2005.10.30
日本のネットベンチャーが技術革新よりも 「ネット財閥」 をめざす理由
アマゾンで本を売る - アマゾン・ドット・コムCEOジェフ・ベゾスのインタビュー
http://bookseller.seesaa.net/article/8727868.html

<グーグルやアマゾンを見ていると、最先端のプログラムを駆使しながら、さらにその上を目指していこうとする技術志向とビジネスが結びついていて、それが未来を切り開いていくようなワクワク感を覚える。
 それに比べて日本のIT系と言われる企業は、楽天にしてもライブドアにしても、技術の先端で未来を開くというより、企業買収によってビジネス規模を拡大していく手法だ。
 その原型はソフトバンクの孫正義氏のやり方にあるのではないかと思う>。

これを読んで、「アップル、グーグルは未来をつくっている テレビ局なんか買っている場合じゃない」で書いたのと同じことを感じている人がここにもいた、と思うと同時に、そうか、原型はソフトバンクだったんだ、と思い至った。

たしかに、まずパリーグの球団買収でライブドアや楽天の名前がマスコミに浮上したとき、
彼らは「ソフトバンクの子供」だ、と評されていたのを見た覚えがある。

孫正義は以前、ソフトバンクの目指す方向を「インターネット財閥」と表現した(『孫正義 インターネット財閥経営―ビル・ゲイツを超える日』)。この「インターネット財閥」こそ、日本のネットベンチャーを理解するキーワードなんじゃないか。
 
ソフトバンクを筆頭に、ライブドア、楽天、デジタルガレージなどは、多かれ少なかれ、この「ネット財閥」のような方向性を感じさせる企業だと思う。これらの企業に共通する特徴は、

• いくつかの子会社・グループ企業を持つ
• そのグループ企業の業態、事業内容は比較的多彩
• 小さくて新しい会社、名のある中堅会社を傘下に収め、株式公開していく
• 古くて大きい会社を傘下に収め、グループ全体の規模を拡大していく

といったものだろう。

こうしたグループ型の多面的な事業展開は、古くからある銀行・商社系の財閥、新聞・テレビなどのマスメディア、鉄道会社などの事業展開の仕方と似たところがあると思う。

どのくらい多彩な事業をやるか、つまり「本業」を中心とした「事業半径の広さ」には違いがあるとはいえ、例えばトヨタやソニー、キヤノンといった技術系の会社の「事業半径」と比べれば、多彩な展開をしているといってもいいように思う。

「ネット財閥」というネーミングの通り、このような多面的な事業展開の仕方は、実は日本的経営のひとつの「伝統」だったのではないか。事業内容がネットだったり、時にはハードな買収をおこなうという時代的な変化はあるものの、その目指す方向性自体は、むしろ伝統的なものであるような気もする。

アップルやグーグル、アマゾンなどは、自己資金をほとんど技術革新に投資しているだろう。他の企業を買収することがあっても、それはグループ規模の拡大ではなく、「技術を買う」ための買収だ。

しかしこの技術革新的な方向は、経営・投資の観点からは、ハイリスクでもある。技術の先端でしのぎを削る競争は、「命を削る」ようなところがある。技術で先端に立つとは、オリンピックや甲子園で優勝するようなものだ。自己資金をすべてそこに突っ込むことには、勇気がいる。先端に立つことができなければ、多大な投資はパーになってしまう。「授業料」として消えてしまうのだ。

いっぽう「ネット財閥」的な方向、多彩な事業展開によってグループ規模自体を拡大していく方向は、むしろリスクが低いと思う。技術革新の先端に行くのではなく、多かれ少なかれすでに普及・定着している事業を取り込んでいくので、すぐに収益が出る。そのかわり、技術革新や市場の変化についていかないと、事業がだんだん古くなっていくので、多少の「メンテナンス」は必要になる。

この2つの方向性の違いをひとことでいえば、
「イノベーションを生み出すか、コモディティを押さえるか」
といった感じになるかもしれない。
「あたらしいインフラをつくるか、古いインフラを買うか」
といってもいい。
存在していないものを生み出すか、存在しているものを取り込むかの違いだ。

こう考えると、一見したところ先端的に見えるネットベンチャーが、むしろ伝統的な日本的経営を受けつぐ「ネット財閥」を目指す理由は、「日本人の保守性」にあるようにも思える。ライブドアや楽天などは一見して派手な買収戦を繰り広げるように見えても、その経営手法自体は意外にも「ローリスク運用」ということだ。

最近の日本ではネットを使う個人投資家も増え、株式投資が広まってきているが、それはほとんど「資金運用」という一面的な視点からのみ見られているように思う。利回りとか元本確保など運用パフォーマンスのほうにばかり意識の中心があり、その資金が誰にどう使われるのかという「お金の使い方」の側面、それによって社会をどう変えていくかという「社会設計」の視点が弱い気がする。

