世界を変えるお金の使い方
近所のブックオフで、『世界を変えるお金の使い方』という本を見つけた。
Think the Earth Project - 世界を変えるお金の使い方
http://www.thinktheearth.net/jp/money/
責任編集 山本良一
Think the Earth Project 編
ダイヤモンド社
2004年
<100円で 内モンゴルのホルチン砂漠に植えるポプラの苗木が10本買えます>といった、ちょっとしたお金で環境に対してどんな貢献ができるかの「アクション」を50個、きれいな写真とともに例示したビジュアルブックだ。
環境本でありながら、タイトル通り「お金」を軸に見ている本なので、それほど説教くさくなく、いろいろなものの「値段」がわかるような面白さがある。そして、いくつか収録されている関連知識の解説文のなかに、興味を引かれるものがいくつかあった。
■ 斎藤 槙 『お財布からの投票』
『お財布からの投票』というテキストでは、そのタイトル通り、お金を使うこと、消費とは「投票」だと書かれている。これはまさに、「お金は社会の回りもの」「投資の社会的責任」「利回りよりも大切なもの」などで、私が何度も書いてきた話だ。私は「社会的責任投資(SRI)」という言葉も知らず、素人考えで書いていたわけだが、消費が「投票」であるという見方は、すでに確立された見方だったようだ。
著者の斎藤氏は、電通を経て米国NYの大学院に留学し、そこでアリス・テッパー・マーリンというCSR(Corporate Social Responsibility 企業の社会的責任)の専門家に出会って、のち社会責任コンサルタントとして独立した、というキャリアの持ち主。
環境goo - 企業の社会貢献活動を支援 斉藤槙さん
http://eco.goo.ne.jp/business/csr/ecologue/wave13.html
現在はLAを拠点にするASU International社の代表。
■ 田中 優 『市民によるバンク作り』
『市民によるバンク作り』というテキストでは、著者の田中氏自身が立ち上げた「未来バンク」というものが紹介されている。
未来バンク
http://homepage3.nifty.com/miraibank/
未来バンクとは、環境や福祉事業、NPOや市民事業などに低利で融資する仕組み。法律の関係で、銀行そのものではなく、「銀行のようなもの」のようだ。
通常の銀行では、預けたお金がどこに融資されているかわからないが、未来バンクではそれが見える。これもまさに、「投資の社会的責任」で書いた話を具現化したもので、こういうものがすでに実現していたことに驚くとともに、自分の不勉強が恥ずかしくなってしまった。
HOTWIREDの「ECO WIRE」に、田中氏の連載も見つけた。
HOTWIRED - 田中優の「もうひとつの未来」
http://hotwired.goo.ne.jp/ecowire/tanaka/
■ 山本良一 『世界を変えるお金の使い方』
この本の責任編集者でもある、山本良一氏の巻頭テキスト。
山本良一氏は、実は私が大学時代、工学部材料学科で教わった先生だ(よって、以下は「山本先生」と書きます)。濃密かつハイスピードで整然とした講義、そして頭脳明晰ながらどこかホンワカした人格者ぶりが、実に印象的な先生だった(講義には私はほとんどついていけなかったのだが…)。
先生は当時から「エコマテリアル」の研究をしていて、その後はより広い「エコ」の分野で先生の名前を見かけるようになった。そして、いわば「エコとお金」がテーマであるこの本の責任編集が山本先生であっても全く不思議はないのだが、私にとっては、ちょっと不思議で感慨深い「再会」だ。
この山本先生の巻頭テキストには、私がぜんぜん知らなかった話がたくさん書かれているのだが、特に「環境経済学」というものがあること、またそれに関連した記述の数々に、じつに驚かされた。
山本先生は、資本主義市場経済で環境問題や社会問題が起こるのは、市場が完全ではないからだ、と書いている。<例えば未来の世代や人類以外の生物種が(市場に)参加することはできません。また、個人も企業もきわめて短期的な利益を考えて市場で取引をしています。個人や企業が環境に排出する汚染物質の処理費用や、生態系が人類に提供するサービスについての費用は市場に内部化されていないのです>。
