日本の医療分野に存在する悪循環 横山禎徳氏による指摘
MRIC - 「社会システム・デザイン・アプローチによる医療システム・デザイン」
http://mric.tanaka.md/2009/04/03/_vol_73_1.html
http://mric.tanaka.md/2009/04/04/_vol_74_2.html
http://mric.tanaka.md/2009/04/05/_vol_75_3.html
マッキンゼーの東京支社長もつとめた経営コンサルタント・横山禎徳(よこやま よしのり)氏が、東大医科学研究所大講堂で2007年11月11日におこなった講演内容に加筆訂正したもの。
日本の医療で生じている問題について、横山氏のアプローチである「社会システム・デザイン」という見方から切り込み、問題を生じさせている「システム」を分析している。目からウロコが落ちるような素晴らしい指摘に満ちており、個人的には大きな衝撃を受けた。
内容はエントリ3回分にわたっているが、とても読みやすく、面白いので、一気に読めると思う(図はPDF資料にまとめられている)。以下、核心部分の第3回からいくつか抜粋してみる。
<「社会システム・デザイン」の第一ステップである悪循環を定義するというところから説明します。Payer, Patient, Providerの三者間に価格対価値に直接関係するようなやりとりがないことから来る自己規律が欠如していることが基本的な課題であると思います。その状況に対してControlもMass Mediaも前向きな対応が出来ていないだけでなく、状況を悪化させる方向に持っていっているというように考えられます>。
<実際に、Payer、Patient、Provider、Control、Mass Mediaの間に存在する悪循環というのを、色々拾ってみているわけですが、多くの悪循環がこれらの関係者の間に発生しています。産婦人科医や小児科医が減るから就業環境が悪化し、一層、医師が減っていくという悪循環はよく知られています。しかし、医療界の他の多くの問題も悪循環という形で整理することが可能です>。
なお、ここで出てきている「Payer」、「Patient」、「Provider」、「Control」などの意味は、次のようなもの。
・Payer: 費用支払者、保険者(健康保険の運営主体、広い意味では「国」)
・Patient: 患者
・Provider: 医療提供者(病院、医師)
・Control: 行政、司法
・Mass Media: マスコミ
(第2回にある説明に、私が言葉を補足したもの。横山氏の意図と違う可能性もあります)
医療の内容とその価格がつりあっていない、というのが基本的な指摘で、国による規制や医療費の抑制、国民の無理解などによってこれが生じている。さらに、司法判断やマスコミの煽りによって、医師はますますつらい立場に追い込まれている。
<例えば医療事故を捉えてみると、刑事介入をすることがいかに悪循環を作っているかという問題があります。亡くなった患者の遺族も裁判に勝っても、当然のことながら患者が生き返って来るとは思っていません。真実を知りたい、本当に謝って欲しいというような素朴な感情に十分答えてもらえない不満から裁判に持ちこみ、状況を一層こじれさせていくということです>。
<原告と被告という関係ではことがうまく進みません。刑事犯になる可能性があるのだったら出来る限り被告側である医者および病院は自己防御をします。素朴に謝るわけには行きません。そうすると、真実の解明には結局なりません。患者側はたとえ勝訴しても医師がちゃんと反省してくれていないと思って不満が残り、他の手がないから司法によるもっと強い制裁を求めてしまうという悪循環が回っています>。
<それから、「国民医療費」という発想とその増大を押さえ込む、すなわち、コストを下げていこうという厚労省の努力が、実際には病院側に別の行動を誘発し、実は結局、コスト高になるという悪循環があります>。
<マスコミというのは、物事のエコノミクス、すなわち、経済的に成り立つのかということは関心がないのか、あまり勉強していないようです。それから、時間軸を短くする傾向があります。10年後の話ですというと誰も読まないので、来年起こりそうに言うきらいがあります。マスコミを別に批判しているわけではなく、要するにマスコミの好みというものがあるということです>。
<それだけではなく、医療の現場感覚に関して検察や裁判官がかなり無知であるようにマスコミもやはり無知です。それに、統計的なことはあまり得意ではありません。記事で取り上げているのは少数例だということはあまり語られません。そうすると、医師全体の批判になっていきがちです。良い医師とそうではない医師との差が見えないのです。医師は理不尽だと思うけどマスコミに対して対等に反論する手段がありません。患者や世間の誤解の中で仕事をすることになり、報われない気持ちが疲労感に繋がり、無理が蓄積し医療事故のリスクが高まります。そうすると、またメディアが取り上げます。そういうような悪循環が回っています>。
ここで指摘されている医療の問題は、「日本の賃貸住宅ではなぜ保証人を要求されるのか 「保護」がむしろ「弱者」を生む日本の構造」でも書いた、「消費者保護のコスト」という話と完全に重なっているように見える。医療という分野でも、やはり「日本的な構造」が幅を利かせているのだ。
日本では、「お客様は神様です」式に消費者・一般人の側が「保護」されるので、その取引相手(医療なら病院、雇用なら会社、賃貸住宅なら大家)が過大なコストやリスクを強いられる。だから、取引相手はリスク回避的な行動を取らざるをえず、これによって結局は提供するサービスの質が落ちたり、敷居が高くなってしまい、むしろ「弱者」が排除されてしまったりするのだ。
関連:
ウィキペディア - 医療崩壊
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%BB..
