2009.12.03
斎藤精一郎「何故、超緩和策でデフレ脱却ができないのか」
「デフレ宣言」による政府と世論からの圧力、そしてドバイショックに押し切られたかのように、日銀は金融緩和策を発表した(「日銀、10兆円の資金供給 デフレ克服へ「量的緩和」」)。

「デフレはもっぱら日銀の金融政策のマズさに起因しており、日銀が金融緩和すればデフレは解決する」というような論調を、最近見かけることが多くなってきたが、これはやや危険な考え方だと思う。金融政策自体はもちろん無意味ではないが、いまの日本の問題は構造改革(規制改革)が進まないこと、むしろ逆行すらしていることであり、これを解決せずに、金融政策だけで日本経済を立ち直らせることは不可能だ。

「ワールドビジネスサテライト」などでおなじみの経済学者・斎藤精一郎氏が、これについて見事な解説を書いている。

BizPlus - 斎藤教授のホンネの景気論 第91回「何故、超緩和策でデフレ脱却ができないのか──金融政策の『万能神話』の誤謬と危険性」(2009/11/26)
http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/saito.cfm?i=20091124c1000c1

<今回のコラムでは「デフレ経済脱却」の決定打として誰もがすぐに言及する日銀のさらなる金融超緩和策について以下の4点を念頭に入れて、「金融政策万能神話」の誤謬(ごびゅう)と危険性を明らかにしたい>という趣旨で、次の4点を説明している。

(1) 何故に長期に及ぶ日本の金融超緩和策がデフレ脱却効果を発揮できないのか
(2) 何故に長期かつ非伝統的な金融超緩和策は危険なのか
(3) 何故に金融超緩和策は日本経済を成長軌道に戻すことができないのか
(4) 何故に日本経済のみが世界の中で長期的デフレに追い込まれているか

日本経済の現状分析だけでなく、経済史的な背景も盛り込まれていて、きわめて中身が濃い。一般の経済コラムに比べるとやや長く、やや難しいかもしれないが、読むだけの価値がある。

小見出しを並べると、次のようになる。これだけでも、およその内容がわかると思う。

・「デフレ宣言」でヘリコプター・マネー論がまたぞろ出没
・マネー重視派の台頭と現代金融政策論の系譜
・さらなる金融超緩和策は「無効」さらに「危険」だ
・長期的な金融超緩和策は「成長力」を蝕む
・長期的デフレの根因は世界的な労働力過剰構造
・「出口」問題、そしてデフレとバブルの親和性

全編にわたり充実した内容で、ぜひ全部読んでほしいところだが、前半はいくらか経済の知識が必要かもしれない。後半の「労働力過剰構造」の節などは、特に経済の知識がなくても読めるわかりやすい内容で、かつきわめて重要な話だ。

<20年前の89年11月、ベルリンの壁が崩壊し世界各国は市場で相互に連結した。この市場経済による経済躍動が台頭してきた象徴が 03年10月。このとき、ゴールドマン・サックスのエコノミスト、ジム・オニールが「BRICs」という造語を初めて発表したのだ。BRICsの4カ国だけで労働力人口は18億人。日本の30倍だ。それだけではない。VISTA(ベトナム、インドネシア、南ア、トルコ、アルゼンチン)とかMENA(中東・北アフリカ諸国)など、21世紀に入る前まで世界経済にとって労働力としてほとんど認知されてこなかった発展途上諸国や社会主義諸国の巨大な労働力が、今や世界市場にあふれている。むろん欧州連合(EU)にとっては中東欧の労働力が意味を持つ>。

<このことは21世紀のおよそ最初の10年間に「逆サプライサイド・ショック(労働力過剰供給衝撃)」が起き、これが世界的に賃上げ圧力を封じ込めている。そして、これら諸国の労働力はいわば日本の企業が競争優位性を維持してきた製造業部門のそれとかなり競合関係にある。これに対して米国の労働力は情報技術(IT)やハイテクなど相当な知識が求められる。製造業立国ドイツの場合、国際的に高度技術化した世界製品の比重が大きく、新興経済群の労働力との競合関係が弱い。このことが日本の労働市場の製造業部門の賃上げ圧力を抑えるように作用している>。

<ところで、世界的な金融超緩和策は日本のデフレを深化さらに長期化させている点は看過できない。リーマン危機後の世界的な過剰流動性は前述したように、株式、債券、為替だけでなく、各種商品、例えば原油、鉄鉱石、アルミ、大豆、小麦などの資源価格を上昇あるいは高止まりさせる。日本の製造業は大部分の資源を海外に依存しているから、これら上昇した原材料価格を受け入れざるをえない。このことは企業の損益分岐点の上昇を意味するから、収益確保のためのコスト圧縮をもっぱら人件費削減に求めねばならない。これは従業員の賃金抑制、雇用調整につながる。この結果は個人消費の低迷だ>。

こうした現状把握に立てば、財政出動でバラマキしたり、金融緩和してジャブジャブにしても意味がなく(むしろ有害であり)、日本経済そのものに「成長力」「競争力」をつける、という真っ当な道しかないことがわかる(具体的には「規制緩和」と「減税」、つまり政府が民間をジャマしないこと)。マネーという流動性はつねに「儲かりそうなところ」に向かっていくので、日本経済が魅力を取り戻さない限り、いくら金融緩和してもマネーは流出する一方だろう。


関連エントリ:
民間には力があるのに、政府がジャマしていることが日本の問題
http://mojix.org/2009/11/27/minkan_seifu_mondai
成長戦略とは「規制緩和」と「減税」のことである
http://mojix.org/2009/11/22/seichou_senryaku