以前に比べれば、ベンチャー企業に投資する環境がだんだん整ってきたことは確実だと思うが、まだ「意識」のほうがついてきていないのではないか。技術革新型のベンチャーに投資して、「技術革新を生み出そうと思ったけど、ダメでした。資金はぜんぶパーになりました」というのは、まだ心情的に「許されない」のではないかという気がする。

アメリカはもともと、金持ちが社会貢献する仕組みが発達しているところに、シリコンバレーで成功した大金持ちが、さらに技術革新型ベンチャーに対して投資している。技術と人材がお金を生み出し、そのお金が技術と人材に再投資されている。こうして、お金が集まるだけでなく、優秀なエンジニアや技術経営のできる人材、ノウハウが集まっていく。この循環のなかで、アップルやグーグル、アマゾンなど名だたるIT・ネット企業が生まれている。

日本はこれに対して、車や電機メーカーなどの社内では技術革新が行なわれているが、社会全体としては、「技術革新に資金を突っ込む」というコンセンサス(合意・了解)があまりできていない気がする。資金運用のパフォーマンスは気にするものの、自国から技術革新を生み出すことの重要性があまり理解されていない。

結局のところ、「ネット財閥」的な方向は、いまの日本のメンタリティの象徴ではないだろうか。技術革新や投資に対する日本の煮え切らない態度が、そこに反映しているように思う。そもそも、「ネット財閥」が資金を調達できているのは、誰かがその資金を提供しているからだ。ネット財閥の動きは、いわば「資金の意志」でもあるのだ。

「ベンチャー」とは本来、ハイリスクで革新的なビジネス、新時代を切りひらくビジネスに身を投じるスモールカンパニーを指す言葉のはずだ。そのためには、起業家が安心してそれにチャレンジできるような「リスクマネー」、つまり「捨ててもいいお金」が必要になる。

ところが日本のベンチャーでは、「お金を捨てる」ことにどこか腰が引けている。革新のために資金を突っ込むハイリスクな投資が回避されてしまい、安定的な運用パフォーマンスが求められた結果、手っ取り早く「儲ける」方向に進みがちになる。これによって、「事業規模の拡大」が自己目的化して、本業から離れてもいい、なんでもいいから儲かればいい、という傾向が生まれやすくなっているように思える。

これはベンチャー経営者の意識だけでなく、資本の提供者や、もっといえば「日本のメンタリティ」ではないだろうか。これはちょうど、日本では優秀な人材に給料を10倍、100倍払うといった報酬体系がなかなか認められず、横並び的な待遇にならざるをえないというメンタリティと通じるものがある。

日本とは「格差をつけない」国だ。
「飛びぬけたものに集中的に投資する」のではなく、「凡庸なものに平たく投資する」のが、日本的なやり方なのだ。

こう考えてくると、日本のネットベンチャーが技術革新よりも「ネット財閥」的な方向に行きがちなのは、それなりに自然な感じもする。これが実は「日本流」だったのだ。名前は「ベンチャー」なのに、考え方はむしろ「財閥」なのだ。

しかし、ほんとうにこのままでいいのだろうか。話が日本国内だけであれば、それでもいいような気もする。格差をつけない日本流は、たしかに社会の安定に貢献している面もあるからだ。

しかし、いまはあらゆる分野において、世界的な競争が起こっている。
日本の若者はみんなiPodを持ち、Googleで検索し、アマゾンで本を買っているような状態だ。
ずっとこの調子で大丈夫なのか。
日本は今後も「凡庸なものに平たく投資する」方式でやっていて、いいのだろうか。

日本には、決して技術がないわけではない。
優秀な技術者はたくさんいるはずだ。
しかし、それがビジネスや投資と結びついておらず、シナジー(相乗効果)を起こしていないのではないか。

つまり、日本に欠けているのはおそらく、

1 技術を経営レベルで実践する「技術経営」 (技術とビジネスの結合)
2 それを投資で支える「社会的投資」 (技術とお金の結合)

この2つだ。

これをどう具体的に進めていけばいいのか、私も答えを持っているわけではない。
しかし多少の問題意識は持っているつもりなので、まず問題意識だけでも共有できればと思っている。

長々と書いてしまったが、私が言いたい要点はこうだ。

ライブドアや楽天の動きは、旧来の日本的経営と異質な部分もあるが、
むしろそれ以上に「日本の縮図」でもあり、いろいろな教訓を含んでいる。

つまり、ライブドアや楽天が引き起こした動きは、日本にとって、まったく「他人事ではない」。

日本はやはり、買収なんかしている場合ではない。
この調子では、日本は逆に「買収」されてしまうかもしれない。

つまりライブドアや楽天も、TBSや阪神も、両方とも「日本の姿」だと思うのだ。


関連エントリ :
アップル、グーグルは未来をつくっている テレビ局なんか買っている場合じゃない
http://mojix.org/2005/10/29/003935
投資の社会的責任
http://mojix.org/2005/10/20/201058
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http://mojix.org/2005/07/15/143150