2010.01.08
終身雇用や日本的経営の是非が問題なのではなく、それを国が強制してしまっていることが問題なのだ
昨日のエントリで書いた、「公開会社法」に関する藤末議員の見解に発した議論で、MIT SloanのMBAに通うLilacさんという方が、藤末議員を擁護するスタンスの意見を書いている。

My Life in MIT Sloan - 会社は本当に株主のものか?という疑問に答える本
http://blog.goo.ne.jp/mit_sloan/e/84565d657e07853dbbb491f9e7cb7ba6

<「株主価値経営が当然だっていうけど、本当に株主だけなのかなあ?
企業って従業員も取引先もお客様も大事だし、ひいては社会的な使命をもってるんじゃないのかなあ」
こういうぼやきが、今の世の中で、実際に企業経営に誠実に携わっている人の、率直な感想じゃないかと思う。
別に経済学や経営学の知識で武装しなくても。
多分、漠然と株主主権が問題、と思ってるのは藤末議員だけじゃない>。

その上で、岩井克人『会社はこれからどうなるのか』(平凡社ライブラリー)という本を紹介している。

このエントリに対して、冒頭で言及されている青木理音氏、池田信夫氏の2人から以下のような反論があがっている。

池田信夫blog - コンセンサス型企業の終焉
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51342242.html
経済学101 - 「株式」会社は株主のもの
http://rionaoki.net/2010/01/2631

前者の池田氏のほうは専門的な内容の補足という感じで、後者の青木氏のほうはLilacさんのエントリに沿った緻密な反論になっている。

昨日のエントリにも書いたように、私自身の考え方は池田氏・青木氏に近い。しかし、経済学者でも経営学者でもなく、零細企業の経営者である私の視点から見ると、2人の議論は妥当だと思うがやや専門的で、経済学的な思考を身につけていない一般人には、理解がむずかしいところがあるのも確かだと思う。

いくら経済学や経営学の学問的成果を見せたり、会社法などの法律論をやっても、「それでも日本的経営が正しいのだ」と固く信じる人を説得する材料にはならないだろう。この意味では、一般人的な視点から藤末議員の見解を擁護したLilacさんのスタンスは、わかる気がする。

この会社の「所有権」・ガバナンスの議論は、終身雇用や日本的経営は是か非か、という昔からの議論とほぼ重なっている。私はこの議論については、「正しいか間違っているか」というふうに捉えると、永遠に議論が続く「宗教戦争」になり、おそらく答えが出ないと思う。いくら学問的成果などを示しても、これにスッキリ決着をつけることができるとは思えない。

終身雇用や日本的経営には、メリットもあるし、デメリットもある。私は経営者としても、労働者としても、終身雇用や日本的経営には共感できないが、それに共感するという経営者や労働者がたくさんいても当然だと思うし、私はその考え方を否定せず、むしろ尊重したい。

会社が終身雇用や日本的経営を選ぶかどうか、また労働者がそういう会社を選ぶかどうかは、「自由」であるべきだ。日本の問題は、終身雇用や日本的経営を国が「強制」してしまっており、終身雇用や日本的経営を選ばないという「自由」がないことなのだ。

終身雇用や日本的経営を支持する論者はしばしば、それによって優秀な社員が集まったり、社員がクビの心配なく働けるので、それが企業の競争力になるというメリットを説く。だとすれば、国が規制などしなくても、経営者はみずからそうするだろう。日本的経営のメリットをいくら説いても、「クビを切るな」と国が一律に強制してしまっている現状を正当化できない。日本的経営の正しさが証明されるのは、国が会社に対して規制することなく、会社に自由にさせた上で、その上で日本的経営を採用する会社が「勝ち」、日本的経営を採用しない会社が「負ける」、ということが示されたときである。

民間人である経営者や労働者が、終身雇用や日本的経営を固く信じていても何も問題ないし、私はその信念を否定しようと思わない。しかし、強制力を持つ唯一の存在である政府については、まったく事情が異なる。鳩山首相や藤末議員が、個人として特定の信念を支持するのは構わないが、それを国民全体に強制するとなると、大きな問題が生じる。公開会社法が問題なのは、その根拠となる信念の是非によらず、それが「自由」を失わせる「強制」だからだ。

ヴォルテールは「私は君の意見に反対だが、君がそれを言う権利は命をかけても守る」と言った。これこそが「自由」を尊重する態度である。「これこれが良いのだから、こうしなさい」という規制をあれこれ押しつけて何とも思わない日本政府は、この「自由」をまったくわかっていない。「手を加えない」という高度な判断ができず、手を加えれば加えるほどいいと思っているのだ。


関連エントリ:
「株主軽視」を国が強制する公開会社法 またしても「弱者を救済するために、強者を規制する」という「間違った正義」
http://mojix.org/2010/01/07/koukai_kaishahou
どんなに素晴らしい価値観であっても、価値観の「強制」には反対する
http://mojix.org/2009/08/01/kachikan_kyousei
終身雇用という考え方が間違っているのではなく、終身雇用を強制することが間違っている
http://mojix.org/2009/01/29/shuushinkoyou_kyousei