2011.06.25
「東電社員の父持つ小6の手紙」とその反響
毎日jp - 福島第1原発:東電社員の父持つ小6の手紙 全国から反響 (2011年6月23日 11時01分)
http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/news/20110623k0000e040017000c.html

<東京電力社員の父親を持つ、東京都内の小学6年生の男子児童から毎日小学生新聞編集部に届いた手紙に対し、全国から反響が寄せられている。福島第1原発事故を受けて「世界中の人が無駄に電気を使ったことが原発を造るきっかけになった」などとする手紙に、各地の小学生が子供なりに考えて賛否の意見をつづっている>。

これはおもしろい。原発事故の原因と責任について、小学生が考えている。

まず、元になった「東電社員の父持つ小6の手紙」は、次のようなものだったとのこと。

<突然ですが、僕のお父さんは東電の社員です。(原発事故や計画停電についての東電の責任を指摘した毎小の記事を読んで)無責任だと思いました。原子力発電を造ったのは東京電力ですが、つくるきっかけをつくったのは、日本人、いや世界中の人々です。発電所を増やさなければならなかったのは、日本人が夜遅くまでスーパーを開けたり、ゲームをしたり、無駄に電気を使ったからです。中でも原発を造らなければならなかったのは、地球温暖化を防ぐためです。温暖化を進めたのは世界中の人々です。そう考えると原発を造ったのは、東電も含み、みんなであり、みんなも無責任であるといえます>。

これに対して、全国の小学生から寄せられた意見を紹介したのが今回の記事だ。次のような意見が採り上げられている。

<ぼくは、東電がまちがっていると思います。人々が大量に電気を消費するから原発をつくるしかなかったというのは、いいわけにしか聞こえないと思います。
 安全だといい、人々をだまし、古くなった原子炉をうごかしつづけてきたことにより、事故が起こってしまったことも問題です。(男子児童の)手紙には、原子力にみんながたよっていたから事故が起こってしまったという感じで書いてあったけれど、それは東電の人たちが、福島の人たちに、道路をよくしたり、補助金を出したりして、たよらせるようにしむけたのだと、ぼくは思います。(京都府・小6)>

<私は、原発事故にかんして国民全体に責任があるという考え方には反対です。電気の無駄使いについては責任があるかもしれません。でも、私たちは(原発の)危険性についてどれだけ知らされていたでしょうか? 学校で習ってきたでしょうか?
 むしろ、学校の掲示板に、原発はクリーンなエネルギーで、安全で不可欠なものだというポスターがはってありました。そうしたポスターや作文の募集もありました。それをしたのは、東京電力と国です。そんな教育をうけた私たちが、原発はあぶない! つくらないほうがいい! という意見をもつことができたでしょうか。これからみんなで話し合って、大人が何を間違えたのか、を考えていく必要があると思います。(神奈川県鎌倉市・小5)>

<私の友達に、お父さんが東電で働いている子がいます。
 前は、明るくて文武両道で、みんなから好かれるすっごく良い子だったのに、今は不登校ぎみで、私を含む数人としか話しません。どうして、何も悪くない彼女がいじめられるのでしょう。
 原発は、人の役に立ちますが、今回のように人を傷つけることもある「もろはのつるぎ」です。今回の地震は1000年に1度の大地震。せめて新しい発電方法が見つかるまで、原発を批判しないでください。(M)>

<僕は(男子児童の)意見に一番共感を覚えた。なぜなら、僕の母は経済産業省に勤めているからだ。原発事故の問題では東京電力だけでなく経産省も批判されている。母も加害者という意識が強く、とても申し訳ないと思っているようだ。
 確かに、国や東電の責任も大きいが、電気を日々の生活で大量に使っている国民全員、いや世界全体の責任でもあると主張したい。(東京学芸大付属小金井小・6年)>

<僕のお父さんも東電の社員です。お父さんが原発に行くときは、とても心配です。たしかに東電にも責任はあるけど、全面的に東電に責任をおしつけているのはすごくいやな感じです。
 責任をとらないといけないのは、国だと思います。国と日本人が便利を求めているから、原発が必要とされたのです。(横浜市立汲沢小・6年)>

親が東電や経産省に勤めている小学生からの手紙もあって、実におもしろい。親本人は、(仮に内心思っていたとしても)死んでも書けない内容であり、こういう意見が出てくるのは貴重だろう。

いまは東電や経産省を批判している人でも、仮にもし自分の身内が東電や経産省に勤めていたり、自分の会社が東電や経産省と取引していたら、なかなか批判できないものだと思う。ましてや、自分の親が東電や経産省に勤めている子供であれば、親をかばう気持ちはわかる。

どの子供の手紙もしっかりしていて、小学生とは思えないくらいだ。どちらかというと、全部しっかりしすぎているので、もっとヘンな子供とか、バカな子供の手紙もあったらよかったと思う。「ウチの親は東電に勤めているけど、東電は独占企業なので、ヒマそうなのに高給取りのオッサンがたくさんいるらしい。もちろん、ウチの親もその1人です」とか、そういう子供はいないのか。

それにしても、親が東電や経産省に勤めている子供に限って、「みんなに責任がある」みたいなことを書いているのは、正直憎たらしい(笑)。こういう「みんなに責任」論は、大人でもよく見かけるものなので、小学生がこう考えても無理はない。しかし、なんだかなあ。

今回の原発事故では、天災の要素と人災の要素が重なっているので、直接の原因はむずかしいところもある。しかし、政府がずっと原発を推進してきて、それが安全だと言っていたのがウソだったことや、電力会社が地域独占になっていることの弊害は、すでに明らかだ。

そもそも、「みんなが電気を使っている」ことは、「みんな原発に合意している」ことを意味しない。そして合意していたとしても、その前提になった説明がウソだった場合、それはサギである。

「みんなが悪い」と考える小学生には、まずは

1)みんなが原発をつくることに合意したのか、していないのか
2)みんなが合意したとしても、その前提となる説明に誤りはなかったか
3)その説明が誤っていたとして、それが意図的だったか、意図的でなかったか

の3つくらいは考えてみて欲しい。

小学生からの手紙の中に、

<これからみんなで話し合って、大人が何を間違えたのか、を考えていく必要があると思います>

というのがあるが、ほんとうにその通りだ。日本の未来を担う子供たちには、「大人が何を間違えたのか」をぜひ考えてほしい。

しかし、問題はそれほど単純ではないことも知っていてほしい。その大人も、根っからバカなわけではないのだ。「間違っている」と知りつつも、仕事やお金、自分の立場のために、間違いに手を染めることがある。それは、自分の家族のためを思ってのことでもあるのだ。

日本のあらゆる既得権益は、おそらくそのような「間違い」の連鎖でできている。そして今回の原発事故も、そもそも原発が推進されてきたのも、そのような「間違い」の連鎖から生じている部分が少なくないだろう。

問題が生まれてくる原因は「構造」であり、「ワルモノ」ではない。その「構造」は、自分の身内を守るための「間違い」によって組み上げられているのだ。


関連エントリ:
原発事故の責任は、東京電力よりも政府のほうが大きい
http://mojix.org/2011/06/06/genpatsu-sekinin
原発で作った電気を使っている人は、原発に対して責任を負っているか
http://mojix.org/2011/04/06/genpatsu-denki
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