2010.07.13
法人税と雇用、設備投資の関係
参院選では消費税が争点のひとつになったが、消費税の増税は多くの場合、法人税の減税とセットで考えられている。いまの日本の経済状況で、消費税増税のほうを先にやることは「自殺行為」なので、まずは法人税を減税し、経済を浮上させておいて、そのあと消費税増税によって税収を確保する、という順番になるだろう。

法人税減税の議論が広まってきたのはいいことだが、ときおり、「法人税を下げても、企業の雇用・設備投資には影響しない」という主張を見かける。経営者の立場から、この主張が間違いであることをここでは説明したい。

「法人税を下げても、企業の雇用・設備投資には影響しない」という主張の根拠は、雇用・設備投資は企業にとってコスト(費用)であり、コストを引いたあとの利益に対してかかるのが法人税なので、法人税率を下げてもコストの額には影響しない、というものだろう。これは理屈の上では一見、正しそうに思える。

しかし経営者の立場から見ると、これは現実に即していない。経営者は、コストの額については自分で変えられるが、法人税率はあらかじめ決まっていて、変えられない。よって経営者は、法人税額がいくらになるのかを考えながら、コストの額を決めることになる。ここで経営者がコストの額をどのように決めるかの方針については、おおまかに次の2つの方針がある。

方針1)税額をなるべく少なくするために、コストをより多くして、利益を圧縮したり、わざと赤字にする。
方針2)最終的にキャッシュをより多く残すために、できるだけコストを抑える。

この2つのどちらの方針にするかは、その経営者の考え方や、会社の状況・都合によって異なる。

方針1)は特に珍しいものではないが、赤字続きではもちろん会社が持たない。この方針を採れるのは主に、赤字にしてでもコストをかけるべき理由があり、かつ事業が伸びていて、資金調達ができるような場合だろう。

よって一般的な会社では、方針2)に近いのが普通だと思う。たとえ事業が好調で黒字であっても、キャッシュがなくなれば、会社は一瞬で潰れてしまう。会社にとってキャッシュの確保は生命線である。

ここでの「キャッシュ」とはざっくり言って、利益から税金が引かれたあとの金額である(あるいはそれを毎年プールしたもの)。ここで、利益は売上からコストを引いたものだから、キャッシュとはざっくり言って、売上からコストと税金を引いた金額である。こう考えると、上の2つの方針は、大まかに次のように把握できる。

方針1)売上を全部コストに使って、税金をゼロにする。
方針2)コストをなるべく抑え、利益が出て税金が高くなっても仕方がないので、最終的に残るキャッシュを増やす。

一般的には、方針2)のように考えている会社が多数派だとすれば、法人税率が下がったとき、この経営者はどのように考えるだろうか。

税率が下がれば、これまで税金として取られていた分は、コストに回すこともできるし、キャッシュに回すこともできる。経営者が「最低これくらいはキャッシュを持っておきたい」と考えるキャッシュが一定とすれば、税金が減った分は、コストに回ることになる。

このように、利益ではなくキャッシュを中心に考えると、法人税が下がれば、企業はコストを増やすであろうことがわかる。企業にとってコストとは、利益を生むための経営資源を買う費用であり、その代表的なものが雇用や設備投資である。

つまり法人税が下がれば、企業は雇用を増やすし、機械や情報システムなどを買うのだ。これが日本経済を活性化させる。

日本の現状は、ちょうどこれと反対である。先進国最高レベルの高い法人税によって、経営者はキャッシュを残すために、涙を飲んでコストを削るしかない。つまり、人をなるべく採用しないようにして、機械や情報システムなどもなるべく買わないようにするのだ。そうしないとキャッシュが残らず、キャッシュが少ないと一瞬で倒産してしまうから、仕方がない。つまり、高い税金は、雇用や設備投資を減らしてしまうのだ。

このような考え方は、経営者であればほとんどの人が共有しているものと思うし、会社でなく一般的な家計であっても、この考え方の大部分は「あたりまえ」のことだろう。貯金を残すために、欲しいものがあってもコストを抑えるといったことは、誰でもやっている。

法人税の議論では、共産党などに典型的だが、法人税を下げることが「企業の優遇」であるという主張が一部にある。しかし上に述べたように、法人税というのは雇用や設備投資に直結しているもので、これが国の経済を左右する。法人と個人が対立しているかのような把握は間違いであり、むしろ法人と個人は「国の経済」という同じ船に乗った運命共同体に近い。

法人税を下げることは「企業の優遇」ではなく、沈没しかかっている「日本経済」という船を再浮上させるための政策なのだ。


関連エントリ:
消費税を上げて法人税を下げ、再配分は所得税で調整すべし
http://mojix.org/2010/07/02/zeisei
企業は「価値を生み出す装置」
http://mojix.org/2009/02/11/company_value_machine