環境問題や社会問題の原因は、人間の魂が汚れているからではなくて、「環境」などが<市場に内部化されていない>からだというのだ。つまり人間に向かって真理を説き、魂を浄化することによってではなく、市場というメカニズム、「神の見えざる手」を精緻化していくことで、環境問題も解決しうるという立場だ。これは私にとって驚くべき斬新な理論であり、「まさにそれだ!」と叫びたくなってしまった。
人間とは自分勝手な生き物で、かつ怠け者だ。「地球をたいせつにしよう」といった説教をいくら繰り返しても、人間は動かない。地球をたいせつにすると、自分にもメリットがあるのだと納得して初めて、人間は地球をたいせつにするのだと私は思う。人間を動かすのは合理性なのだ。
山本先生の見方は、環境問題を「地球をたいせつにしよう」式の説教で解決するのではなく、市場のメカニズムで合理的に解決しようという立場だろう。環境を「市場」に組み込んでしまうわけだ。これは素晴らしい考え方だと思う。
環境を<市場に内部化>するこのアプローチが、「環境経済学」という学問で、具体的な例としては、以下のようなものがあるらしい。<メリーランド大学のロバート・コンスタンザ達は地球生態系のもたらすサービスと財の経済的価値の概算を行なっています(中略)年間の経済的価値を評価したところ36~58兆ドル(1998年のアメリカドル値)で、これは当時の世界のGDP値に匹敵する額です。最近になってケンブリッジ大学のアンドリュー・バームフォードらは『自然保護の経済的理由』と題してサイエンス誌に論文を載せていますが、環境保護コストに対してそれから得られる経済的価値は約100倍と見積もっています>。
これは要するに、環境を<外部>として、「タダ」と見なすのではなく、人類がそこから得ている資源や、それに与えるダメージを経済的・定量的に評価しよう、というアプローチだろう。企業会計のように、いわば「地球のBS(バランスシート)」で地球の「資産」を計算し、「地球のPL(損益計算書)」で、地球の年間あたりの「利益」と「損失」を計算するような話だ。
ほかにも、市場経済に対する簡潔な解説など、本書の巻頭テキストとしての役割を果たしてあまりある、きわめて有益な内容になっている。無駄のない読みやすい文章に、濃密な見識が詰まっている感じで、山本先生の偉大さを痛感させられた。
■ PICSYとの類似
そして、この『世界を変えるお金の使い方』という本をつらぬく思想は、PICSYと重なる部分も大きいと思った。
PICSY (伝播投資貨幣)
http://www.picsy.org/
PICSYプロジェクト
http://mojix.org/2003/10/14/2345
この本ではPICSYそのものは採り上げられていないが、「消費は投票」という見方は、PICSYの「消費は投資」という見方にも近い。利他的な精神や長期的利益への志向を、善意や道徳にゆだねるのではなく、それを「合理化」するように市場自体を再設計してしまう姿勢が、両者に共通していると思う(PICSYは市場というよりも、貨幣を再設計するというべきか)。またこの本には「地域通貨」の話も出てくるが、PICSYも地域通貨システムから発展したプロジェクトのはずだ。
環境経済学は市場の再設計(環境を市場の<内部>に取り込む)で、PICSYは新しい貨幣システムと、やろうとしていることは違うと思うが、その考え方において通じるところは少なくない気がする。
■ 世界を変えるITの使い方
この『世界を変えるお金の使い方』という本は、お金が主題なので、「もし○○円あったら、これができる」という形式で、必要なものやサービスを「買う」というところで話が終わっている。
もしこれがお金ではなく、例えば「IT」だったら、どうだろうか。
ITでは、砂漠に木を植えたりはできないけれども、お金でモノやサービスを買うのとは違うかたちで、さまざまに「世界を変える」ことができそうだ。
世界を変えるくらいインパクトのあるITのアイディアを50個集めて、
