2013.05.20
アベノミクス円安の代償 メリットが代償を上回る場合のみ、円安は経済成長に寄与する
東洋経済オンライン - アベノミクス円安にメリットはあるのか? 忍び寄る「悪いインフレ」(2013年05月19日)
http://toyokeizai.net/articles/-/13871

<ドルに対して円の価値が25%下落したことは、「アベノミクス」が日本の活力を取り戻せることを確信させる最も有効な要素の一つである。しかし、円安にはメリットばかりではなく代償があることも忘れてはいけない。メリットが代償を上回る場合のみ、円安は経済成長に寄与するだろう>。

<その代償はすでに顕在化しており、エネルギー、原材料、食料、製造部品の輸入価格が上昇している。競合企業に対する日本企業の費用優位性が生まれたことで輸出拡大が期待できるというメリットはあるが、この傾向はまだ見られない。どの程度のメリットがあるかも不透明だ>。

私が信頼する論者であるリチャード・カッツ氏が、アベノミクスの円安路線に警鐘を鳴らしている。円安にはメリットと代償があり、代償はすでに顕在化しているが、メリットはまだ見えない、と書いている。

<インフレ期待をもたらすことから、日本にとっても悪いことではない、と言う人もいるかもしれない。が、これは経済学的にはナンセンスだ。インフレには「よいインフレ」と「悪いインフレ」があり、後者は経済成長に悪影響をもたらす。より少ない量を獲得するのにより多くを支払うのは悪いインフレである>。

「悪いインフレ」になろうが、資産バブルになろうが、とにかくインフレを起こし、デフレを脱却しよう、というのが目的化しているように、私には見える。

規制改革しなければ、日本経済の成長力はつかない。それをせずに、金融だけを緩和すれば、「悪いインフレ」になるのは自明だろう。

規制改革しないから日本は成長できず、世界のなかで相対的な競争力が失われて、デフレになったのだ。にもかかわらず、デフレ自体を問題の原因と見なし、とにかくデフレを脱却すればOK、というリフレ派の考え方で突き進んでいるように見える。

いまのところ期待が先行し、株もあがっている。この期待上昇と、株高による資産効果(株で儲けた人のサイフがゆるむ)が、メリットといえばメリットだ。しかし、規制改革しないかぎり、実体経済の成長はついてこない。よって、この期待は空振りに終わり、失望したときの反動も大きい、というのが私の予想だ。

リチャード・カッツ氏は、輸出企業にとって円安が何を意味するのか、トヨタを例に解説している。

<自動車業界を見ると、日本メーカーは今でも世界のトップを争っている。自動車メーカーは、この円安を外国での価格引き下げか多くの円を獲得するのに利用することができた>。

<たとえば、円が1ドル=78円から98円に下落したとすると、トヨタ自動車は輸出自動車の価格を2万4000ドルから、たとえば1万9000ドルに引き下げることができる。これで、円ベースでほぼ同額(約18万7000円)を獲得でき、より多くの自動車を販売できる。あるいは現地価格は2万4000ドルのままで1台当たり23万5000円を円ベースで得ることもできる。昨年9月から2月にかけて、自動車メーカーは後者を選んだ。円での自動車価格は15%上昇し、輸出で得られた金額は12%増えたが、実質的な数量は2.4%減少した>。

ドルベースで値下げ(円ベースで据え置き)するか、ドルベースで据え置き(円ベースで値上げ)するかの選択肢のうち、自動車メーカーは後者を選んだとのこと。これで、円ベースでの売上は増えるが、売れた実質数は減っているとのこと。

<これは、自動車メーカーに投資しているヘッジファンドにとってはすばらしい話だったのかもしれないが、これが、メーカーの雇用増や新たな設備増強にどれだけ結び付くのだろうか>。

<これまでのところ、日本企業の主要輸出事業者の価格戦略が意味しているところは、経済全体の成長をもたらす乗数効果が存在しないことである。おそらくこの効果は年末までには表れるだろうが、円安メリットの大きさはまだ不透明である>。

けっきょく、日本での雇用と設備投資が増えないと、経済成長は起きない。いまのところ、期待だけがふくらみ、株高とそれによる資産効果はいくらか起きているが、円安によって輸入コストが上昇しており、代償も払っている。

特に雇用については、いったん人を雇えばなかなかクビにできない、という日本の解雇規制が変わらないかぎり、企業は人を雇わないだろう。日本では、業績がいいときに人をたくさん採用してしまうと、業績が悪くなってもなかなかクビを切れない。これでは人件費の調整ができず、ヘタすると倒産へ一直線である。だから、日本企業は業績がよくなっても、なかなか人を雇わない。企業がケチなのではなく、雇用規制が問題なのだ。


関連エントリ:
リチャード・カッツ「反成長的な慣行を社会的なセーフティネットと所得配分政策に置き換えよ」
http://mojix.org/2010/01/13/hanseichou_safetynet