大阪維新の会「維新八策」 大半に賛同するが、資産課税には賛同できない
大阪維新の会による「維新八策」最終案は、じつに多岐にわたる内容で、扱うテーマが幅広い。昨日書いたように、全体としてはすばらしい内容で、その大半は賛同できるものだ。しかし一部、賛同できないものもある。これから何回かにわけて、この「維新八策」についての私の考えを書いてみたい。
今日はまず、賛同できない点の筆頭ともいえる「資産課税」を採り上げたい。私は資産課税には基本的に反対である。
資産課税というのは、所得や収入でなく、持っている資産に対する課税である。いまの日本で言えば、不動産にかかる固定資産税が代表的だろう。その他にも、資産を家族に移す際にかかる相続税、贈与税なども資産課税に分類される。
維新八策でいう「資産課税」が、固定資産税、相続税、贈与税といった従来のものを指すのであれば、税率を大きく上げるといったことがない限り、それほど問題にはならないかもしれない。しかし、維新八策では「資産課税」を強調しているようにも見えるので、従来のものだけを指すとは考えにくい。もし、銀行預金にも課税するといった意図があるのであれば、これは大きな問題になる。
維新八策で資産課税という話が出てきている理由は、主に2つだろう。
1)富裕層や高齢者が資産を溜め込むと、経済が活性化しない。
2)所得課税や消費課税だけでは財源が足りない。
これらの動機自体はわからなくもないが、では資産課税によってそれが解決するのだろうか。
維新八策には、「フロー」「ストック」という言葉がところどころにある。「フロー」とは、収入や所得、売上など、お金の動きや出入りを指し、「ストック」は銀行預金や株、不動産など、その時点での資産全体を指す。会社の財務で言えば、「フロー」は損益計算書(P/L)で、「ストック」は貸借対照表(バランスシート)(B/S)である。
日本は高齢化が進んでいるが、すでに引退した老人は、一般に「フロー」が少ない。いっぽう「ストック」のほうは、すべての老人が金持ちではないにしても、日本の金融資産は大部分が高齢者に偏っている。よって、「フロー」に対する課税だけでは世の中にお金が流れず、財源も不足するので、「ストック」にも課税しよう、というのが資産課税の動機だろう。
しかし、資産課税にはいろいろ問題がある。まず、「ストック」というのは天から降ってこないので、必ず「フロー」を経ている。例えば、毎月10万円をコツコツ貯金して、10年近くかかって1000万円貯めたとする。この1000万円に課税しようというのが資産課税だ。毎月の給料からも、各種の税金や社会保険、年金などが当然引かれている。それでもがんばって10万円ずつ貯めたのに、その1000万円にも課税すると言われたら、どういう気持ちがするだろうか。「ふざけるな」と思うだろう。フローの時点で課税されているのに、さらにストックでも課税するのは、いわゆる「二重課税」である。
高齢者の立場で考えてみよう。若いときはたいへんな苦労をして、貧乏に耐えてきたが、いまはようやく、あくせくしないで済むだけの資産ができた。しかしそれでも、大きな病気をしたり、施設に入ったりすれば、大金が必要になる。日本の経済もあまり見通しがよくないし、資産はいくらあっても安心できない。にもかかわらず、その資産に課税すると言われたら、どういう気持ちがするだろうか。「ふざけるな」と思うだろう。そのつど税金を払いながら、人生をかけて作ってきた資産である。その資産に、いまから税金をかけるというのは、人生をむしり取るようなものだろう。
富裕層や資産家は、資産課税にはとりわけ敏感である。政府が少しでも資産課税を強化するきざしを見せたら、あらゆる方法を使って、それを回避しようとする。資産を国外に移したり、みずから国外に移住することもある。これに対して、「そんな奴らは日本から出て行ってもらって結構」と思う人もいるだろう。感情的にはわからなくもないが、「金持ちは出て行け」を実際にやると、日本はどうなるだろうか。富裕層や資産家は、ビジネスをやっている人が多いし、消費も大きい(ドケチな人もいるが)。つまり、富裕層や資産家は「ストック」を持っているだけでなく、「フロー」も生み出しているのだ。富裕層や資産家を日本から追い出してしまうことは、「ストック」だけでなく「フロー」も失うことになる。