『世界を変えるITの使い方』という本を作ると面白いかもしれない。
Think the Earth Project - 世界を変えるお金の使い方
http://www.thinktheearth.net/jp/money/
責任編集 山本良一
Think the Earth Project 編
ダイヤモンド社
2004年
<100円で 内モンゴルのホルチン砂漠に植えるポプラの苗木が10本買えます>といった、ちょっとしたお金で環境に対してどんな貢献ができるかの「アクション」を50個、きれいな写真とともに例示したビジュアルブックだ。
環境本でありながら、タイトル通り「お金」を軸に見ている本なので、それほど説教くさくなく、いろいろなものの「値段」がわかるような面白さがある。そして、いくつか収録されている関連知識の解説文のなかに、興味を引かれるものがいくつかあった。
■ 斎藤 槙 『お財布からの投票』
『お財布からの投票』というテキストでは、そのタイトル通り、お金を使うこと、消費とは「投票」だと書かれている。これはまさに、「お金は社会の回りもの」「投資の社会的責任」「利回りよりも大切なもの」などで、私が何度も書いてきた話だ。私は「社会的責任投資(SRI)」という言葉も知らず、素人考えで書いていたわけだが、消費が「投票」であるという見方は、すでに確立された見方だったようだ。
著者の斎藤氏は、電通を経て米国NYの大学院に留学し、そこでアリス・テッパー・マーリンというCSR(Corporate Social Responsibility 企業の社会的責任)の専門家に出会って、のち社会責任コンサルタントとして独立した、というキャリアの持ち主。
環境goo - 企業の社会貢献活動を支援 斉藤槙さん
http://eco.goo.ne.jp/business/csr/ecologue/wave13.html
現在はLAを拠点にするASU International社の代表。
■ 田中 優 『市民によるバンク作り』
『市民によるバンク作り』というテキストでは、著者の田中氏自身が立ち上げた「未来バンク」というものが紹介されている。
未来バンク
http://homepage3.nifty.com/miraibank/
未来バンクとは、環境や福祉事業、NPOや市民事業などに低利で融資する仕組み。法律の関係で、銀行そのものではなく、「銀行のようなもの」のようだ。
通常の銀行では、預けたお金がどこに融資されているかわからないが、未来バンクではそれが見える。これもまさに、「投資の社会的責任」で書いた話を具現化したもので、こういうものがすでに実現していたことに驚くとともに、自分の不勉強が恥ずかしくなってしまった。
HOTWIREDの「ECO WIRE」に、田中氏の連載も見つけた。
HOTWIRED - 田中優の「もうひとつの未来」
http://hotwired.goo.ne.jp/ecowire/tanaka/
■ 山本良一 『世界を変えるお金の使い方』
この本の責任編集者でもある、山本良一氏の巻頭テキスト。
山本良一氏は、実は私が大学時代、工学部材料学科で教わった先生だ(よって、以下は「山本先生」と書きます)。濃密かつハイスピードで整然とした講義、そして頭脳明晰ながらどこかホンワカした人格者ぶりが、実に印象的な先生だった(講義には私はほとんどついていけなかったのだが…)。
先生は当時から「エコマテリアル」の研究をしていて、その後はより広い「エコ」の分野で先生の名前を見かけるようになった。そして、いわば「エコとお金」がテーマであるこの本の責任編集が山本先生であっても全く不思議はないのだが、私にとっては、ちょっと不思議で感慨深い「再会」だ。
この山本先生の巻頭テキストには、私がぜんぜん知らなかった話がたくさん書かれているのだが、特に「環境経済学」というものがあること、またそれに関連した記述の数々に、じつに驚かされた。
山本先生は、資本主義市場経済で環境問題や社会問題が起こるのは、市場が完全ではないからだ、と書いている。<例えば未来の世代や人類以外の生物種が(市場に)参加することはできません。また、個人も企業もきわめて短期的な利益を考えて市場で取引をしています。個人や企業が環境に排出する汚染物質の処理費用や、生態系が人類に提供するサービスについての費用は市場に内部化されていないのです>。
