「科学技術」じゃなくて、「科学・技術」にする?
毎日jp - 発信箱:「・」をめぐる問題=元村有希子(科学環境部)(2010年3月6日 0時11分)
http://mainichi.jp/select/opinion/hasshinbako/news/20100306k0000m070134000c.html
<光によって電子の振る舞いが変わる現象(光電効果)をアインシュタインが解明したのは1905年。1世紀のちに生きる私たちは、デジタルカメラや発光ダイオードなど、これを応用した文明の利器を使っている>。
<科学の成果が技術に使われ、生活が便利になる--という発想から、日本では科学と技術を一くくりでとらえてきた。科学技術基本法、科学技術予算などがいい例だ>。
<双子のように並び称される両者を「・」で区別しようという主張が科学者の間で強まっている。国の総合科学技術会議では、資料に「科学・技術」の表記を取り入れ始めた。「科学技術と書いた場合、文法的には科学は技術の修飾語扱いで、技術が主役であるような印象を与える。同格の言葉を併記するなら『・』を入れるべきです」と、有識者議員の一人、金沢一郎日本学術会議会長は説明する>。
<「・」問題の背景には、事業仕分けに象徴される成果主義の風潮に、基礎科学の研究者たちが危機感を感じていることがある。しかし、表記を変えれば風潮が改まるというほど話は単純ではない>。
<欧米で日本の科学技術について話すと「なぜ日本では科学と技術を抱き合わせで使うのか」という質問が出ることがある。アインシュタインの例はむしろまれで、圧倒的多数の科学的発見は役に立たない。だが科学は人類の知を増やし心を豊かにする。科学は文化、技術は文明の尺度と言い換えてもいい>。
<もとより両者は同列に論じられるものではないという認識が欧米には強いが、急ぎ足で発展した日本は議論を脇に置いてきた。「・」問題がそのきっかけになることを期待しつつ見守っている>。
これは面白い話。「科学技術」という表記を、「科学・技術」にあらためる動きがあるらしい。
記事中に、<科学技術と書いた場合、文法的には科学は技術の修飾語扱いで、技術が主役であるような印象を与える>とあるが、これは私はちょっと違う気がする。「科学技術」の場合、「科学」と「技術」は修飾関係ではなく、並列している。並列している2つのものをくっつける用法だろう(「欧米」みたいな感じで)。
並列だとしても、「科学技術」という言い方があまりにも普及しているために、科学と技術があまり区別されないという弊害はあると思う。それもあって、「科学」といえばほとんど「自然科学」のことになり、「社会科学」の影が薄くなっている。
そもそも「科学」とは何だろうか。「世界を解き明かす」ことだ、というのが私の定義である。解き明かす対象である「世界」が、人間が作ったものではない「自然」のとき、それは「自然科学」になり、人間が作ったものである「社会」のとき、それは「社会科学」になる。
それはともかく、「科学・技術」という表記で、ほんとうにいいんだろうか?とちょっと心配になる。記事中にある「総合科学技術会議」のような例でも、これを「総合科学・技術会議」と書いてしまうと、「・」の切断力が強すぎて、「総合科学」と「技術会議」に分かれて見えてしまう。ほんとうは「総合」「科学・技術」「会議」なのだ。
<表記を変えれば風潮が改まる>どころか、そもそも文意を誤解させてしまい、混乱を招いてしまうデメリットのほうがはるかに大きいかもしれない。
ちなみに、「科学」も「技術」も、西周(にし・あまね)が作った訳語で、「和製漢語」である。
関連エントリ:
「理系」「文系」の区分は日本だけ 「人文科学」「社会科学」「自然科学」の違い
http://mojix.org/2010/01/17/jinbun_shakai_shizen
トニー・ホーアによる「科学と工学の違い」
http://mojix.org/2009/07/10/hoare_sci_eng
和製漢語
http://mojix.org/2008/09/09/wasei-kango
http://mainichi.jp/select/opinion/hasshinbako/news/20100306k0000m070134000c.html
<光によって電子の振る舞いが変わる現象(光電効果)をアインシュタインが解明したのは1905年。1世紀のちに生きる私たちは、デジタルカメラや発光ダイオードなど、これを応用した文明の利器を使っている>。
<科学の成果が技術に使われ、生活が便利になる--という発想から、日本では科学と技術を一くくりでとらえてきた。科学技術基本法、科学技術予算などがいい例だ>。
<双子のように並び称される両者を「・」で区別しようという主張が科学者の間で強まっている。国の総合科学技術会議では、資料に「科学・技術」の表記を取り入れ始めた。「科学技術と書いた場合、文法的には科学は技術の修飾語扱いで、技術が主役であるような印象を与える。同格の言葉を併記するなら『・』を入れるべきです」と、有識者議員の一人、金沢一郎日本学術会議会長は説明する>。
<「・」問題の背景には、事業仕分けに象徴される成果主義の風潮に、基礎科学の研究者たちが危機感を感じていることがある。しかし、表記を変えれば風潮が改まるというほど話は単純ではない>。
<欧米で日本の科学技術について話すと「なぜ日本では科学と技術を抱き合わせで使うのか」という質問が出ることがある。アインシュタインの例はむしろまれで、圧倒的多数の科学的発見は役に立たない。だが科学は人類の知を増やし心を豊かにする。科学は文化、技術は文明の尺度と言い換えてもいい>。
<もとより両者は同列に論じられるものではないという認識が欧米には強いが、急ぎ足で発展した日本は議論を脇に置いてきた。「・」問題がそのきっかけになることを期待しつつ見守っている>。
これは面白い話。「科学技術」という表記を、「科学・技術」にあらためる動きがあるらしい。
記事中に、<科学技術と書いた場合、文法的には科学は技術の修飾語扱いで、技術が主役であるような印象を与える>とあるが、これは私はちょっと違う気がする。「科学技術」の場合、「科学」と「技術」は修飾関係ではなく、並列している。並列している2つのものをくっつける用法だろう(「欧米」みたいな感じで)。
並列だとしても、「科学技術」という言い方があまりにも普及しているために、科学と技術があまり区別されないという弊害はあると思う。それもあって、「科学」といえばほとんど「自然科学」のことになり、「社会科学」の影が薄くなっている。
そもそも「科学」とは何だろうか。「世界を解き明かす」ことだ、というのが私の定義である。解き明かす対象である「世界」が、人間が作ったものではない「自然」のとき、それは「自然科学」になり、人間が作ったものである「社会」のとき、それは「社会科学」になる。
それはともかく、「科学・技術」という表記で、ほんとうにいいんだろうか?とちょっと心配になる。記事中にある「総合科学技術会議」のような例でも、これを「総合科学・技術会議」と書いてしまうと、「・」の切断力が強すぎて、「総合科学」と「技術会議」に分かれて見えてしまう。ほんとうは「総合」「科学・技術」「会議」なのだ。
<表記を変えれば風潮が改まる>どころか、そもそも文意を誤解させてしまい、混乱を招いてしまうデメリットのほうがはるかに大きいかもしれない。
ちなみに、「科学」も「技術」も、西周(にし・あまね)が作った訳語で、「和製漢語」である。
関連エントリ:
「理系」「文系」の区分は日本だけ 「人文科学」「社会科学」「自然科学」の違い
http://mojix.org/2010/01/17/jinbun_shakai_shizen
トニー・ホーアによる「科学と工学の違い」
http://mojix.org/2009/07/10/hoare_sci_eng
和製漢語
http://mojix.org/2008/09/09/wasei-kango