このように、一般人でも、高齢者でも、富裕層や資産家であっても、資産課税を喜ぶ人はどこにもいない。それでも無理やり資産課税しようとすれば、課税をのがれる合法的な手段が次々に編み出され、追いかけっこが起きるだけだろう。「がんばってお金を稼ごう」というインセンティブも失われるので、これは経済の活性化とは逆の方向になる。
そもそも、維新八策の方向で政策が実現されていけば、政府は小さく機動的になり、ムダな支出も抑えられて、財政規模はいまよりもだいぶ小さくなるだろう。だとすれば、所得課税と消費課税で十分に足りるのではないか。少なくとも、消費課税(消費税)だけは世界的に見ても、日本はまだ上げる余地があるが、所得課税と資産課税はすでに十分高い。まずは、「スリムで機動的な政府」を実現するのが先ではないだろうか。国民負担を上げる増税は、少なくともそのあとにしないと、あまり説得力がないように思う。
それでもやはり、高齢者や金持ちに資産を使わせたいというのなら、資産課税するのではなく、例えば寄付税制を変えて、社会に貢献するNPOにお金を出したくなるようにしたらどうだろうか。むりやり税金でむしり取るのではなく、「お金を出すと、名誉がもらえる」というかたちにするのだ。アメリカでは、NPOは全資産のうち一定額(5%程度だったか)を社会貢献に毎年使っていれば、そのNPOへの寄付は控除できる、といった仕組みになっていると聞く。このような仕組みであれば、金持ちは名誉や社会貢献のためにNPOをやったり、寄付するインセンティブが高まるし、資産の固定化も緩和される。維新八策には、「行政のNPO化、バウチャー化」などもあるので、この仕組みとも矛盾しないと思う。
資産課税に限らないが、むりやり「強制」するのではなく、みずからそうしたくなるような「インセンティブ」を高めるような仕組みがベターだろう。維新八策は、全体としてはその方向になっていると思うが、ところどころに「強制」やコントロール志向も見られる。総選挙までにもういちど練り直されるとのことなので、その方向への改善を期待したい。
関連エントリ:
大阪維新の会「維新八策」最終案 これはまさに「維新」だ
http://mojix.org/2012/09/02/ishin-hassaku
正しい政策かどうかを判定する方法
http://mojix.org/2011/02/17/seisaku-hantei
今日はまず、賛同できない点の筆頭ともいえる「資産課税」を採り上げたい。私は資産課税には基本的に反対である。
資産課税というのは、所得や収入でなく、持っている資産に対する課税である。いまの日本で言えば、不動産にかかる固定資産税が代表的だろう。その他にも、資産を家族に移す際にかかる相続税、贈与税なども資産課税に分類される。
維新八策でいう「資産課税」が、固定資産税、相続税、贈与税といった従来のものを指すのであれば、税率を大きく上げるといったことがない限り、それほど問題にはならないかもしれない。しかし、維新八策では「資産課税」を強調しているようにも見えるので、従来のものだけを指すとは考えにくい。もし、銀行預金にも課税するといった意図があるのであれば、これは大きな問題になる。
維新八策で資産課税という話が出てきている理由は、主に2つだろう。
1)富裕層や高齢者が資産を溜め込むと、経済が活性化しない。
2)所得課税や消費課税だけでは財源が足りない。
これらの動機自体はわからなくもないが、では資産課税によってそれが解決するのだろうか。
維新八策には、「フロー」「ストック」という言葉がところどころにある。「フロー」とは、収入や所得、売上など、お金の動きや出入りを指し、「ストック」は銀行預金や株、不動産など、その時点での資産全体を指す。会社の財務で言えば、「フロー」は損益計算書(P/L)で、「ストック」は貸借対照表(バランスシート)(B/S)である。
日本は高齢化が進んでいるが、すでに引退した老人は、一般に「フロー」が少ない。いっぽう「ストック」のほうは、すべての老人が金持ちではないにしても、日本の金融資産は大部分が高齢者に偏っている。よって、「フロー」に対する課税だけでは世の中にお金が流れず、財源も不足するので、「ストック」にも課税しよう、というのが資産課税の動機だろう。