関連エントリ:
日本の賃貸住宅ではなぜ保証人を要求されるのか 「保護」がむしろ「弱者」を生む日本の構造
http://mojix.org/2009/04/02/chintai_hoshounin
医者の給料が18万円!?医者までワーキングプアなのか
http://mojix.org/2009/03/26/isha_18man
麻生首相の「何もしない人の分を何で私が払う」発言は、根源的な問題提起になっている
http://mojix.org/2008/11/27/aso_nande_hatsugen
http://mric.tanaka.md/2009/04/03/_vol_73_1.html
http://mric.tanaka.md/2009/04/04/_vol_74_2.html
http://mric.tanaka.md/2009/04/05/_vol_75_3.html
マッキンゼーの東京支社長もつとめた経営コンサルタント・横山禎徳(よこやま よしのり)氏が、東大医科学研究所大講堂で2007年11月11日におこなった講演内容に加筆訂正したもの。
日本の医療で生じている問題について、横山氏のアプローチである「社会システム・デザイン」という見方から切り込み、問題を生じさせている「システム」を分析している。目からウロコが落ちるような素晴らしい指摘に満ちており、個人的には大きな衝撃を受けた。
内容はエントリ3回分にわたっているが、とても読みやすく、面白いので、一気に読めると思う(図はPDF資料にまとめられている)。以下、核心部分の第3回からいくつか抜粋してみる。
<「社会システム・デザイン」の第一ステップである悪循環を定義するというところから説明します。Payer, Patient, Providerの三者間に価格対価値に直接関係するようなやりとりがないことから来る自己規律が欠如していることが基本的な課題であると思います。その状況に対してControlもMass Mediaも前向きな対応が出来ていないだけでなく、状況を悪化させる方向に持っていっているというように考えられます>。
<実際に、Payer、Patient、Provider、Control、Mass Mediaの間に存在する悪循環というのを、色々拾ってみているわけですが、多くの悪循環がこれらの関係者の間に発生しています。産婦人科医や小児科医が減るから就業環境が悪化し、一層、医師が減っていくという悪循環はよく知られています。しかし、医療界の他の多くの問題も悪循環という形で整理することが可能です>。
なお、ここで出てきている「Payer」、「Patient」、「Provider」、「Control」などの意味は、次のようなもの。
・Payer: 費用支払者、保険者(健康保険の運営主体、広い意味では「国」)
・Patient: 患者
・Provider: 医療提供者(病院、医師)
・Control: 行政、司法
・Mass Media: マスコミ
(第2回にある説明に、私が言葉を補足したもの。横山氏の意図と違う可能性もあります)
医療の内容とその価格がつりあっていない、というのが基本的な指摘で、国による規制や医療費の抑制、国民の無理解などによってこれが生じている。さらに、司法判断やマスコミの煽りによって、医師はますますつらい立場に追い込まれている。
<例えば医療事故を捉えてみると、刑事介入をすることがいかに悪循環を作っているかという問題があります。亡くなった患者の遺族も裁判に勝っても、当然のことながら患者が生き返って来るとは思っていません。真実を知りたい、本当に謝って欲しいというような素朴な感情に十分答えてもらえない不満から裁判に持ちこみ、状況を一層こじれさせていくということです>。
<原告と被告という関係ではことがうまく進みません。刑事犯になる可能性があるのだったら出来る限り被告側である医者および病院は自己防御をします。素朴に謝るわけには行きません。そうすると、真実の解明には結局なりません。患者側はたとえ勝訴しても医師がちゃんと反省してくれていないと思って不満が残り、他の手がないから司法によるもっと強い制裁を求めてしまうという悪循環が回っています>。
<それから、「国民医療費」という発想とその増大を押さえ込む、すなわち、コストを下げていこうという厚労省の努力が、実際には病院側に別の行動を誘発し、実は結局、コスト高になるという悪循環があります>。
<マスコミというのは、物事のエコノミクス、すなわち、経済的に成り立つのかということは関心がないのか、あまり勉強していないようです。それから、時間軸を短くする傾向があります。10年後の話ですというと誰も読まないので、来年起こりそうに言うきらいがあります。マスコミを別に批判しているわけではなく、要するにマスコミの好みというものがあるということです>。
<それだけではなく、医療の現場感覚に関して検察や裁判官がかなり無知であるようにマスコミもやはり無知です。それに、統計的なことはあまり得意ではありません。記事で取り上げているのは少数例だということはあまり語られません。そうすると、医師全体の批判になっていきがちです。良い医師とそうではない医師との差が見えないのです。医師は理不尽だと思うけどマスコミに対して対等に反論する手段がありません。患者や世間の誤解の中で仕事をすることになり、報われない気持ちが疲労感に繋がり、無理が蓄積し医療事故のリスクが高まります。そうすると、またメディアが取り上げます。そういうような悪循環が回っています>。
ここで指摘されている医療の問題は、「日本の賃貸住宅ではなぜ保証人を要求されるのか 「保護」がむしろ「弱者」を生む日本の構造」でも書いた、「消費者保護のコスト」という話と完全に重なっているように見える。医療という分野でも、やはり「日本的な構造」が幅を利かせているのだ。
日本では、「お客様は神様です」式に消費者・一般人の側が「保護」されるので、その取引相手(医療なら病院、雇用なら会社、賃貸住宅なら大家)が過大なコストやリスクを強いられる。だから、取引相手はリスク回避的な行動を取らざるをえず、これによって結局は提供するサービスの質が落ちたり、敷居が高くなってしまい、むしろ「弱者」が排除されてしまったりするのだ。
関連:
ウィキペディア - 医療崩壊
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%BB..
関連エントリ:
日本の賃貸住宅ではなぜ保証人を要求されるのか 「保護」がむしろ「弱者」を生む日本の構造
http://mojix.org/2009/04/02/chintai_hoshounin
医者の給料が18万円!?医者までワーキングプアなのか
http://mojix.org/2009/03/26/isha_18man
麻生首相の「何もしない人の分を何で私が払う」発言は、根源的な問題提起になっている
http://mojix.org/2008/11/27/aso_nande_hatsugen