2012.11.13
日本の会社からスーツがなくならない理由
先日の「エンジニアにスーツを着せているIT会社」には、大きな反響があった。

おおむね賛同意見が多いようだが、反対意見もけっこうあった(例:はてなブックマークのコメント)。私が見かけた代表的な反対意見は、主に次の3つだ。

1)スーツでも不自由を感じていない
2)スーツだと生産性が下がるという根拠は?
3)スーツだと服を考えなくていいのでむしろラク

1)と2)については、好みや個人差の問題だろう。私自身はスーツが大嫌いなのだが、スーツでもぜんぜん問題ない、という人もいる。少なくとも、スーツを着ていて快適でないと感じる人は、スーツを着たら仕事の生産性が上がるということはありえないだろう。

特にITエンジニアは、ルーチンワークではなく、アタマをふりしぼって考えつづける仕事だ。プログラミングは「物書き」のようなクリエイティブな仕事であると同時に、ソフトウェアというのは「情報機械」でもあるので、機械を作るような精密さも求められる。快適でない服装や、不自由な作業環境、割り込みが多くて気が散る、といった仕事環境では、生産性が大きく下がるのは避けられないだろう。

エンジニアにスーツを着せているIT会社」では、私自身がスーツ嫌いのため、スーツは生産性を下げるという書き方になってしまったが、中心的な論点は、「自分が快適だと感じる服装を、各自が自由に選べるようにすべきだ」というところにある。服装が自由になっても、スーツのほうが快適だと感じる人は、もちろんスーツを着ればいい。私はスーツを否定したいのではなくて、スーツを強制することを否定している。

反対意見で、もっとも根深い問題だと感じたのが、3)の「スーツだと服を考えなくていいのでむしろラク」というやつだ。なぜ、これが根深い問題なのか。

まず、これは生産性の話ではなくて、「スーツだと服を考えなくていい」という話である。つまり、この意見の持ち主にとっては、「服装が自由になると、毎日服を考えなければならず、これが負担だ」ということだろう。私の場合、服装自由であっても、服をぜんぜん気にしないのだが(これはこれで問題か)、気にする人が少なくないわけだ。

この「服を気にする」という心理は、より具体的には、「いつも同じ服を着ていると思われるのがイヤだ」とか、「ダサい服だと思われるのがイヤだ」ということだろう。それがイヤだから、そう思われないように気を使うわけだ。その精神的・時間的コストが負担だ、ということなのだろう。

これはもう、仕事の生産性とはぜんぜん関係なくて、ただの見栄というか、メンツの問題だ。しかし、この見栄とかメンツの問題こそが、日本では重要なのかもしれない。

全員にスーツを強制すれば、この服装に関する見栄とかメンツの問題が消滅するわけだ。これはまさに、日本的な「平等の強制」ではないだろうか。自由にすると、他人が勝って、自分が負けるという優劣が生じることに耐えられないので、不自由であっても平等を求めるわけだ。一部の小学校でやっているという、「お手々つないでいっしょにゴール」みたいなものだろう。

しかし、ファッションモデルや芸能人であれば、服装の優劣バトルをやるのもわかるが、なぜただの勤め人が、そこまで他人の目を気にするのか。営業のように、外見の印象も成果につながるのであれば、もちろん服装は重要だろう。しかし、自社で開発するエンジニアにとっては、自分が仕事しやすい服装であるかどうかがいちばん重要であって、それが生産性を左右する。他人にどう見られるかなんて、気にしても意味がない。

スーツ強制を支持する人は、見栄とかメンツの問題でそれを支持しているかもしれないが、服装の自由を求める人の多くは、別に見栄とかメンツで勝ちたいとか、自分の優れたファッションセンスを発揮したくて自由を求めているのではないだろう。単に、スーツだと仕事しにくいからなのだ。もし、社員全員が服装の優劣バトルをやろうとしているならば、「そんなことはくだらないから全員スーツ強制だ」というのもわかる。しかし、一部の人の見栄とかメンツのためにスーツ強制が支持されてしまい、そのためにスーツがイヤな人もスーツを着せられて、仕事の効率が落ちるのであれば問題だろう。一部の人の見栄とかメンツのために、他の人がそのコストを払うことになるのだ。

エンジニアにスーツを着せているIT会社」に対する反応のなかに、「その会社がスーツ強制なのは、服装が自由になったら、服のセンスがない上司が困るからだ」というものがあった。まさに、その通りかもしれない。日本の会社からスーツがなくならない理由がこれならば、それは見栄やメンツの問題なので、いくら生産性や合理性を説いても意味がない。根深い問題である。

いま服装が自由な職場にいて、そうはいってもやはり服は気になるよ、という人には、スティーブ・ジョブズのように、同じ服をたくさん買うのはどうだろうか。これなら、いつも気に入った服で仕事できて、服に悩む必要もない。毎日同じ服であれば、むしろそれがトレードマークになって、覚えてもらいやすいだろう。しかしこれだと、「あいつはいつも同じ服を着ているな」と余計に思われて、変人扱いされるリスクはある。そこは「Stay hungry. Stay foolish.」の精神で、わが道を行こう。


関連エントリ:
エンジニアにスーツを着せているIT会社
http://mojix.org/2012/11/10/engineer-suit-company
「主観恐怖症」の日本
http://mojix.org/2009/10/11/shukan_kyoufu