2010.01.07
「株主軽視」を国が強制する公開会社法 またしても「弱者を救済するために、強者を規制する」という「間違った正義」
私が読んでいるいくつかのブログで、民主党が検討中の公開会社法に対する批判が出ている。

池田信夫 blog - 「公開会社法」が日本を滅ぼす
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51341659.html

<牧野洋氏も指摘するように、日本の経営者は「株主を重視しすぎる」どころか、いかに株主を無視して自分の地位を守るかに多大なエネルギーを費やしている。藤末氏の話は1980年代に欧州で流行した「ステークホルダー資本主義」というやつだが、そんな流行はとっくに終わり、株主資本主義がもっとも効率的なガバナンスだというのがTiroleの結論である>。

<特に藤末氏の実現しようとしている「労働者管理企業」は、資本を浪費して賃金として分配してしまうバイアスが強く、ユーゴスラヴィアを初めほとんどの国で失敗に終わった。2000年代なかばに日本の労働分配率が下がったのはガバナンスとは関係なく、図のように景気が回復したからだ(灰色の景気後退期には分配率が上昇している)。労働分配率は「賃金/GDP」だから、賃金が一定でもGDPが上がると下がるので、上げるには不況にすればよい。事実、2008年度の労働分配率は史上最高になった>。

<要するに、民主党の「成長戦略」も公開会社法も、日本の直面する問題をまったく逆に見ているのだ。いま日本に必要なのは所得の再分配ではなく、リスクをとって新しい事業にチャレンジするアニマル・スピリッツを高め、投資を喚起して成長率を高めることである。いくら労働分配率を上げても、その分母(GDP)が縮小しては何にもならないだろう>。

Joe's Labo - 民主党は労働分配率を大きく引き上げてくれるでしょう
http://blog.goo.ne.jp/jyoshige/e/f2acf204436d76f57c6a97398b8b5599

<「うちに投資してくれたら、これだけリターン出しますよ!」
というご褒美を見せることも無く、かといって
「我が社は人的投資や内部留保で、これだけ成長して見せますよ」
という説得力のあるロードマップすら描けず、ただただ規制で労働分配率だけが高い国。
日本人も含めて、誰も投資しないんじゃないかな。
団塊世代なんて節操ないから、退職金とか全部新興国に投資しそうだ(笑)>

<そうそう、あちこちで書いてきたことだけど、日本は賃金が硬直しているせいで
不況になったら労働分配率は自動的に上がる。民主党が政権とっている間は心配
されなくとも上がりっぱなしでしょう>。

EURO SELLERの為替・投資戦略ブログ - ふじすえ健三議員の「公開会社法」関連のエントリについて
http://eurofunda.dtiblog.com/blog-entry-786.html

<「株主至上主義」というのは株主に配当やキャピタルゲインのメリットを与えることと引換えに市場からの資本調達を容易にしている「株式会社」の取り決めです。株式至上主義でない会社は株式会社を止めれば良いだけであり,株式会社が株主への配当を制限されると株式市場での資金調達が不自由になり,調達コストの高い社債発行などの手段に頼らざるを得なくなります>。

<日本企業だけでなく日本の株式市場も世界的な競争にさらされているのですから,変なローカルルールを作ればそれはハンディキャップにしかならず,日本経済に取っても日本国民にとっても何の得もありませんよ!>

その藤末健三氏のブログを見てみると、このように書かれている。

民主党参議院議員 ふじすえ健三 - 公開会社法 本格議論進む
http://www.fujisue.net/archives/2010/01/post_3407.html

<本日、日経新聞の一面に載っていたように、公開会社法の本格議論が進んでいます。
私も、民主党のプロジェクトチーム事務局でポストいただき参加しております。
思い入れのある施策です>。

<最近のあまりにも株主を重視しすぎた風潮に喝を入れたいです。
今回の公開会社法にて、被雇用者をガバナンスに反映させることにより、
労働分配率を上げる効果も期待できます>。

