2009.09.17
日本は再び「大きな政府」路線へ 鳩山「未体験ゾーン」内閣
毎日jp - 鳩山首相:誕生…衆参両院で指名 新政権、今夜発足(2009年9月16日 14時54分 更新:9月16日 15時30分)
http://mainichi.jp/select/today/news/20090916k0000e010072000c.html



<衆参両院は16日午後、首相指名選挙を行い、民主党の鳩山由紀夫代表が同党に加えて社民、国民新各党などの支持を得てそれぞれの院で過半数の票を獲得し、首相に指名された。鳩山氏の第93代首相への就任が正式に決まった。
 衆院(定数480)で鳩山氏は327票を獲得。参院(同242)でも124票を獲得した。
 これを受け鳩山氏は直ちに首相官邸入りし、組閣に着手。同日夜に鳩山内閣が誕生する>。

asahi.com - 鳩山政権誕生 第93代首相 閣僚名簿を発表(2009年9月16日16時38分)
http://www.asahi.com/politics/update/0916/TKY200909160190.html

<民主党の鳩山由紀夫代表(62)が、16日召集された第172特別国会の首相指名選挙で、第93代、60人目の首相に選ばれた。同日夜、鳩山新内閣が発足する。総選挙で野党が単独過半数を得て政権交代が実現するのは戦後初めて。
 鳩山氏は16日午前の党参院議員総会で「きょうが新たな歴史の転換点。政治と行政の仕組みを根本的に変えるスタートの日だ。後世の歴史家が『素晴らしい日だったね』という一日にするために積極的に働こう」とあいさつした>。



9月16日、鳩山由紀夫氏が第93代首相に就任し、鳩山内閣がスタートした。

この内閣の顔ぶれは「オールスター」とも呼ばれているようで、民主党の有力者をまんべんなく配置したような印象だ。内部の路線対立を抑えて、「挙党」体制を目指したということだろう。

驚いたのはなんといっても、前日くらいから報じられた、亀井静香氏の郵政・金融相という人選だ。民主党は郵政民営化を否定しているので、この人を郵政相に担ぐのはいまさら驚かないが、なぜ金融相まで兼務なのか。

ウィキペディア - 亀井静香
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%80..

<1956年、東京大学教養学部文科II類に入学。駒場寮に入りキャバレーのボーイ、家庭教師などのアルバイトをして学費、生活費を稼ぐ。学生時代は「マルクスの亀井」と呼ばれるほど、マルクス経済学に精通していた>。

<かつては自民党に所属していたが、学生時代にマルクス主義を勉強していた影響もあり社会民主主義傾向が強く、保守政党である自民党の理念に賛成しないときもあった。チェ・ゲバラの思想に心酔し、連合赤軍に対しても、取調べを通して向き合った経験から「“世のため人の為”と立ち上がった彼らの思想そのものに間違いはない」と一定の評価をしている。事務所にはポスターも飾られ、当時事務所に招かれたキューバの「敵国」であるアメリカのハワード・H・ベーカー・ジュニア駐日大使がこれを見て目を剥いたという>。

<亀井自身の経済政策の基本的なスタンスは、「国債発行による景気対策」、「公共事業による景気回復」であり「ケインジアン」と揶揄されることもある。小泉政権下では、小泉首相が掲げる新自由主義への反発から、一貫して反主流を歩んで小泉首相を批判しており、郵政民営化も猛烈に反対していた>。

亀井氏というのは、まさに古い自民党のバラマキ型を象徴するような政治家だろう。小泉元首相が「自民党をブッ壊す」と言っていた、その自民党だ。

日本では、自民党と民主党は対立していると思われているかもしれないが、いまやどちらも「大きな政府」のバラマキ路線であり、いずれも小泉改革を否定していて、その位置はさほど離れていない。だから、今回の総選挙には「対立軸」がなかった

自民党は名前こそ「自由」民主党だが、「大きな政府」のバラマキ型という意味では、それは自由主義というよりは社会主義に近い。世界的な基準では、おそらく「中道左派」に分類されるだろう。

先の鳩山論文にも見られるように、民主党はより明確に社会主義的な方向を打ち出している。自民党が「中道左派」ならば、民主党はもはや「左派」だろう。

こう考えると、鳩山内閣に入った国民新党の亀井氏と、社民党の福島瑞穂氏という一見正反対にも見える2人は、実はそれほど遠くないということがわかる。民主党・国民新党・社民党はいずれも、「大きな政府」路線でつながっているのだ。

上のウィキペディアの解説には、亀井氏はマルクス経済学に通じ、チェ・ゲバラに心酔し、連合赤軍にすら同情を示したと書かれている。それほど左翼的な思想の持ち主が、なぜ「古い自民党」のバラマキ型を象徴するような政治家になったのか、不思議に思う人もいるかもしれない。しかし、どちらも「大きな政府」という点では、それほど違わないのだ。このことは、「小さな政府」を支持する私のような立場から見ると、構図が明確になる。

その意味では、鳩山政権の方向には、小泉元首相が否定した「古い自民党」に回帰するという側面がある。郵政民営化を否定し、国有化に戻す、というのはその象徴だろう。そのリーダーが、まさに「古い自民党」の亀井氏になったわけだ。日経が社説で「時計の針戻す」と書いているが、その通りだろう。

