2012.09.04
大阪維新の会「維新八策」 地方分権、道州制について
大阪維新の会「維新八策」最終案は、昨日書いた資産課税のように、一部は賛同できない点もある。しかし、大半が賛同できるもので、全体としてはすばらしい政権公約になっていると思う。

維新八策は、個々の政策として賛同できるものが多いというだけでなく、全体としての方向が揃っていて、筋が通っていると感じる。「自立」を基本コンセプトとして、「自立する個人」「自立する地域」「自立する国家」を具体化するような政策集になっている。単にいろいろ寄せ集めたというのではなく、ポリシーが感じられるのだ。

維新八策では、文字通り、政策が以下の8つのグループに大別されている。

1.統治機構の作り直し~決定でき、責任を負う統治の仕組みへ~
2.財政・行政・政治改革~スリムで機動的な政府へ~
3.公務員制度改革~官民を超えて活躍できる政策専門家へ~
4.教育改革~世界水準の教育復活へ~
5.社会保障制度改革~真の弱者支援に徹し持続可能な制度へ~
6.経済政策・雇用政策・税制~未来への希望の再構築~
7.外交・防衛~主権・平和・国益を守る万全の備えを~
8.憲法改正~決定できる統治機構の本格的再構築~

このうち最初の「1.統治機構の作り直し」で中心になっているのが、地方分権・道州制である。今日はこれについて書いてみたい。

「1.統治機構の作り直し」では、「理念・実現のための大きな枠組み」は以下のようになっている。

・中央集権型国家から地方分権型国家へ
・難問を先送りせず決定できる統治機構
・自治体の自立・責任・切磋琢磨(せっさたくま)
・国の役割を絞り込み、人的物的資源を集中させ外交・安全保障・マクロ経済政策など国家機能を強化する
・内政は地方・都市の自立的経営に任せる
・国の仕事は国の財布で、地方の仕事は地方の財布で
・倒産のリスクを背負う自治体運営
・国と地方の融合型行政から分離型行政へ

地方分権や道州制といった話題自体は、自民党政権でも、民主党政権でも語られてきたもので、特に目新しいものではない。しかし、それはずっとあとまわしにされてきて、ほとんど前進してこなかった。

しかし大阪維新の会は、もともと大阪という地方・地域の立場から出てきており、その立場から地方分権・道州制を主張している。実際、代表の橋下氏は大阪府・大阪市の首長をつとめ、現場で日々改革に奮闘し、実績もあげてきているので、説得力がある。その大阪維新の会が、八策の筆頭に「1.統治機構の作り直し」を置き、それを具体化するものが地方分権や道州制なのだから、その熱意の大きさがわかる。

私自身も、この地方分権・道州制(地域主権、連邦制でもいいが)こそ、日本にとって最重要のテーマのひとつだと考えている。地方分権というのは、ひとことで言うと「国の権限や税源を地方に渡して、地方が自立・自己決定できるようにする」ことだ。

いまの日本では、さまざまなテーマについて「どうするか」の決定を、いちいち国のレベルでやっているので、ぜんぜん決まらない。よって、ほとんどすべてのテーマが「変わらない」ままになり、問題も解決されず、時代に合わない仕組みも残ったままになり、既得権益も温存されつづける。これが問題なのだ。

これを地方分権によって道州に分割すれば、多くの意思決定はいちいち国のレベルでやる必要はなく、それぞれの道州レベルでやればいいということになる。これで問題解決が早まり、時代に合わない制度や既得権益が残りつづけることも少なくなる。

私にとってもこのテーマは重要なので、これまでもたびたび書いてきた。例えば「まず、日本を分割せよ」(2011年2月)では、次のように書いている。

<地方分権は、それ自体が政策というよりも、国の枠組み、「設計」を変えるという話である。日本を「州」に分割して、大部分の権限や財源を渡し、国に準じた扱いにするというものだ>。

<この分割をまずやってしまえば、規制をどうするか、税金をどうするか、再分配をどうするかといった政策の話は、それぞれの「州」のなかでやれるようになる。意思決定の規模が小さくなるので、政治にスピードがつくはずだ。さらに、「州」のあいだで政策競争が起きるので、自然にいい政策が出てきて、いい政策が勝ち残っていくだろう>。