またしても民主党得意の「弱者を救済するために、強者を規制する」という「間違った正義」である。

株主配当を規制して従業員に分配することを国が強制すれば、一見すると労働者の利益になるように見えるが、投資家はバカバカしくて日本の会社に投資しなくなる。すると会社は投資を受けられないので、会社そのものが弱体化し、買収されたり、消滅しやすくなる。会社が傾いたり、消滅すれば、労働者も困るだろう。

この公開会社法が実現したら、ただでさえ元気のない日本株は、ますます低迷するだろう。株をやっている人なら知っている通り、配当は株価を左右する大きな要因である。自分は株をやっていないから関係ない、と思うのは大きな間違いだ。日本株が大きく下がれば、銀行預金や年金などの運用にもひびくので、結局は日本全体が沈む。

藤末氏は民主党の中ではデキる人だという印象があったが、なぜこんな方向に行っているのか理解に苦しむ。個人では有能な人でも、民主党という集団に入ると「組織の論理」で「無能化」せざるをえないのだろうか。

この話は、まだ自公政権だった昨年2月の与謝野財務相(当時)の発言とそっくりだ。

与謝野財務相「会社は株主のものという誤った考え」 市場経済の基本原理を否定しているように聞こえる
http://mojix.org/2009/02/24/yosano_kaisha

与謝野氏はこのとき、「一時期、会社は株主のものという誤った考えが広まった。会社は株主のものという考え方は私にはなじまない」と語っていた。

当時は自公政権で、これは財務相とはいえ一閣僚である与謝野氏の見解レベルに過ぎなかった。今回は民主党政権で、この考え方が「公開会社法」という法規制として具体化されようとしているわけだ。

「あまりにも株主を重視しすぎた風潮」と藤末氏は書いているが、池田信夫氏が<思わず「『最近のあまりにも株主を重視しすぎた風潮』ってどこの国の話ですか?」と突っ込んでしまった>と書いている通り、これは話がアベコベだろう。日本の会社はむしろ現状でも「株主軽視」で、それを政府がいっそう強化しようとしているわけだ。

以前、経済学者の大竹文雄氏が「株主主権」と「従業員主権」について書いていた。

大竹文雄のブログ - 矛盾なのだろうか?
http://ohtake.cocolog-nifty.com/ohtake/2008/12/post-a191.html

<株主からの不満が出るような行動を日本企業がとっている理由には、正社員による従業員主権のモデルで解釈するのが一つの方法だろう。従業員主権の企業は、株価最大化をするのではなく、正社員一人あたり所得の最大化を目的とする。こうしたモデルでは、通常株価最大化をする企業よりも、企業の成長率を低下させることが知られている。なぜなら、企業を成長させると従業員の数も増えてしまうので、一人当たり所得も低下する力が働くからだ。株主にとってみれば、企業価値が最大になってほしいのだが、正社員従業員にとってみれば、従業員数が少ないほど得になるからだ。でも、正社員従業員にとっても、企業がある程度成長することは当然所得の増加につながる。そこで、正社員にとっての選択は、非正規従業員の増加によって企業を成長させ、非正規労働者の賃金を抑えておくことで、正社員一人あたり所得を増加させる、というものになる。おまけに、景気変動による所得変動リスクや解雇リスクも小さくすることができる。それこそ、日本の大企業と組合が選んできたことではないのだろうか>。

私はこれを「正規・非正規の雇用格差を強める動機を持っているのは、株主主権よりもむしろ正社員主権ではないか?」というエントリで採り上げて、次のように要約した。

<ここで大竹氏が述べていることのエッセンスは、「正社員・非正社員の雇用格差を強める動機を持っているのは、株主主権の立場というよりも、むしろ正社員主権の立場ではないか?」ということだろう。株主は企業価値の最大化を望むが、正社員は自分の給料の最大化と雇用の安定を望むからだ>。

今回の公開会社法は、国が「株主主権」に規制をかけて、「正社員主権」をいっそう強めようとするものだろう。「正社員主権」が強まれば、正規・非正規の雇用格差もさらに開くと予想できる。