そして民主党の「古い自民党」的な側面を体現するのが、なんといっても小沢一郎氏だ。かつて『日本改造計画』を書いた頃の小沢氏は、その後の小泉首相のような「小さな政府」路線だったが、民主党に入ってからは、完全に「大きな政府」路線に寝返ったように見える(あるいはそれも選挙戦術にすぎず、真意は別のところにあるのかもしれないが)。

かつて小沢氏が目指していた「小さな政府」路線、そして「自民党をブッ壊す」という役割も、その後に小泉首相が実現した。2005年の小泉自民党は、「改革」という野党的な位置を民主党から奪う、という奇策で勝利した。そして2009年は、小沢氏を参謀に擁する鳩山民主党が、野党なのに与党っぽく、自民党自身よりも自民党っぽい「古い自民党」路線を打ち出す、という奇妙な位置で、不人気を極めた自民党の「敵失」で勝利した。なんとも不思議な因果である。

鳩山政権は「古い自民党」に回帰する、という側面を持つ一方で、まったく新しい側面もある。マニフェストでも中心的な位置を占めていた、「脱官僚」がその中心だろう(最近は「脱官僚依存」という言葉にトーンダウンしたようだが)。これはそうかんたんには行かないだろうし、余計混乱を生みそうな不安もあるが、趣旨自体は私も賛成できるので、これについてはひとまず成果を見守りたい。

「脱官僚」はいいのだが、鳩山政権で最も問題なのが「経済の無策」だ。無策というよりも「反経済政策」と言ったほうがいいかもしれない。経済成長につながりそうな政策がどこにも見当たらないばかりか、労働規制の強化や、無茶な排出目標など、市場を冷やす「規制脳」的な動きばかり出てくる。亀井氏からさっそく出てきた支払猶予制度(モラトリアム)の話も、これまた市場に強制介入するもので、「政府の失敗」である。

規制脳」は「正義脳」といってもよく、経済の動きを無視して、「これが正義だ」という勝手な基準を強制的にゴリ押しする態度である。民主党はこの傾向が強いようで、この点では「古い自民党」よりもさらに悪い。「古い自民党」は、政・官・財の癒着という負の側面もあったが、だからこそ、経済というものをそれなりに理解していたという面もあった。これに比べると民主党は、鳩山論文に象徴されるように、自由経済や資本主義への根本的な疑念があるように思われる。市場や企業を「性悪説」的に捉えていて、だから規制で縛る必要がある、というような態度が感じられるのだ。

菅氏も「資本主義の暴走」という表現で小泉改革を否定する俗論を述べていたし、マニフェストにも「経済成長」という要素はなかった。そして鳩山内閣の顔ぶれを見ても、やはり「経済成長」は眼中にないという印象を受ける。

かつて、ここまで経済の無策、いや「反経済」すら感じさせる政権があっただろうか。まさに日本初の「左派政権」誕生である。社会保障や再分配の話ばかりで、どうやって「稼ぐ」のかという話が見当たらない。「経営」の視点がないのだ。「資本家から搾り取れ」「金持ちは許さない」という、まさに労働組合的な発想だろうか。国民のお金も「埋蔵金」で、増税すればいくらでも財源はある、とでも考えているのだろうか。

あたらしい内閣が発足すると、マスコミはよく「ナントカ内閣」というキャッチフレーズをつける。私は今回の鳩山内閣を、「未体験ゾーン」内閣と名づけたい。ここまで書いてきたように、私は鳩山政権を特徴づける要素は、

1) 「古い自民党」に回帰する「大きな政府」のバラマキ路線
2) 日本初の「左派政権」による「反経済」路線

の主に2つになるだろうと予想している。郵政再国有化に象徴される1)だけでも強烈な逆行だが、2)というのはまだ誰も見たことがない、まさに「未体験ゾーン」である。

これからよほどの路線変更でもない限り、増税+規制強化は避けられないだろう。だとすれば、日本経済がさらに弱っていくのは間違いない。しかしその失敗を通じて、国民が政治というものの重要性に今度こそ気づき、真剣に考えるようになるのなら、いちど派手に失敗して「無知のコスト」を払う価値はあると思う。ただし、日本が潰れてしまわないことが前提だが。

日本はこれから、「未体験ゾーン」に突入していくだろう。


関連:
日経ネット - 社説1 時計の針戻す亀井郵政・金融相の起用(9/16)
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20090915AS1K1500415092009.html
池田信夫blog - 亀井金融・郵政担当相という「爆弾」
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/e5b318fab39189518b89c7f83da022a7
山内康一の「蟷螂(とうろう)の斧」 - 大きな政府化の歯止め
http://yamauchi-koichi.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-da7b.html

関連エントリ:
「大きな政府」論者と「小さな政府」論者
http://mojix.org/2009/09/09/big_gov_small_gov
「政権交代」の勝利
http://mojix.org/2009/08/31/seiken_koutai
日本の問題は「市場の失敗」でなく「政府の失敗」
http://mojix.org/2009/08/29/nihon_no_mondai