸にして、やや踏み込んで書いている。日本の大手メディアでは、なかなか読めない切り口だろう。

「自由」の国であるアメリカが、「自由なネット」が引き金をひいた中東の民主化運動によって、矛盾をつきつけられているという構図だ。独裁政権への支援はこれまで、「テロとの戦い」のために正当化されてきた。この「必要悪」に、アメリカはどう落とし前をつけるのか。これは難問だろう。

そして、このWIRED VISIONの記事よりもさらに深く切り込んでいるのが、Chikirinさんである。

Chikirinの日記 - アラブの政変で負けようとしているのは誰なのか?
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20110129

<あちこちで大変なことが起こりつつあると感じます。すごいことが起ってる>。

<まずは現在進行形のエジプト。ここのところ連日、数万人規模の反政府デモが起き、警察隊が催涙弾などで鎮圧にかかっています。デモ隊は30年近い独裁体制をひいてきたムバラク大統領(なんと82歳!)の退陣を求めてます。
 大変なことが起っている、というのは、このデモの背景に、インターネット、そしてネット上のサービスであるツイッターとフェースブックが大きな役割を果たしているからです。
 大規模デモはツイッターやフェースブックを通じて呼びかけられたもので、真偽のほどはわからないけど、エジプトでは現在インターネットへの接続が停止されたとの噂も流れています>。

<インターネットで、アラブ諸国に民主化革命が起りつつあるのです。アラブの盟主とも言える大国エジプトで政変が成功すれば、89年から90年にかけて起ったベルリンの壁崩壊、そしてソビエト連邦の消滅にも匹敵する、パラダイム変革といえるでしょう>。

<さて今、インターネットを活用したアラブでの反政府運動で、“倒されようとしている”のは誰でしょう?
 ムバラク大統領やベンアリ前大統領などの独裁者でしょうか?
 ちきりんは違うと思っています>。

<これらの独裁者が、民主的な手続き(選挙など)も踏まず、数十年も政権を維持できたのはなぜでしょう?それは欧米が彼らを後押ししてきたからです。そして、欧米が彼らをバックアップしてきたのは、彼らが欧米に従順な政権であったからです。
 欧米は、その現地政権が自分達に従順である限り、たとえ民主的でなくても、宗教的でさえあり独裁的であっても、彼らを支援してきました。反対に自分達に従順でない政権にたいしては、遠慮無く反政府勢力を支援して政情を不安定化させ、もしくは、直接的に爆弾を落として独裁政権を倒してきたのです>。

<ムバラク大統領など親欧米政権は、「イスラエルに刃向かわない」「欧米と敵対するイラクやイランと仲良くしない」などの欧米からの要請をすべてのみ、素直に従ってきました。イラクやイランを攻撃するための米軍の駐留さえ許してきました。だから欧米は、この独裁政権を支持してきていたのです。
 一言で言えば、ムバラク政権を支持していたのは、エジプト国民ではなく“アメリカの政権”でした。今、デモによって打ち砕かれようとしているのは、その“米国政府の意思”なのです>。

ここまではほぼ、上のWIRED VISIONの記事と似た論旨だろう。しかしChikirinさんはさらに、中国にも言及している。

<さて、今回の動きを世界で最も深刻に見守っているのは間違いなく中国でしょう。彼らがYoutubeからFacebookまで幅広くネットのサービスを禁止・抑制しているのは、まさにこういったネットワークにそういう力が備わっていることを理解しているからです。
 そういう意味では脇の甘いアラブ諸国とは警戒感が違います。さすが天安門事件の経験者。しかし、今回の騒動をみるかぎり、中国も安泰とはいえません。海外在住(経験)の中国人も急増している中、いつまでこんなことが続けられるのでしょう>。

<国が国民のネット接続を広範に規制し、見られる情報を国家の都合のいいように限定している・・・そんな国が、そんな体制が、本当にまだ10年も20年も維持できるものなのでしょうか?
 中国は、経済発展をテコに民主化勢力を押さえ込んできました。毎年、生活は豊かになるのだから、民主化はちょっと待ってくれ、ということでした。
 しかし一旦何かが起れば、人口も都市部の知識層の数も半端ではない中国でも、極めて短期間の間に政権転覆が起るかもしれません>。

<万が一、一時的にでも中国のあちこちで無政府状態が発生したら、日本企業、日本への影響は恐るべきモノとなるでしょう。そこに進出している多くの日本企業はどうなるの?、中国に住む日本人の安否や財産は?毎日毎日、輸出・輸入されている大量の物資は滞りなく流れるでしょうか?、中国から人が押し寄せる可能性は?>

あくまでも「万が一」の話としてではあるが、それでもここまで踏み込んで書くことは、勇気がいるだろう。「おちゃらけ」と言いつつ、こういう核心をズバズバ書いてしまうのがChikirinさんのすごいところだ。

中国がすぐにどうにかなるとはちょっと思えないが、少なくとも中国政府の上層部が、今回の動きを注視していることは間違いない。民主化デモのニュースをいちばん熱心に見ているのは、民主化されていない国のトップだろう。

なんにせよ、今回の動きはおそらく、中東にとどまらないだろうと私も思う。<あちこちで大変なことが起こりつつあると感じます。すごいことが起ってる>。まったく同感だ。


関連:
WIRED VISION - チュニジア革命:WikileaksとSNSと4ちゃんの影響(2011年1月18日)
http://wiredvision.jp/news/201101/2011011820.html