そもそも、日本では解雇規制によって国が会社に対して正社員解雇を封じていることが問題の発端にある。正社員解雇を封じられた企業は、調整しやすい非正規雇用を増やさざるをえない。これで正規・非正規の雇用格差が生じているわけだが、鳩山政権はこの問題を解消しようとして、派遣規制というさらなる規制強化を打ち出している。正社員の解雇を封じておいて、さらに「正社員を採用しなさい」と強制するわけだから、まさにジンバブエ路線だ。これだけ「正社員主権」をむりやり強めているのに、さらに株主配当を規制し、従業員への分配を強制するのが今回の公開会社法だ。これでは、経営者も投資家もいなくなるだろう。

与謝野発言はなぜ問題なのか 「みんなのもの」という「大きな政府」路線
http://mojix.org/2009/02/27/yosano_big_gov

<日本は、会社と高所得者に対して「五公五民」の国なのだ(健康保険、年金なども加えればそれ以上だろう)。いくら稼いでも税金で半分持って行かれるのだから、経営者・起業家・投資家がやる気を失うのも当然だ>。

<これだけ税金を取っておいて、国民にはロクに還元せず、ムダ使いばかりしているのが日本だ。その日本の財務・金融・経済の最高責任者である人が、おかしな発言でさらに株主を叩いているわけで、ふざけるのもいい加減にしろと言いたい>。

<日本では「労」「使」ともに、「民」はがんばっているのに、ちっとも浮かばれない。「政」の稚拙さ、「官」の肥大化こそ、最大の問題だ。高すぎる税金と多すぎる規制で、日本の経済発展を妨げているのは国だ。税金を安くして、規制を緩和し、民間のパワーを解放すれば、日本はまだまだ行ける>。

<日本国民は、いわば「日本という国の株主」なのだ。その株主を軽視して、ふざけた「経営」をやり、税金の「使い込み」をしているのが、いまの日本だ。むしろ「株主軽視」こそ問題なのだ>。

<与謝野氏のような「増税論者」が、冒頭の「株主軽視」発言をするというのは、まったくシャレになっていない>。

今回の藤末氏の見解に対しても、このとき書いたのとほとんど同じ印象をうける。「株主軽視」路線は、「みんなのもの」という美名のもとに「大きな政府」路線をいっそう進めることになる。強い規制と高い税金によって、「日本という国の株主」である民間=国民の力をそぎ、ますます政府にカネと権力を集中させてしまう。

鳩山政権は発足以来、資本主義を否定し、社会主義に向かうような傾向をたびたび見せている。鳩山論文しかり、亀井モラトリアムしかり、菅氏のいう「第三の道」しかりである。この公開会社法も、その路線としか見えない。鳩山政権は、日本がそれによって発展してきた資本主義の恩恵だけは「イイトコドリ」し、その成果の上にあぐらをかきながら、理念の上では資本主義を否定しているように見える。

鳩山政権はまるで、理想だけは高くて現実を知らない「甘ったれ」の子供みたいだ。経済だけでなく、地球温暖化にしても、国防にしても、すべて同じ調子であり、現実離れした「きれいごと」をゴリ押しして、事態を悪化させている。


関連エントリ:
「派遣禁止なら正社員雇う」企業は14% 派遣禁止は「幸福が望ましいから不幸を禁止する」ようなもの
http://mojix.org/2009/12/09/haken_kinshi_seishain
「下請け保護」は下請けの仕事を減らす  「弱者を救済するために、強者を規制する」という「間違った正義」
http://mojix.org/2009/10/17/sitauke_hogo
正規・非正規の雇用格差を強める動機を持っているのは、株主主権よりもむしろ正社員主権ではないか?
http://mojix.org/2008/12/24/sustainable_business
日本の問題は「市場の失敗」でなく「政府の失敗」
http://mojix.org/2009/08/29/nihon_no_mondai