2013.04.18
「出版」と「publishing」の違いが意味するもの
英語の「publish」「publishing」にあたる日本語は、ふつう「出版する」「出版」である。私は昔から、これに違和感がある。

ウィキペディアの「出版」には、こう書いてある。

ウィキペディア - 出版
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%BA%E7%89%88

<出版(しゅっぱん、英語:publishing)とは、販売・頒布する目的で文書や図画を複製し、これを書籍や雑誌の形態で発行することで、上梓(じょうし)、板行(はんこう)とも呼ばれる>。

<書籍や雑誌など出版されたものを出版物と呼び、出版を事業とする企業を出版社と呼ぶ。 出版(複製)は一般に印刷によって行われる。新聞も同様の方法で発行されるが、流通経路が異なり、普通は出版とは呼ばない。ただし、現在ほとんどの新聞社(またはそのグループ会社)では雑誌、書籍の出版も手がけている>。

この解説文にもあらわれているように、日本語の「出版」は、書籍や雑誌が中心であり、「紙に印刷する」というニュアンスが強い。

いっぽう、英語のウィキペディアの「Publishing」にはこうある。

Wikipedia - Publishing
http://en.wikipedia.org/wiki/Publishing

<Publishing is the process of production and dissemination of literature, music, or information ― the activity of making information available to the general public.>

(大意:パブリッシングとは、文芸作品や音楽、情報を製作し、ひろめるプロセスを指す。すなわち、情報を公(おおやけ)にする活動を指す。)

ここには、「紙に印刷する」というニュアンスはない。パブリッシングとは、「情報を公にする」ことなのだ。日本語でいえば「公開」に近い。「publish」と「public」という綴(つづ)りの類似からも、この2つの単語が語源的にも近いことは予想がつく。

英語の「Publishing」の解説文には、こういう部分がある。

<Traditionally, the term refers to the distribution of printed works such as books (the "book trade") and newspapers. With the advent of digital information systems and the Internet, the scope of publishing has expanded to include electronic resources, such as the electronic versions of books and periodicals, as well as micro-publishing, websites, blogs, video game publishers and the like.>

(大意:旧来は、この語は本や新聞などの印刷物をひろめることを指していた。その後、デジタル情報システムとインターネットがあらわれてからは、パブリッシングの範囲はひろがり、電子的な媒体も含まれるようになった。つまり、本や雑誌の電子版や、ウェブサイトやブログ、テレビゲームといったものである。)

英語の「publishing」は、もともと「紙」や「印刷」というニュアンスが少ないので、デジタル情報やインターネットが出てきてからは、自然とそれを含むようになってきているわけだ。

いっぽう、日本のウィキペディアの「出版」のほうには、このようなデジタル情報やインターネットに対する言及はひとつもない。これは、この解説文を書いた人の見方が偏っている、という部分もいくらかあるかもしれない。しかし、日本語の「出版」という語は、「紙」や「印刷」というニュアンスが強いことは間違いないだろう。その意味では、この解説文はそれほど偏ってはいないと思う。

先日「ネットの文字は「活字」に入らないのか」というのを書いたが、「活字」という語を紙に限定する用法も、この「出版」の用法と似ているかもしれない。つまり、マスコミがネットを文化的に下だと見ているといったことだけでなく、「出版」という語にもあらわれているように、いわば日本語のレベルで「紙への傾斜」があるわけだ。

「出版」や「活字」という語のニュアンスも、もっと時間が経てば、きっと変わっていくだろう。しかし現状では、まだ「紙への傾斜」が強いわけだ。このことは、日本はデジタル情報やネットというものを、まだ文化的に「腹落ち」するレベルまでは取り込めていない、ということを意味しているかもしれない。


関連エントリ:
ネットの文字は「活字」に入らないのか
http://mojix.org/2013/04/06/net-moji-katsuji