2011.01.09
橘玲「日本がリバタリアン国家になったら」
橘玲 公式サイト - こんな日本になったらいいな
http://www.tachibana-akira.com/2011/01/1888

<年明けに明るい話題を、とのご注文を受けて、2005年に書いた「日本がリバタリアン国家になったら」をアップします。これはウォルター・ブロックの『不道徳教育-擁護できないものを擁護する』を翻訳した際の解説の一部で、来月、『不道徳な経済学』とタイトルを変えて文庫化の予定です>。

もし日本でリバタリアニズムを徹底していくとどうなるか、という面白い一文。話が具体的なので、リバタリアニズムとはどういう考え方なのかを理解しやすい。

以下、いくつか抜き出してみよう。

<郵政民営化で唱えられた「民間にできることは民間に」を徹底するならば、すべての教育機関は真っ先に民営化できる。当然、文部科学省は廃止されるだろう。教科書検定もなくなるから、中国や韓国との「教科書問題」も存在しなくなる>。

<教育機関よりもっと簡単に民営化できるのが、国営の雇用事業(ハローワーク)だ。この分野ではすでに民間企業がシェアの大半を占めており、国家が同じサービスを提供しなければならない理由はどこにもない。本書で指摘されているように、労働基準法や雇用機会均等法などの労働関連の法律は百害あって一利なしなので、労働災害保険(これも当然、民営化可能)や労働基準監督署とともにすべて廃止してしまう。これで、厚生労働省の旧労働省部門はすべてなくなるだろう>。

<小さな政府においては、国家は原則として市場に干渉しないのだから、個々の産業を保護したり、育成したりする必要もない(こうした産業政策は逆に市場を歪める)。その意味で、農林水産省と経済産業省にはそもそも存在意義がない。彼らはこれまでも、国民から取り上げた税金を無駄にばら撒いただけで、なんの役にも立っていなかった>。

<外務省は民営化とはもっとも遠い存在のようだが、その仕事の半分は政治家等の海外渡航のアテンドであり、これはJTBやHISなどの旅行代理店に委託できる。「小さな政府」は外国からの移民を制限しないから、ビザの発給業務は原則として不要だ。調査業務というのはCNNなどのテレビを観てレポートを送る仕事のようだが、これなら大学生のアルバイトで十分だ(もしそれが必要ならば)。他国の重要機密にアクセスしたいのであれば、自分たちで調べるよりCIAから購入したほうがずっと効率がいい>。

<法務省および裁判制度を完全に民営化することは難しそうだが、民事裁判はかなりの程度まで民間組織が代替できる。これは実際にアメリカで広く行われているが、企業同士が契約を結ぶ際に、トラブルが起きた場合の調停機関(中立的な弁護士事務所など)をあらかじめ決めておき、両者ともにその裁定に従うことを約束する。面倒な民事裁判を避けて早期に和解することができるので、双方にとって好都合なのだ。民間の調停機関が常に公平な判断を行うとはかぎらないが、特定の顧客に便宜を図るような業者は次回から指名されなくなり、市場からの退出を余儀なくされるだろう>。

こんな感じで、ほとんどの役所は民営化可能であり、不要だとしてバッサバサ斬っていく。

リバタリアニズムにもいろいろあり、ここで橘氏が主に依拠しているのは、アナルコ・キャピタリズム(無政府資本主義)という立場に近い。これはリバタリアニズムの中でもとりわけ過激な考え方で、政府を限りなく最小化しようとするものである。

この考え方はもちろん極端だ。基本的にはリバタリアニズムを支持する私ですら、賛同しがたい部分が少なくない。しかしこの極端さによってこそ、現実の政府というものが相対化され、浮き彫りになると思う。

この内容はたしかに空想的だが、少なくとも「小さな政府」や「民営化」とはどういうことなのか、そのエッセンスは含まれている。

日本には、全体主義に流れやすい精神的傾向がある。全体主義は、まさにリバタリアニズムの対極にある。よって日本ではとりわけ、このようなリバタリアニズムの考え方に対しては、反発や拒絶反応が強いだろう。しかしそれは、日本にはまさにリバタリアニズム的な考え方が欠けていることの裏返しだと思う。

この内容に比べたら、民主党の「事業仕分け」など、ほとんど何もやっていないに等しい。もし橘氏が「事業仕分け」をやったら、政府はいまの1000分の1くらいになりそうだ。


関連エントリ:
「小さな政府」の考え方
http://mojix.org/2009/07/28/small_gov_thought
ハローワークがマッチングをやる必要があるのか?
http://mojix.org/2009/03/02/hellowork_matching
アナルコ・キャピタリズム(無政府資本主義)と左翼アナキズムの違い、プルードンの「矛盾」
http://mojix.org/2009/02/07/anarchism_difference