しかし、資産課税にはいろいろ問題がある。まず、「ストック」というのは天から降ってこないので、必ず「フロー」を経ている。例えば、毎月10万円をコツコツ貯金して、10年近くかかって1000万円貯めたとする。この1000万円に課税しようというのが資産課税だ。毎月の給料からも、各種の税金や社会保険、年金などが当然引かれている。それでもがんばって10万円ずつ貯めたのに、その1000万円にも課税すると言われたら、どういう気持ちがするだろうか。「ふざけるな」と思うだろう。フローの時点で課税されているのに、さらにストックでも課税するのは、いわゆる「二重課税」である。
高齢者の立場で考えてみよう。若いときはたいへんな苦労をして、貧乏に耐えてきたが、いまはようやく、あくせくしないで済むだけの資産ができた。しかしそれでも、大きな病気をしたり、施設に入ったりすれば、大金が必要になる。日本の経済もあまり見通しがよくないし、資産はいくらあっても安心できない。にもかかわらず、その資産に課税すると言われたら、どういう気持ちがするだろうか。「ふざけるな」と思うだろう。そのつど税金を払いながら、人生をかけて作ってきた資産である。その資産に、いまから税金をかけるというのは、人生をむしり取るようなものだろう。
富裕層や資産家は、資産課税にはとりわけ敏感である。政府が少しでも資産課税を強化するきざしを見せたら、あらゆる方法を使って、それを回避しようとする。資産を国外に移したり、みずから国外に移住することもある。これに対して、「そんな奴らは日本から出て行ってもらって結構」と思う人もいるだろう。感情的にはわからなくもないが、「金持ちは出て行け」を実際にやると、日本はどうなるだろうか。富裕層や資産家は、ビジネスをやっている人が多いし、消費も大きい(ドケチな人もいるが)。つまり、富裕層や資産家は「ストック」を持っているだけでなく、「フロー」も生み出しているのだ。富裕層や資産家を日本から追い出してしまうことは、「ストック」だけでなく「フロー」も失うことになる。
このように、一般人でも、高齢者でも、富裕層や資産家であっても、資産課税を喜ぶ人はどこにもいない。それでも無理やり資産課税しようとすれば、課税をのがれる合法的な手段が次々に編み出され、追いかけっこが起きるだけだろう。「がんばってお金を稼ごう」というインセンティブも失われるので、これは経済の活性化とは逆の方向になる。
そもそも、維新八策の方向で政策が実現されていけば、政府は小さく機動的になり、ムダな支出も抑えられて、財政規模はいまよりもだいぶ小さくなるだろう。だとすれば、所得課税と消費課税で十分に足りるのではないか。少なくとも、消費課税(消費税)だけは世界的に見ても、日本はまだ上げる余地があるが、所得課税と資産課税はすでに十分高い。まずは、「スリムで機動的な政府」を実現するのが先ではないだろうか。国民負担を上げる増税は、少なくともそのあとにしないと、あまり説得力がないように思う。
それでもやはり、高齢者や金持ちに資産を使わせたいというのなら、資産課税するのではなく、例えば寄付税制を変えて、社会に貢献するNPOにお金を出したくなるようにしたらどうだろうか。むりやり税金でむしり取るのではなく、「お金を出すと、名誉がもらえる」というかたちにするのだ。アメリカでは、NPOは全資産のうち一定額(5%程度だったか)を社会貢献に毎年使っていれば、そのNPOへの寄付は控除できる、といった仕組みになっていると聞く。このような仕組みであれば、金持ちは名誉や社会貢献のためにNPOをやったり、寄付するインセンティブが高まるし、資産の固定化も緩和される。維新八策には、「行政のNPO化、バウチャー化」などもあるので、この仕組みとも矛盾しないと思う。
資産課税に限らないが、むりやり「強制」するのではなく、みずからそうしたくなるような「インセンティブ」を高めるような仕組みがベターだろう。維新八策は、全体としてはその方向になっていると思うが、ところどころに「強制」やコントロール志向も見られる。総選挙までにもういちど練り直されるとのことなので、その方向への改善を期待したい。
関連エントリ:
大阪維新の会「維新八策」最終案 これはまさに「維新」だ
http://mojix.org/2012/09/02/ishin-hassaku
正しい政策かどうかを判定する方法
http://mojix.org/2011/02/17/seisaku-hantei