2011.05.04
工学者・中尾政之「過剰な消費者至上はメーカー撤退を招く」
WEDGE infinity - 過剰な消費者至上はメーカー撤退を招く
工学者 中尾政之(2011年05月02日)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1321

<この10年ほど増え続けてきた民生品のリコールは、消費者が高い品質や安全性を要求し、企業が真摯にその声に対応した結果。消費者にとってよいことであるが、欧州と違ってメーカーを守る規則のない日本では、消費者至上のトレンドが加速し、やがてはメーカーの疲弊を招く。
製品のリスクとベネフィットをバランスし、メーカーと消費者が一緒に育っていくには、どうしたらよいのか。歴史的事件や事故、企業の不祥事や製品事故など、多くの“失敗”を分析し、リスクを次の創造に結びつける“失敗学”を提唱してきた中尾政之・東京大学大学院教授に聞いた>。

これはいい記事。日本は消費者独裁国家なので、こういう消費者批判・メーカー擁護的なスタンスの記事が載ることは珍しい。

この記事での中尾氏の発言は、どれも納得いくものばかりだ。いくつか拾ってみよう。

1ページ目より:

<メーカーが製品を改善していく努力は必要です。しかし、その製品事故が全体にとってどれくらいのリスクなのか、それに対してその製品でどれだけの人が楽しんでいるのかなど、そうしたことを定量的に考えることも必要です。もちろん、お客様のクレームの中には、感覚的で本来の機能とは関係ない“お化粧 ”的なものもありますが、それらをひっくるめて対応しているのが現状です。自動車や電化製品では、保証期間内のクレームにこまめに対応して、リスクを減少させています>。

<しかし、こうしたことを続けていれば、結局は日本自身の首を絞めることになるのです。なぜならば、今の日本には、そこまで信頼性を高めていないけれど、とにかく安価な輸入品が洪水のように流入しているからです。これらの輸入品は改善の歴史がありませんから、使っていくと思わぬところで故障します。しかし、あれほど国内メーカーの製品にクレームをつけていた消費者も、安いんだからしょうがない、といって諦めているのも真実です。中国やベトナムまで電話して怒る人はいないでしょう。でも、この状況が続くと、国内メーカーは信頼性が高いけれど高価な製品を作り続けて疲弊し、撤退していくでしょう。現に、パロマガス器具の事故があってから、大手電機メーカーは石油ファンヒーターの製造を止めています。後ろを振り返ったら、日本のものづくりメーカーがいなくなっていた、ということだって考えられるのです>。

3ページ目より:

<たとえば、電気式便座で居眠りしてしまい、低温やけどをしてしまうという事故がありますよね。日本でも多く報告されている事故です。
 通常、これは製品起因のものでなく、誤使用です。つまり、「便器で寝てしまったのだから、利用者のミスである」という判断です。しかしながら日本のメーカーはマジメで、「そんなことでお客様に事故が起きるようではいけない」と考え、座るとスイッチが切れる便座を開発したりと、次々に改良を重ねていく。つまり、日本製品の質は、メーカーやエンジニアの善良な意識によって守られている>。

<しかし2000年あたりから、状況は大きく変わりました。ちょうど失敗学という言葉が生まれた頃です。バブル後の不況が長引き、社員も早期退職し、会社の中で事故情報を秘密にすることができなくなりました。隠したというだけで、マスコミから総攻撃を受けるようになりました。
 その結果、どんどん消費者のクライテリアが上っていってリコールが“うなぎ昇り”に増えていきました。2004年に三菱自動車のリコール隠しがあってその攻撃が頂点になったことは事実です。こうして、国民やマスコミが過敏なほど安全・安心を求めるようになりました>。

4ページ目より:

<消費者庁の議論は、主に法律の専門家と消費者団体の代表で構成され、メーカーの人間がいません。私は消費者安全専門調査会という下部の委員会の委員ですが、理系の人は20人中4人でした。欧州委員会やその下部の規格作成団体のように、ここにメーカーの人間が含まれるべきです。メーカーや市場、消費者の安全を、どのレベルで折り合い守ればよいのかということを、かかわる者の皆で話し合う必要があるのではないでしょうか>。

<日本における「不慮の事故」の統計を見ると、メーカーががんばってきたことなのですが、かつて多かった鉄道・自動車事故、工業製品による事故が4分の1くらいに減ってきています。冷蔵庫もよくなってきたから食中毒だってずいぶんなくなってきました。こうした日本のメーカーの努力はすごいものです。エンジニアは失敗に直面すると分析して記録に残し、新しい規格に反映させて改良に結び付けてきました>。

<しかしそれでも民生品のリコールが増える一方なのは、日本の消費者やマスコミのメーカー叩きをメーカーが真摯に受け止めるからです。しかしこのままでは、叩きすぎて日本市場からメーカーが退場してしまうのではないでしょうか。前述の電気便座の話も、欧州委員会の人からは「Stupidの失敗には、僕らは付き合わないよ」と言われました>。

日本では、消費者はつねに絶対善なので、消費者に非がある場合ですら、メーカーがワルモノにされてしまう。

もし日本のメーカーが、「Stupid(バカな奴)の失敗には、僕らは付き合わないよ」と言ったりしたら、「炎上」間違いなしだろう。

この「消費者は善、会社は悪」という日本的な図式は、メーカーに限らない。この記事にもあるように、まずマスコミがそうであり、そして政治もそうなのだ。

その理由は、マスコミにとっても政治家にとっても、消費者が「お客さん」だからだ。「お客さん」である消費者を批判することは、タブーなのである。

日本のマスコミはダメだ、日本の政治はダメだ、と思っている消費者に限って、まさか自分が悪いとはまったく思っていないのではないだろうか。消費者を批判し、企業を擁護するスタンスの意見が「炎上」しやすいのは、おそらくそのためだろう。


関連エントリ:
日本は「消費者独裁国家」である
http://mojix.org/2010/03/14/shouhisha_dokusai
郷原信郎『「法令遵守」が日本を滅ぼす』 法令と実態が乖離した「法治国家ではない日本」
http://mojix.org/2009/08/18/gouhara_hourei_junshu
日本をダメにしたのは誰か
http://mojix.org/2009/05/15/nihon_dame