<いまの日本は中央集権体制なので、国全体の規模で意思決定しなければならない。これでは意思決定の単位が大きすぎて、意見がまとまりにくい。日本のように先進国で、かつ人口も大きな国が、連邦制になっていないことのほうが、むしろおかしいと思う。日本の政治がいつも停滞するのは、この「意思決定の単位が大きすぎる」という構造に、根本的な原因があるのではないか>。

維新八策でも、「自治体の自立・責任・切磋琢磨(せっさたくま)」「自治体破綻制度の創設」「都市間競争」といった表現で、自治体の競争というコンセプトがたびたび出てきている。自治体の競争とは、言い換えれば「政策の競争」でもあり、異なる政策が並行して走り、競争することを意味する。国のレベルで政策をひとつに固定して、それを全自治体・全国民に無理やり強制するのではなく、「政策をそれぞれの自治体で自由に選択できるようにします。そのかわり、それを選んだ責任もまた自分にあります」というやり方だ。競争という意味ではシビアな面もあるが、ひとつの方法を全員に強制するよりも、はるかに自由度が高いやり方である。

一村一品運動」を提唱した前大分県知事の平松守彦氏は、地方分権の推進論者でもあった。平松氏は次のように述べている(「前大分県知事・平松守彦 地方分権の三本柱は「分権」「分財」「分人」」より)。

<主張したのは、地方分権の三本柱というものがあるということ。簡単にいうと、

①分権とは、国から地方への権限移譲
②分財は、諭吉の言葉で財源移譲のことだ
③分人は、東京一極集中に対抗するには、地方に若くて優秀な人材が定住できるようにすること。

この三本柱が地方の自立に不可欠で、将来の道州制、連合国家への重要な道程となると確信している>。

<先に地方分権には「分権」「分財」「分人」の三本柱があると言った。簡単に説明したい。
 まず分権(権限移譲)だが、国と地方の役割分担を見直し、国の役割は外交、防衛、通貨に限定し、住民に直結する事務は地方に任せるため権限と財源の再配分を行う、これが原則だ。
 次いで分財(財源移譲)。地方分権を実質的に機能させるには、現行税制を地方が自立できるような制度に変える必要がある。国が地方に金を回す「三割自治」では、地方の生殺与奪は国の思うがままである>。

<地方分権=地方の自立は、東京一極集中に対抗できる地域を育てるということだ。地方の体力強化(これを私は、地域力と呼んでいる)と、優秀な人材確保なくして、地方自治体の執行能力は担保できないと考えている。
 地方分権は手段であって目的ではない。目的は地域住民の生活水準の向上にある。住民ニーズにあった行政とするには、中央集権型行政システムより地方分権型システムの方がよりベターであるからこそ、私は地方分権を進めてきた。
 地方分権に中央官僚の抵抗は強い。族議員の既得権益確保のための反対も多い。地方分権を進めるには国民的合意が前提だが、そのためにも「分権、分財、分人」とそれにみあう受け皿としての道州制に移行することが必要だ>。

平松氏は大分県知事として、地方の立場から考えていた。この点で、橋下氏や大阪維新の会の立場と近いものがある。まったく同じ考えということはないにしても、方向的にはかなり近いと感じる。

地方分権を進めるということは、従来の中央集権体制を解体するということでもある。これが「公務員改革」というテーマにつながる。これについては、明日あらためて書きたい。


関連エントリ:
大阪維新の会「維新八策」最終案 これはまさに「維新」だ
http://mojix.org/2012/09/02/ishin-hassaku
前大分県知事・平松守彦 地方分権の三本柱は「分権」「分財」「分人」
http://mojix.org/2011/02/05/bunken-bunzai-bunjin
中野雅至「決断ができないならば、日本を分割せよ」
http://mojix.org/2011/01/18/nakano-nihon-bunkatsu
日本も連邦制にすればいいのでは
http://mojix.org/2010/08/04/renpousei