2011.04.08
製造業は「ジャスト・イン・タイム」から「ジャスト・イン・ケース」へ
JBpress - 日本と世界の供給網:壊れた鎖(2011.04.05)
(英エコノミスト誌 2011年4月2日号)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/5791

<2010年に噴火したアイスランドの火山は、その火山灰で欧州全土の航空輸送を混乱に陥れた。世界の製造業のサプライチェーンは、部品の在庫を抑える「ジャスト・イン・タイム」供給時代の到来以降では初めてとなる大きな試練を受けた。
 そして今、日本を襲った四重の災害――地震、津波、原発事故、電力不足――が、火山よりもはるかに大きな圧力をサプライチェーンに加えている。大地震から3週間経っても、混乱が及ぶ範囲や、収束までにかかる時間の見通しは、いまだはっきりしない。
 現在、世界の製造業者が受けている衝撃と、2008年の金融危機で銀行システムを打ちのめした衝撃には、いくつかの興味深い共通点がある>。

<一部の金融機関が「大きすぎて潰せない」ことが分かったのと同じく、一部の日本のサプライヤーも、「重要すぎて、なくてはならない」ことが明らかになっている。
 例えば、三菱ガス化学と日立化成工業の2社は、スマートフォンなどの機器のマイクロチップ部品を接合する特殊樹脂の分野で、市場の約90%を支配している。どちらの会社の工場も、震災の被害を受けた>。

製造業で使う部品・素材を提供している日本のサプライヤーが被災したため、日本の部品を必要とする世界の製造業に影響が出ている、というEconomistの記事。

2008年の金融危機と類似している、との指摘はおもしろい。

<いずれのケースでもとりわけ驚かされたのが、危機によって思いがけない関連性が明らかになったことと、その影響が広い範囲に及んだことの2つだった。どちらのケースも、当初はシステムの限られた部分――金融の場合はサブプライムローン、製造の場合は経済の中心地から外れた場所で生じた自然災害――で始まったかと思われた問題が、瞬く間に広範囲に広がった>。

<銀行が流動性の突然の「蒸発」を経験したように、工場は今、これまで確実に届いていた部品が入ってこないという事態に直面している>。

<金融規制当局が「シャドーバンキング(影の銀行)」システムと難解なデリバティブ取引について自らがいかに無知だったかを思い知ったように、メーカー各社は、サプライヤーに納めるサプライヤー、そしてさらにサプライチェーンの下位にある企業について、ほとんど把握していなかったことを痛感している>。

<リーマン・ブラザーズの破綻後、同社が単なる1つの金融機関ではなく、多くの事業体が絡み合って成り立っていることが明らかになり、他の銀行は、自らが負うリスク資産へのエクスポージャーの大きさを把握するのに四苦八苦した。部品から製品を組み立てるメーカーは今、自分たちのサプライチェーンも同様であることに気づき始めている>。

サプライチェーンにひっかけた「壊れた鎖」という記事のタイトルもうまいが、記事中にも「ジャスト・イン・タイム」から「ジャスト・イン・ケース」へ、というキャッチーな言い回しがある。

<ここ10年ほどの間に、在庫を少なく抑えるためにギリギリのタイミングで部品を納入してもらうジャスト・イン・タイムの概念が世界の製造サプライチェーンの隅々まで広がっていった。
 HSBCのエコノミストらは、今後、こうしたサプライチェーンは、生産中断による損害を最小限に抑えるために、「ジャスト・イン・ケース(万一の備え)」システムによって補強されるかもしれないと話している>。

これまでは「ムダ」をなくす効率性でつき進んできた製造業だが、代替手段や在庫のバッファがない場合、今回のような供給停止が起きると、システム全体が止まってしまう。危機に対応して生き残るには、代替手段や在庫のバッファもやはり必要だ、という考え方への転換が起きつつあるのだろう。

これはITでいえば、「単一障害点(Single Point of Failure)」をなくして「多重化」するという話に近いかもしれない。ITであれば、複製がわりと容易で安価なので、これは比較的やりやすい。しかし、製造業ではそうはいかないだろう。

これで、製造業はさらに割高なものになりそうだ。だとすれば、物質(ハードウェア)の製造が減り、情報(ソフトウェア)の製造が増える、という流れがさらに強まるかもしれない。


関連エントリ:
競争によるリスク分散
http://mojix.org/2011/03/22/kyousou-risk-bunsan