2009.07.05
ポスドク採用への補助金はポスドクにも迷惑
先日の「ポスドク採用で480万円支給 これはもう「税金をいかにムダ使いしつづけるか」というゲームだ」に関連して、アクセスログから面白いエントリを見つけた。

大「脳」洋航海記 - 「ポスドクに持参金」制度は「任期付き博士会社員」を生むだけで問題の解決にならないし、単なる厄介払いでしかない(追記あり)
http://www.mumumu.org/~viking/blog-wp/?p=2881

ブログ主は「神経科学系のポスドク」とのことで、今回の補助金に関して、ポスドクの立場から次のように書いている。

<いくつかのblogでも指摘されていますが5億円もあるのならむしろポスドクのベンチャー立ち上げを支援するとか、公共事業にポスドクを回せるポジションを入れるとかする方がよっぽどマシだったんじゃないかと思うんですがどうなんでしょうか?>

<結局、今回の政策は「1%でもいいからポスドクとしてカウントされる人数を減らしたい」すなわち厄介払いしたいというようにしか僕の目には映りません。先日も書いた通り、ポスドク問題は構造的な問題なのであり、なればこそ遅きに失したといえども博士課程の定員削減へと政策の舵が切られたわけですが、にもかかわらず相変わらずその場しのぎのような無益な政策を打ち出した挙句、国の金を無駄遣いするとは一体どういう了見なんでしょうか?>

<ただでさえ世界恐慌で国の支出への風当たりが強い中にあって、こうしてポスドクに持参金をつけるなんて報道がなされるだけでも「税金で無駄飯食らいのポスドク」なんて先入観が市井に蔓延しかねません。そうなったら本当に迷惑千万です>。

なるほど、この話はポスドク側から見ても、「ポスドクは厄介者」というイメージを強化してしまうので、迷惑なわけだ。一種の「風評被害」かもしれない。

たしかに、この補助金制度でポスドクが会社に入ったとして、「ああ、この人が補助金で採用したポスドクか」みたいな目で見られる可能性はありそうだ。これはつらい。会社に限らず、世間一般に対しても、今回の補助金報道によって、「ポスドクっていうのは、働く能力のない厄介者なんだな」みたいな誤解を生みかねないところはある。

以前、マイクロファイナンスの現場を紹介するテレビ番組で、融資を受ける途上国の女性が、「私たちはお金を恵んでほしいのではなく、自分たちの力で稼ぎたいのです」といったことを話していた。人間とはそういうものだろう。これが「プライド」というものだし、自分の力で稼ぐからこそ、生きる充実感や納得感がある。

ポスドク採用に補助金を出すという政策は、税金のムダ使いであり、構造的な問題を解決しないだけでなく、ポスドクの「プライド」にも傷をつけているのだ。

ほんとうにポスドクの採用を推進したければ、むしろポスドクに対する世間のイメージを上げる必要があるし、ポスドク側のインセンティブも高める必要がある。今回の補助金政策は、ポスドクに対する世間のイメージを下げてしまい、かつポスドク側のインセンティブも低くしてしまっているわけで、むしろ逆効果だ。

日本はパターナリズム(温情主義)が強い。パターナリズムは、うまくいけば「思いやり」になるが、失敗すると「ありがた迷惑」になる。日本では、政府が税金を使ってこのパターナリズムを大々的にやっており、「思いやり」というよりも、「ありがた迷惑」な規制や税金の使いみちが多い。

このポスドク採用への補助金も、ポスドクを弱者扱いして、「弱者を助けてあげよう」というパターナリズムが発揮された政策と言えるだろう。ポスドクが仮に弱者なのだとしても、弱者にも「プライド」がある。老人が「老人扱い」されるのを嫌うのと同じく、弱者は「弱者扱い」されたくないのだ。

パターナリズムとは、「補助」がつねに「善」だと思いこむ考え方だ。しかし、人間には「プライド」がある。「補助」がむしろプライドを傷つけたり、「補助」が自分で努力するインセンティブを削いでしまうことは少なくない。「補助」をせず、ただそのままにしておくことは、単に冷たいのではなく、その人のプライドやインセンティブ、「自由」を尊重する態度でもある。

さらに、政府がこの「補助」というパターナリズムをやる場合は、もはや「善」や「思いやり」というよりも、政府自身のためにやっているという「偽善」にしか見えない場合が少なくない。

根本的な問題は、そもそも能力が高いはずのポスドクが、なぜ労働市場において「弱者」になっているのか、というところにある。これは主に、解雇規制や終身雇用に支えられた日本の雇用構造の異常さに発しており、採用が新卒に偏ったり、正規・非正規のカベができているのもそのためだ。政府はその公正さを欠いた雇用構造を改めようとせず、ポスドクやロスジェネなどの弱者、いわば「犠牲者」を生み出しておいて、「弱者には補助金を出します」ということをやっているわけだ。弱者は、不公正な雇用構造によって弱者に転落させられた上に、弱者というレッテルを貼られて、プライドまで傷つけられている。


関連エントリ:
ポスドク採用で480万円支給 これはもう「税金をいかにムダ使いしつづけるか」というゲームだ
http://mojix.org/2009/07/01/post_doctor_hojokin
職業の「身分制度」が支える日本の「与信」
http://mojix.org/2009/04/03/mibunseido_yoshin
「自己責任だ」と責められている人は、むしろ「犠牲者」だ
http://mojix.org/2009/02/09/jikosekinin_giseisha