2013.06.09
「脱法ハウス」は、むしろ弱者を救済しているのではないか
毎日新聞 - 脱法ハウス:1.6畳「住所OK」 記者が滞在してみた(2013年06月06日 09時00分)
http://mainichi.jp/select/news/20130606k0000m040130000c.html

<開業1年の新名所、東京スカイツリーの足もとに、蜂の巣状に116室に区切られ、人々が息を殺して夜を過ごすオフィスビルがある。運営業者は「倉庫」と言い張るが、実態は1畳半ほどの居室を並べた「脱法ハウス」だ。実際に記者が契約し、滞在してみて感じた。火災が起きたら大惨事になるのではないか。そもそも、こんな現実がなぜ許されているのか。【加藤隆寛】>


電灯やマットを持ち込み、記者が過ごした1.6畳の空間。東京拘置所の独居房(3畳余)のおよそ半分だ=東京都墨田区で2013年5月撮影

<施設は東京都墨田区にある。徒歩圏内のJR錦糸町駅前に広告看板があった。「敷金・礼金・保証人不要」「激安ワンルーム」「住所利用OK」。アパートを連想するが、小さな字で「多目的レンタルスペース」とある。ビルは6階建てで、以前入居していた繊維会社の名が壁に残る。私が訪ねた時、空きは3室だった>。

最近よく聞く「脱法ハウス」について、記者がじっさいに潜入して取材した記事。

じつにリアルな内容だ。例えばこんな感じ。

<私の場所は1階で広さ2.5平方メートル(1.6畳)。東京都条例が定める居室の最低面積(7平方メートル)の約3分の1だ。利用料は月2万9000円(光熱費込み)。3万円台後半の部屋もある。各室に鍵がかかるが、ベニヤの壁は天井まで届いていない。備品はゼロで電灯も持ち込んだ>。

<床はコンクリートにカーペットを敷いただけで、硬く、冷たい。量販店で購入したマットを敷き、横になって息を殺した。寝返り、せき払い、菓子を食べる音……みな筒抜けだが、総じて静かだ。建物内は禁煙なのに、たばこのにおいが漂う。防火面は大丈夫だろうか。午後10時ごろ、携帯電話で話す女性の小声が響く。「ハローワーク……明日、待ち合わせて……」。すぐに静寂が戻ったが、その後もかなりの人数の気配を感じた>。

この「脱法ハウス」のようなものは昔からあり、以前は「押し入れハウス」とも呼ばれていた(関連:「日本の賃貸住宅ではなぜ保証人を要求されるのか 「保護」がむしろ「弱者」を生む日本の構造」)。最近のものは、より大規模になっているのかもしれない。

「脱法ハウス」が増えているのは、それが必要とされているからだろう。月3万円も払えるなら、家賃だけで言えば、都心でも風呂なしボロアパートくらい借りられる。しかし、通常の賃貸契約は、保証人が求められたり、審査があるので、敷居が高い。だから「脱法ハウス」に行かざるをえないのだろう。

「脱法ハウス」がこれだけ必要とされているということは、これを「脱法」とするルールのほうがおかしい、という見方もできる。このように劣悪な場所をわざわざ選ばざるをえないのも、賃貸契約の敷居がそれだけ高い、ということのあらわれだろう。

なぜ日本では、賃貸契約の敷居がそんなに高いのだろうか。日本には借地借家法があるため、家賃が滞納されても、大家は賃借人をなかなか追い出すことができない。よって、入居時の審査をきびしくせざるをえないのだ。いったん契約したら、契約をなかなか解除できないというルールのため、なかなか契約しない、という構造である。日本は解雇規制があるために、企業の採用基準がきつくなっているというのも、これと同じ構造である。

解雇規制や借地借家法というのは、一見すると弱者を保護してくれるもののように思えるが、実際は取引のコストを高めてしまうので、弱者はむしろはじき出されてしまうのだ。弱者救済は、取引規制ではなく、セーフティネットによっておこなう必要がある。にもかかわらず、日本ではいまだに、弱者保護の名のもとに、取引規制がおこなわれているのだ。これがむしろ弱者を生み出し、弱者をより苦境に追いやっているように思う。

「脱法ハウス」は、現状のルールでは「脱法」かもしれないが、むしろ弱者を救済する役割を果たしているように、私には思える。「脱法ハウス」がなくなったら、いまそこにいる人たちは、どうなるのだろうか。


関連エントリ:
ルールが守られていないとき、おかしいのはルールのほうかもしれない
http://mojix.org/2013/06/05/rule-okashii
八田達夫『ミクロ経済学』 終章「効率化政策と格差是正政策の両立」
http://mojix.org/2009/08/16/hatta_micro_kouritsu
日本の賃貸住宅ではなぜ保証人を要求されるのか 「保護」がむしろ「弱者」を生む日本の構造
http://mojix.org/2009/04/02/chintai_hoshounin