2008.11.09
コミュニケーションはコラボレーション
最近「コミュニケーション能力」というキーワード検索でこのサイトに来る人がけっこういるようなので、「コミュニケーション能力」でGoogle検索してみた

すると1,530,000件もヒットし、私の「学歴もコミュニケーション能力も過大評価されすぎでは?」がなんと3番目に来ていた。「話し方セミナー」みたいな広告もたくさん出ているので、「コミュニケーション能力」はなかなかホットなキーワードらしい。

検索結果のトップはウィキペディアの解説で、さすがに充実している。

ウィキペディア - コミュニケーション能力
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3..

<コミュニケーション能力(コミュニケーションのうりょく、communication ability)とは、一般的に「他者とコミュニケーションを上手に図ることができる能力」を意味する>。

このなかに、次のような齋藤孝の意見が引かれている。

<コミュニケーションを単なる情報や知識のやりとりだと思ったりすると、コミュニケーションには失敗してしまう。仕事の相手ですら、情報と同時に感情のわかちあいは行われており、それを意識している人とそうでない人では、結果に大きな違いがでる。仕事で初顔合わせする相手とまず食事を共にしたりすることが行われているのは、感情を共有するためである>。

<相手が伝えようとしている意味を、自分はしっかり受け取っているのかと自分に問いかけ、自分が理解した内容を反復したり、相槌を適切に打ち、それに対する相手の反応を見ることで、自分が相手を誤解してしまっている部分を自己修正しつづけることが大切で、それによって信頼関係が深まってゆく>。

<最近、学校教育で流行っているディベート形式の訓練は危険で、論理至上との思い込みを生み、相手の言いたいことを理解せず、相手の揚げ足取りをしたり、弱点を攻め立てたり、論理をすりかえる習慣がついてしまう。このような小細工が役立つ場面はせいぜい裁判ぐらいしかなく、普通の社会人は仕事をディベート能力で行うものではない。もしもディベート流に、論理をすりかえたり、相手をやりこめたりすれば、トラブルが発生する>。

これはきわめて重要な指摘だと思う。

人間は自分の本当に言いたいことを、言葉で完全にあらわすことはできない。さらに、自分ではきちんとあらわしたつもりでも、その言葉から想起する意味が人によって異なるので、多かれ少なかれ誤解が生じる(「すべての言葉は一人歩きする」)。さらに、その意味のズレ・誤解を客観的に認識できないので、互いに「わかったつもり」で進んでいってしまい、あとで何らかの矛盾が生じて初めて、誤解が生じていたことを知る。

言語によるコミュニケーションは、このように根本的な困難を内包している。それでも言語によるコミュニケーションが成立しうるのは、「コミュニケーションを成立させよう」という意図を互いにもっていて、できるだけ誤解や行き違いをなくしながら話を進めようとするからだろう。コミュニケーションとはまさにコラボレーションであり、協力関係・共同作業なのだ。

逆に、最初から相手のことを嫌っていたりして、そもそも協力しようという気持ちがない場合、コミュニケーションは成立しない。相手の発した言葉に対して、論理的な矛盾を突くことは、ほとんどつねに可能だろう。本当に論旨のレベルで矛盾している場合、指摘せざるをえない場合もあるだろうが、ほんとうに「親身」な指摘であれば、相手にもその態度が伝わる。そうではなく、単に揚げ足取りやいいがかりのレベルであれば、それは言語表現というよりも相手に対する敵意の表明に近い。これではコミュニケーションは成立しないだろう。

このように、コミュニケーションは単なる論理的な言語処理ではなく、相手とのコラボレーションによって相互に意志伝達をはかろうとする、高度なメンタル・プロセスだ。その意味では、コミュニケーション能力はやはり重要だろう。<普通の社会人は仕事をディベート能力で行うものではない。もしもディベート流に、論理をすりかえたり、相手をやりこめたりすれば、トラブルが発生する>という齋藤孝の指摘はまったく正しい。仕事とはまさにコラボレーションだから、協力的な態度を見せてくれない人とは仕事はできないだろう。

私は一方で、論理的な思考力もきわめて重要だと思っている(「なぜ論理的思考力が重要なのか」)。そしてこの論理的な思考をフルに発揮すると、円滑な会話を寸断してしまうような場合もよくある。このような場合にどうふるまうべきかは、その場合の論理矛盾がどのくらい重大な影響を及ぼすか、というのがひとつの基準になると思う。そして、相手に対してどうしても論理矛盾を指摘しなければならない場合でも、協力的な態度を見せるかどうかで、その説得が成功するかどうかは大きく左右されるだろう。その意味で、コミュニケーション能力というものは、論理的な思考力とはまったく別のレイヤーに存在するものだ。


関連エントリ:
すべての言葉は一人歩きする
http://mojix.org/2006/01/29/225233
規格外の東大名誉教授、西村肇
http://mojix.org/2006/02/05/233240