環境問題や社会問題の原因は、人間の魂が汚れているからではなくて、「環境」などが<市場に内部化されていない>からだというのだ。つまり人間に向かって真理を説き、魂を浄化することによってではなく、市場というメカニズム、「神の見えざる手」を精緻化していくことで、環境問題も解決しうるという立場だ。これは私にとって驚くべき斬新な理論であり、「まさにそれだ!」と叫びたくなってしまった。
人間とは自分勝手な生き物で、かつ怠け者だ。「地球をたいせつにしよう」といった説教をいくら繰り返しても、人間は動かない。地球をたいせつにすると、自分にもメリットがあるのだと納得して初めて、人間は地球をたいせつにするのだと私は思う。人間を動かすのは合理性なのだ。
山本先生の見方は、環境問題を「地球をたいせつにしよう」式の説教で解決するのではなく、市場のメカニズムで合理的に解決しようという立場だろう。環境を「市場」に組み込んでしまうわけだ。これは素晴らしい考え方だと思う。
環境を<市場に内部化>するこのアプローチが、「環境経済学」という学問で、具体的な例としては、以下のようなものがあるらしい。<メリーランド大学のロバート・コンスタンザ達は地球生態系のもたらすサービスと財の経済的価値の概算を行なっています(中略)年間の経済的価値を評価したところ36~58兆ドル(1998年のアメリカドル値)で、これは当時の世界のGDP値に匹敵する額です。最近になってケンブリッジ大学のアンドリュー・バームフォードらは『自然保護の経済的理由』と題してサイエンス誌に論文を載せていますが、環境保護コストに対してそれから得られる経済的価値は約100倍と見積もっています>。
これは要するに、環境を<外部>として、「タダ」と見なすのではなく、人類がそこから得ている資源や、それに与えるダメージを経済的・定量的に評価しよう、というアプローチだろう。企業会計のように、いわば「地球のBS(バランスシート)」で地球の「資産」を計算し、「地球のPL(損益計算書)」で、地球の年間あたりの「利益」と「損失」を計算するような話だ。
ほかにも、市場経済に対する簡潔な解説など、本書の巻頭テキストとしての役割を果たしてあまりある、きわめて有益な内容になっている。無駄のない読みやすい文章に、濃密な見識が詰まっている感じで、山本先生の偉大さを痛感させられた。
■ PICSYとの類似
そして、この『世界を変えるお金の使い方』という本をつらぬく思想は、PICSYと重なる部分も大きいと思った。
PICSY (伝播投資貨幣)
http://www.picsy.org/
PICSYプロジェクト
http://mojix.org/2003/10/14/2345
この本ではPICSYそのものは採り上げられていないが、「消費は投票」という見方は、PICSYの「消費は投資」という見方にも近い。利他的な精神や長期的利益への志向を、善意や道徳にゆだねるのではなく、それを「合理化」するように市場自体を再設計してしまう姿勢が、両者に共通していると思う(PICSYは市場というよりも、貨幣を再設計するというべきか)。またこの本には「地域通貨」の話も出てくるが、PICSYも地域通貨システムから発展したプロジェクトのはずだ。
環境経済学は市場の再設計(環境を市場の<内部>に取り込む)で、PICSYは新しい貨幣システムと、やろうとしていることは違うと思うが、その考え方において通じるところは少なくない気がする。
■ 世界を変えるITの使い方
この『世界を変えるお金の使い方』という本は、お金が主題なので、「もし○○円あったら、これができる」という形式で、必要なものやサービスを「買う」というところで話が終わっている。
もしこれがお金ではなく、例えば「IT」だったら、どうだろうか。
ITでは、砂漠に木を植えたりはできないけれども、お金でモノやサービスを買うのとは違うかたちで、さまざまに「世界を変える」ことができそうだ。
世界を変えるくらいインパクトのあるITのアイディアを50個集めて、
『世界を変えるITの使い方』という本を作ると面白いかもしれない。