2009.02.09
「自己責任だ」と責められている人は、むしろ「犠牲者」だ
雇用問題は、社会の「構造」に起因する問題だ。

どんな構造においても、その制約のもとでの「適応行動」、最適な行動戦略というのはあるし、もちろん個人の能力差もある。しかし、すべての問題を行動戦略や能力差、「頑張りが足りない」式の精神論に帰着させてしまうのは、構造そのものの問題からむしろ目をそらしてしまう。

もし正社員のなかに、職につけない人は「自己責任だ」と思っている人がいたら、その考え方は問題があるだろう。正社員は解雇規制で保護されており、まさにその規制のおかげで雇用が絞られてしまっていて、さらに採用基準がより属性差別的なものになっているからだ。

規制で保護された立場にあぐらをかきながら、その規制のために苦しんでいる人を「自己責任だ」と責めるのは、一種の思い上がりであって、それこそ無責任ではないか。

自分はあぐらをかいてなどいない、ちゃんと働いている、自分は自らの能力と仕事ぶりによっていまのポジションを得ている、という自負がある人には、ぜひ解雇規制の撤廃に賛成してほしい。解雇規制こそ、多くの犠牲のもとに「あぐらをかく」人を作り出している「構造」そのものだ。

職につけないことを「自己責任だ」と責められている人は、この構造の「犠牲者」なのだ。

犠牲者に対する「自己責任」論は、構造を固定した上での行動戦略論か精神論にすぎない。これはむしろ「構造」問題を見えにくくしてしまい、解決を遠ざけてしまう。


関連エントリ:
終身雇用は採用時の属性差別を強める
http://mojix.org/2009/01/30/shuushinkoyou_sabetsu
「雇用を守れ」という声が、日本の「労働者カースト構造」を強化している
http://mojix.org/2008/12/21/japan_workers_caste