2009.08.14
セブンイレブンを擁護する 「強者か弱者か」ではなく「公正(フェア)かどうか」で判断すべき
asahi.com - セブンイレブン、値引きした店に契約解除通知(2009年8月13日5時37分)
http://www.asahi.com/business/update/0813/TKY200908120346.html

<コンビニエンスストア最大手のセブン―イレブン・ジャパンが、弁当などの値引き販売をしている東京都内の加盟店主に対し、フランチャイズ契約の解除を通知したことが分かった。セブン側は「値引きが理由ではない」としているが、店主は不服だとして、近く東京地裁に地位保全を求める仮処分を申請する方針。
 契約を解除されたのは八王子南口店(八王子市)を経営する増田敏郎さん(60)。値引き販売をする店主らでつくる組織の中心人物の一人だ。
 本部側は契約解除の理由について、会計処理や弁当の鮮度管理などの点での契約違反に加え、来店した本部社員との話し合いの様子を勝手に撮影してテレビ番組に提供した「背信行為」を挙げ、書面で来年9月1日付の解除を通知した。
 一方、増田さんは「問題点は本部の指示通り改善してきた。値引き販売を認めるように活動してきたことへの報復としか思えない」と話している。
 セブンは今月5日、値引き販売を不当に制限したとして、公正取引委員会から出された排除措置命令を受け入れたと発表している>。

これはセブンイレブン側が正しいと思う。

そもそもこの問題は、値引き販売を制限するセブンイレブンの方針に国が介入したところから始まっているが、その時点からおかしいのだ。値引きをするかどうかというのは経営方針であり、「ブランディング」の一部である。「セブンイレブンでは値引きしない」という経営方針、ブランディングはまったく問題ないわけで、セブンイレブンのフランチャイズ契約はそれを前提にしているはずだ。そこに国が介入して、「値引きを認めなさい」と強制指導すること自体おかしい(末尾の「関連」参照)。

こういう問題が出てくると、日本の世論というのは「強者か弱者か」で判断し、弱者の味方をしがちなところがあるが、それは間違いだ。こういう話は情緒に流されず、「公正(フェア)かどうか」でのみ判断すべきだ。

例えば野球やサッカーなどのスポーツで、強いチームと弱いチームが対戦したとする。ここで審判が、弱いチームを有利にするような判定をしたり、弱いチームにだけ反則を認めるようなことをすれば、ゲームは成立しなくなる。「公正(フェア)」ではないからだ。強いか弱いかは関係なく、ルールを守って「公正(フェア)」にやること、それがゲームの成立要件だ。

セブンイレブンと加盟店の関係でも、「セブンイレブンでは値引きしない」などの前提のもとでフランチャイズ契約をしているはずだ。値引きだけでなく、店舗の外観や内装、店員の服装といったさまざまな要素でセブンイレブンの「ブランド」が形成されているので、加盟店側はそれを守ることが前提になる。それがイヤならば最初から契約しなければいいし、契約したあとでも、イヤになったら契約を解除すればいい。

契約には前提事項があり、かつ加盟店側は契約をいつでも辞められる立場にある。その加盟店側が契約を維持しつつ、契約の前提事項を勝手に破ったら、これは当然契約違反になる。今回の値引き問題はこれにあたるだろうから、この契約違反に対して、セブンイレブンは加盟店を指導したり、改善しなければ契約を切っても当然だろう。そこに国が介入してきて、「値引きを認めなさい」とやっているわけだ。

2者の自由意思に基づく市場取引に国が介入してきて「弱者」を「保護」する、というこのパターンは、解雇規制借地借家法などに典型的な、この国の「悪癖」だ。これはいわば、スポーツのゲームにおいて、審判が「弱いチームに同情的な判定をする」ようなものだ。こういう「公正さ(フェアネス)」を欠くジャッジは、まったく「弱者」を「保護」することにはならず、むしろ「ゲームを崩壊させる」。強いチームが馬鹿らしくてゲーム(市場取引)をしなくなるので、ゲーム(市場取引)の数自体が減っていくのだ。

貧困対策や弱者救済、セーフティネットといったものが必要なことは間違いない。しかしそれを「ゲーム(市場取引)の中に埋め込んでしまう」のは間違いであり、「設計ミス」だ。解雇規制や借地借家法のような「強い側に契約を解除させない」規制、そしてセブンイレブンの値引き問題のように、2者の市場取引に国が割って入るような介入は、ゲーム(市場取引)を減らしてしまうのだ。

スポーツのゲームにもルールがあり、審判がいるように、市場にもルールは必要であり、監視も必要だ。しかし、そのルールやジャッジは「公正さ(フェアネス)」を守るものでなければならない。強いか弱いかは関係なく、公正(フェア)であるかどうかが唯一の基準であるべきだ。その「公正さ(フェアネス)」こそが、スポーツのゲームや市場取引を守り、そこに参加しようとするインセンティブ(動機)を生む。

ところが日本の場合、解雇規制や借地借家法のような規制は、取引の「公正さ(フェアネス)」を守るのではなく、「弱者保護」を意図している。今回のセブンイレブンの値引き問題も、この「弱者保護」を意図した国の介入だと思える。このような規制や介入は、「弱いチームにひいきする」というルールやジャッジなのだ。これは市場取引を縮小させてしまう。

そもそも市場取引というのは、取引する両者の効用を増やすので、両者の自由意思によって行なわれる。この市場取引がたくさん集まったものが「経済」だ。よって、「弱いチームにひいきする」というルールやジャッジによってこの市場取引が縮小してしまうと、取引があれば増えたはずの両者の効用が増えなくなる(機会費用)。こうして「経済」そのものが縮小してしまい、誰も幸せにならないのだ。

「弱者保護」という考え方そのものは間違っておらず、望ましいものだが、それを「市場に持ち込む」のは間違っているのだ。ソフトウェアの設計では「関心の分離(separation of concerns)」という原則が知られているが、社会の設計にもこれが必要だ。弱者保護のためのセーフティネットは「市場の外」に作るべきで、市場そのものは自由にすべきなのだ。市場に対するルールとジャッジは、「公正さ(フェアネス)」を守るものだけで必要かつ十分だ。


関連:
typeAの散種的妄言録ver1.1 - 「セブンイレブン」の価値は。
http://d.hatena.ne.jp/typeA/20090627/1246071750
アナルコ・キャピタリズム研究(仮)ブログ - セブンイレブン問題(独禁法)についてのリバタリアン見解まとめ
http://anacap.jugem.jp/?eid=196

関連エントリ:
アンソニー・ギデンズ「急速に社会が変化している時代には、『仕事』を守るのではなく、『人』を守らなければならない」
http://mojix.org/2009/06/18/giddens_shigoto
日本の賃貸住宅ではなぜ保証人を要求されるのか 「保護」がむしろ「弱者」を生む日本の構造
http://mojix.org/2009/04/02/chintai_hoshounin
終身雇用は採用時の属性差別を強める
http://mojix.org/2009/01/30/shuushinkoyou_sabetsu

Update(2009.8.15):
このエントリを補足する「セブンイレブンの値引き問題 「消費者保護」は必ずしも消費者の利益にならない」を書きました。